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それからミレアと他愛ない話をした後、部屋に戻ってぼんやりと窓の外を眺めていると、コンコンと扉が軽くノックされた。
「どなたですか?」
扉を開けずに訊ねると、今日何度も聞いた温かな声が帰って来た。
「ウルです、お迎えに上がりました。フロントで待っています」
「今行きます」
鈴歌は鞄からある程度長さのあるショールを取り出し急いで羽織ると、白衣のまま部屋を飛び出し、慌てて鍵をかける。
部屋からそう遠くないフロントにウルを認め、軽く会釈した。
「着てくださったのですね、リン」
「やっぱり貴方が? なんだか不思議な感覚だったわ」
差し出されたウルの手を取ると、広場を挟んで真向かいの族長アルメラスの家へ向かう。
夜は危険だからと、ウルは周囲に気を配りながら鈴歌を庇うように歩いてくれた。
そして。
灰色の石が積み重ねられた大きめの建物――…アルメラスの家に足を踏み入れる。
そこはあたかも“リュリ”の幼い頃過ごした民家のようだった。
エントランスには靴置き場があり、履き物をぬいで上がったその先には紅と紺を基調とした織物が敷布や壁掛けとして使われた部屋があり、その雰囲気がかつての民家の居間を彷彿とさせた。
そこからさらに奥へ入るとがらりと雰囲気が変わる。
厳か、と言うのだろうか、おそらくはここが族長アルメラスの執務室なのだろう。
白を基調に紅と紺が織り込まれた敷布の上には部屋の奥のひときわ大きな座布団を中心として円座のように座椅子が置かれていた。
ウルは大きな座布団の後ろの壁に掛けられていた厚手の壁掛けを少しだけ横にずらすと、壁掛けの奥へ続く空間に向かって声をかける。
「族長、スズカ様をお連れしました」
――不意に、シャラン、と音がして、それが数回ほど続いた後、杖をついた小柄な老人が姿を現した。
鈴の音のような音は、杖にくくられた鳴子だった。
鈴歌は敷布に膝をつき、頭を垂れる。
長い黒髪が、ふわりと敷布に広がった。