――“楔(くさび)よ、終焉に解けよ”。
朗々と響いた鈴歌の声は、かつて約束を紡いだリュリの声音と瓜二つでありながら、それと異なるものだった。
…過去に自らが刻んだ約束という名の楔を、鈴歌は己の声をもって大気に霧散させた。
それは、決別と始まり――。
「リン、行きましょう。じき日が暮れる」
「ええ、ウル。私、レダという宿に部屋をとってあるの…っと、初対面なのに語調を崩してごめんなさい、まだ混同しているのね」
「ああ、私の敬語なら気にしないで下さい、癖なんです。ここでの私の仕事は観光客のガイドですから。どうかリンは気楽に。…そうか、レダに居られるのですね、あそこの料理は美味しいですよ」
「ありがとう。…ウルも街に? この街全体がアンスルの末裔(まつえい)と聞くけれど」
「いえ。そして、はい。百人足らずのこの街の九割がアンスルの末裔、一割は観光業者や派遣医師団ですね。ちなみに私が厄介になっている家はレダの近く…広場があったでしょう? あの向かいの集会所みたいな建物がそうです」
「え、そんな近くに」
「…リン、今夜、時間はありますか? 族長にも、今宵中に貴女を会わせたい。レダでゆっくりご飯を食べてからで構いませんので、家にいらして頂けませんか? 私が迎えに伺います」
「ええ、もちろんよ。不思議とあまり疲れていないの。遅くでは悪いわ、なんなら今から…」
「少しは休んだほうがいい。身体のためです。…本当なら一晩休まれてからお誘いすべきなのですが、勝手をお許しください」
――話をしながら傾斜…石段を下る帰り道は、行きよりも早く街に辿り着いたように思える。
ウルは鈴歌の足元に注意を払いながら、優しく先導してくれた。
街に灯りが点り始める頃には二人は無事広場に到着し、ウルは鈴歌を宿まで送ると、簡素なフロントのカウンター越しに何かを伝えて鈴歌に軽く手を振って出ていった。
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