ジンベエさんが帰ってからすでに一週間──三人目以降が来ません。え、なにこれ? 舐めてんの? 一人は嵐にあって着くのが遅れるって連絡があったらしいからいいけどさ、あとの数人何考えてんの? お前ら社会人じゃねーのか、来る日くらいは守れよ。守れねーなら連絡は入れろよ。それが普通だろ。この社会不適合者が! ま、だから海賊なんてやってんだろうけど。くまさんとジンベエさんとあとお一人さんがまともなだけでそれ以外はアレな感じだということは覚えておこう。
 そしてあんまりにも来ないから政府関係者の皆さん、一回帰りました。仕事溜まるって怒ってたらしいね。気持ちはわからんでもないが海軍のせいじゃないよね? 海賊のせいでしょ? しかもその間おれは本部に寝泊まりだし、あんまりにも七武海が来ないから本部内も緊張が抜けていつもの雰囲気になっちゃってるし、おれもいつ来てもいいようにと部屋の手入れをする傍ら完全に通常業務だ。クザンさん、秘書官さんたち追い出しちゃうしさ。『メアリいるんだからいなくていいよ』って別にいてもいいじゃん、寧ろいてもらえよ。そんで仕事ちょっとやってもらえばいいじゃん。
 とまあ、そんな感じですっかり気の抜けきった頃、三人目の七武海はやって来た。昼食を終えて、いつものようにクザンさんの書類を手伝っているときのことだ。大きな足音が立てられて、何事かと思えばノックのあと返事も待たずに開かれる扉。何事かとクザンさんとともに視線を向けると、息を荒げた海兵さんであった。急いできたのだろう、息を一度飲み込んでから敬礼する。


「失礼いたします! サー・クロコダイル様、まもなくご到着なされます!」

「あらら……メアリ、気を付けて行ってきな。クロコダイルは何かしてくるようなタイプじゃないと思うけど、くまとジンベエでまともなのは終わりだと思っていいから」

「はい、かしこまりました。それでは失礼いたしますね」


 クザンさんがそう言うのならちゃんと気を張っていた方がいいだろう。うなずいて、海兵さんとともに部屋を出る。「申し訳ありませんが、お願いしたいことがあるのです」。歩きながら告げれば海兵さんは大きな声で返事をしてくれた。


「政府関係者の方々はまだ戻られてはおりませんか?」

「現在、こちらに向かっているとは聞き及んでおります。おそらく到着は明日になることかと」

「ありがとうございます。では時間が空いたときでかまいませんので、クザン様の秘書官を呼び戻していただけるよう、センゴク様かどなたかに言付けをお願いします」

「はっ! かしこまりました!」


 別にそこまでおれにかしこまらなくていいんだぞ、階級とかないただのメイドだし。おれは海兵さんに一礼してから走り出す。ぶっちゃけ、クザンさんの部屋から遠いんだよ、正面入り口! 万が一にも客人を待たせるような真似はできない。マジでそれはヤバい。普段ならやっちゃいかんけど本部内をダッシュ。正面入り口に着いた頃には息が上がっていた。乱れた髪と服、息を整えて外に出る。
 目がちかちかするほど明るい。速度を上げずに余裕をもって出迎えに向かう。よかった、まだ船はついていない。そして五分もせぬうちに停泊した船から一番に降りてきたのは、件の嵐に遭ったと連絡をくれたクロコダイル氏本人ではなかった。これ幸いと声をかけさせてもらう。


「すみません、サー・クロコダイル様にお言付け願いできますでしょうか」

「……え、メイドさん、が、ボスに?」

「申し遅れました。この度の手続きにて、サー・クロコダイル様の身の回りのお世話を預からせていただくメアリと申します。大変申し訳ございませんが、ただ今政府関係者の方々が本部にいらっしゃらず、お帰りは翌日になるかと思われます。本部内にもお部屋はご用意しておりますが、船内にてお待ちいただくことも可能ですのでサー・クロコダイル様にご確認を取っていただきたいのです」


 どぎまぎとしている船員さんにそれを伝えると、「は、はい! わかりました!」となぜかおれに敬語を使って船の中に戻っていった。危ない人らしいし、できれば船の中に引きこもっていてほしい。出てくんな、と失礼な祈りを捧げていたら、先ほどの船員さんがダッシュで降りてきた。「本部内に一泊されるとのことです」。オーガッデム。マジか、引きこもってろよ。内心とは裏腹、笑顔で船員さんに礼を言う。五分ほど待っていると人影が見えた。タラップを降りてきたその人に、おれは頭を下げ、定型文のような台詞を吐き出すため頭を上げる。


