うおーっ、しでかした! いろいろやっちまった! と思ったけれどジンベエさんはとてもいい人だったから何も文句を言うことなく、笑って許してくれた。超優しい。包容力も半端ないし、きっとさぞかしモテるのだろう。フィギュアをへし折られるようなおれとは違ってね!!
 男としての魅力で大差をつけられたおれとジンベエさんはそのまま何故か談笑し、十五分後、彼を議場へお連れするときも軽くお話した。ジンベエさんが資料を読むための時間をお話に費やしてしまったので、終わるまでに時間がかかるかもしれなかったが特にすることもなかったのでその場で待機することにした。
 三十分ほど経つと、ジンベエさんが出てきた。くまさんと同じようにタイミングよく扉を開いたためにすこし驚いていたが、帰り道を案内しながらカベカベの実の能力者で壁に触れていたので壁の向こう側の様子がわかったのだと教えると、ジンベエさんはなんとも言い難い顔をした。


「どうかされました?」

「そういうことはあまり口外せん方がいいぞ。能力者だとわかるとさらおうとする者もおるし、仮に戦闘に巻き込まれるようになったとき、能力は知られておらん方が有利になる」

「……ははあ、なるほど」


 戦闘に巻き込まれるって前提がまずおれの頭ん中になかったわ。それに海軍本部の三大将付きメイドだから誰もさらおうって思う馬鹿はいないと思うんだよね……休みの日だったとしても、ここはマリンフォードだぞ? 海軍本部のある街でそんなことしてるやつとかいないだろ。おれもマリンフォードから出る予定なんて爺様の墓参りくらいしかないし、年に一回あるかないかだ。それにおれが能力者であると知っている人もそんなに多くはない。


「でも大丈夫です。信頼できる方にしかお話してませんので!」


 胸を張って言い切る。三大将とかそんな人たちばっかだから絶対平気だと思う。今のところ、悪い人って会ったことないし。くまさんもジンベエさんも、事前の情報より明らかにいい人だったし。特にジンベエさん。超気さく。超いい人。しかも愛嬌のある顔してて可愛い。すごい癒されるー。
 おれの言葉に、ジンベエさんは難しい表情を保ったままだ。え、なんか変なこと言ったか?


「……わしが七武海だとわかっていてそれを言っているのか?」

「七武海ではなく、ジンベエ様だからですよ」


 別に七武海全員に言おうとは思っていないし、くまさんには報告してないし、多分この先の人たちに言うことはないと思う。事前情報を聞いた限りではあんまりまともな人じゃなさそうだし。けれどジンベエさんの表情は苦笑いだ。「誰彼かまわずそんな言葉を吐かんようにな、勘違いされるぞ」。勘違い? なんのことだ? おれが露骨にわかっていない顔をしたのだろう、ジンベエさんは困ったような顔をしている。


「その、何と言ったもんか……」

「えーと……あ、もしかして恋愛として好いていると勘違いさせるようなことをしないように、ということですか?」


 そうだよね、あなただけよ、とか超が付くほど定番の気があるセリフだ。おれ今、美少女風美少年だったわな。たまにそういうの忘れる時があるんだよね、男でメイド服とか着ちゃってるくせにね! ジンベエさんはおれに内容が伝わってほっとしていた。なんだろう、ジンベエさんから父性を感じるでごわす。

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 ジンベエさんが帰ってちょうどいい時間になったので、おれは昼飯タイムに入った。七武海のために臨時でシェフを雇っているのだが、この感じでは今日の昼は何もしなくていいかもしれない。飯を食ってる間に来るとすぐに行けないのでクザンさんのところにも行かず、自分のために用意した部屋で適当に持ってきたもので昼食を済ますことにした。小さな冷蔵庫の中には飲み物の瓶ばっかりで食べ物は入っていない。身体によくないとわかっていても面倒のないスナック菓子がおれの主食である。フハハ、不健康まっしぐらだー!
 ──コンコン、とノック音。サカズキさんだったら怒られると思って慌てて菓子を隠す。「どうぞー」。ちょっと間延びした声で返事をすると、がちゃりとドアが開いた。


「メアリ、飯いる?」

「あ、クザンさん! え、持ってきてくれたんですか、すみません!」


 一応上司なのに雑用させちゃって申し訳ない。慌ててベッドから立ち上がると、いいから座ってろとばかりに手で指示された。浮いた腰をベッドに下ろすと、クザンさんはドアを閉めて部屋に入ってきた。手には紙袋を二つ持っている。何か食べ物だろうか。クザンさんは部屋の中をきょろきょろと見まわしたあと、すこし首を傾げた。この中年、いちいちしぐさが可愛いんだよなァ……。


「あれ、椅子とかないの」

「人も来ないのでベッドしか入れてないんです。あ、座ってください」


 おれサイズのベッドなのでおれが真ん中に座っているとクザンさんは座れない。おれが枕側に避けると、クザンさんはなんとも言えない顔をした。たしかに人のベッドって抵抗あるよな。おれも友達の家に行って『ベッド座っててー』とか言われると『あ、おれ床でいいよ』とかなるし。でもこの部屋、土足なのよね……。床に座るとか汚ェし。ややもあって諦めたようにクザンさんはベッドに腰を下ろした。ぎしりとマットのスプリングが音を立てる。クザンさんはおれよりも重いので当然だろう。ちょっとの間のあと、クザンさんはおれに紙袋を渡してくれた。