「サー・クロコダイル様、遠路はるばるお疲れ様でした。お部屋までご案内いたします、お荷物等ございますでしょうか?」

「今はいい。後で船のやつに届けさせろ」

「かしこまりました」


 もう一度頭を下げてからクロコダイルさんをご案内する。前言撤回です、降りて来てくれてありがとう。内心、おれの心は大フィーバーだった。明らかな悪人顔、葉巻と毛皮のコート、顔面に走る傷──すごい大物臭する! 悪い人って感じ! すごい! ボスとか呼ばれてたし! しかも結構、いや、かなり好み。サイズ感も人間としては大きいけどまだ大丈夫だし、縛ったらすごい嫌がりそう……きっちり着込んでるしストイックっぽい雰囲気ほんとたまんない。オールバックとか服とかぐっちゃぐちゃにしたい。あのおでこめがけて顔射したらさぞ楽しいだろうなァ……! ……下品だぞ、おれ。落ち着け、客人に考えていいことじゃない。大体そんな気分でいると確実に仕事をしくじる。
 口を滑らせたらジンベエさんのときのように許してくれるような人じゃないだろうし、内容も愛らしいとかそんなんじゃなくて下劣なセクハラ発言だ。その場合捕まるべきはおれになる。黙っておこう。極力口を開かないようにしよう。だって、この人はサー・クロコダイルだ。地元じゃ英雄扱いってのがものすごく胡散臭いし、鉤爪だし。……フック船長か。挙げ句クロコダイルってワニだし、あ、もしかしてこの人やられ役?
 そんな失礼なことを考えながらも部屋に着いて「こちらになります」とご案内。扉を開けた先はなるべくシックで落ち着きのあるものにしてある。特に文句を言うわけでもないクロコダイルさんはすたすたと中に入っていった。座る前に彼からコートを受け取った。重い。ていうか引きずらないようにするのが精いっぱいだよ、これ。型崩れを起こさないように丁寧にハンガーにかけてクローゼットに収納した。振り返ればすでにくつろいでいる。早ェよ。
 近すぎず遠すぎず、そしてお客様よりもドアに近い場所に移動してかるく部屋の説明。風呂やトイレ、あまつさえ冷蔵庫の中に水や酒もあるし、食事も出すことやこの棟のこのフロアのみ解放していることを告げる。結構な高待遇だからか、すこしクロコダイルさんの機嫌がいいものに変わった気がする。


「温かいお飲物等、何かご入用のものはございますでしょうか?」

「エスプレッソ」

「承りました。その他何かご用命の際は壁をノックしていただければ、伺いに参りますので、」


 言葉を続けるよりも早く、ノック音。一度「失礼します」とクロコダイルさんにお声かけしてからドアを開く。用件をおれが聞くよりも早く海兵の兄ちゃんがピッと敬礼してみせる、「ドンキホーテ・ドフラミンゴ様、ご到着になります」と用件を告げて。部屋の奥にいたクロコダイルさんの気配がすこし嫌なものに変わる。どうやらドフラミンゴさんはクロコダイルさんにとって好ましい人物ではないらしい。「かしこまりました。ただちに向かいます」。軽く頭を下げれば海兵さんは引っ込んでいった。おれは一度ドアを閉めてから、「失礼いたしました」と今度はクロコダイルさんに向かって一礼。


「申し訳ございません。ほかのお客様のご案内がありますので、すこしばかりお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

「ほかに使用人はいねェのか」

「大変申し訳ございません、私のほかには接客に不慣れな海兵しかおらず……彼らでも構いませんでしょうか?」

「……多少は待ってやる。てめェが持って来い」

「ありがとうございます。それではごゆるりとおくつろぎください。失礼いたします」


 もう一度頭を下げてから急がず部屋を出る。きっちりと音の鳴らないように扉を閉めて、音を立てずに走り出す。海賊ゆえ正面入り口からは遠くはない場所だが、客人ゆえに近い場所に部屋を作るわけにもいかなかったのだ。ダッシュダッシュダァーッシュ! 間に合え!


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