「中身、サンドイッチね」

「わーい、ありがとうございますー」


 開けてみるとおれの好きな具のサンドイッチが入っている。肉と肉と肉と卵という身体に悪そうな肉率。野菜など邪道じゃヒャッハー! おれは食事的な意味では肉食系男子である。「いただきまーす」。うへへ、肉うまーい。隣に座ったクザンさんは野菜サンドを食べていた。女子か、カロリー気にしてんのか? バッカお前、カロリーのない食い物とか超贅沢だぞ。カロリー摂取するためにもの食ってんじゃないのかよ……でも栄養バランスって大事なんだよな……肉うまいのに。もしゃもしゃと食べていたら、クザンさんはこっちも見ずに言った。


「それで、仕事どうだった? 大丈夫だった?」

「あ、はい、……まあ、一応?」

「なんで疑問形なの……こわいんだけど」

「くまさんには特に何もって感じなんですけど、ジンベエさんにちょっと失言ぶちかました感じなんですよね……」


 気にしてないふうだったので大丈夫だとは思うが、ジンベエさんじゃなかったらアウトだったと思う。なんか優しい感じの空気に流されて言っちゃったんだよな……許される気がした、じゃ言い訳にはならんのだけどさあ……。
 クザンさんの方を見ると、困ったような顔をしていた。若干眉間に皺が寄っている。……やべえ、めったに見ない顔だよ。やべえよ。これまずいよ。おれはそっとクザンさんから目を離した。怒られるならせめて顔はそむけさせてください。大人としてはクズだけど外見こどもなんで許してください。


「……何言っちゃったの?」

「いやそのですね…………笑った顔が愛らしいですね、と。そのあと腹から声出して笑ってたんで大丈夫だとは思うんですけど……」


 そのあとクザンさんは一言も話さないし、おれは怒られるのかと思って黙り込んでうつむいていた。しかしいくら待っても怒声は降ってこない。おそるおそるクザンさんを見ると、ぽかんと間抜け面を晒していた。え、どういうこと? おれは目蓋を開閉。それからクザンさんの顔の前で手を振ってみる。「あのー、クザンさん?」。そこでようやくクザンさんは脳みそが再起動したようではっとする。それからうんうんとうなずいて見せた。眉間のしわは消えている。


「いや、ならいいよ。うん、大丈夫大丈夫」

「え? まずくないですか? 成人男性に愛らしいですよ?」

「いやいや、笑ってたんでしょ? 大丈夫だって」


 ちょっと不安は残るがジンベエさんもクザンさんもそうやって言ってるんだから、きっと平気なのだろう。……思い出して怒りがわかないことを祈っておこう。それはそうと「何を言っちゃったと思ったんですか?」とおれは疑問を口にする。眉間に皺を寄せるほど深刻な失言を想像したのだろう。クザンさんはすこし言いにくそうに口をもごもごとさせた。


「ん? あァ……なんつーかその、気持ち悪いとかそういう言葉?」

「気持ち悪い……? なんでです?」


 よくわからない。あれか、魚が苦手な人は魚人も苦手、みたいな? おれは魚とか全然平気だしなー、わかんないや。そういうことなのかと思ったらクザンさんはもっと言いにくそうに目線を逸らした。それからちょっとの間を持って、クザンさんは教えてくれた。


「なんつーか、魚人とか人魚はね、割と最近まで差別されてたんだよ。奴隷で当たり前っつーか、人間じゃないと思われたっていうか……まァ、そんな感じ」


 ……目から鱗である。爺様はまったくもってそんなこと教えてくれなかった。正直、奴隷を飼っているやつなら知っているし、そいつの魚人の奴隷を見たことがないわけではない。でも、それは人間も同じだったわけで。ただそいつの性根が腐ってるだけだと思っていたのだが……違うのか。世界単位でか。
 衝撃だったけれど、しかし納得のいく話でもあった。おそらくジンベエさんは迫害された経験があるのだ。気持ち悪いとか怖いとか非人間扱いとか。あの人が奴隷だったとは思わないが、仲間がそうだったとかはあり得る。きっと人間にたくさん嫌な思いをさせられたのだ。だから普通に接したおれのことが理解できなかった。けれど魚人なんていない前の世界でも差別なんてものはいくらでもあったし、魚人を排したところでも起こり得るのだから、なんともため息の出る話だ。


「なんか、やるせないですね……いい人なのに」

「……そうだね」


 この世界、やっぱ時代がちょっと昔なんだな。差別から解放されたばっかりとか、現代だったら考えらんないし、銃じゃなくて鉄砲だし。あんなもん撃つとかクソ面倒だよな、信じられない。基本的に速射も連射もできないし、男のロマンのショットガンとかないし。人に向かって撃つようなことがない分、マシなのかもしれないけど。おかげでスカートの中からガトリングを出すようなメイドさんもいなかった。あれはガチの二次元の人間だけだったようだ。──ああ、この世の中は世知辛い。


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