「――これが、『魂』よ」
山々が紅く燃える時刻、白地に紅と紺の縁取りの花嫁衣装を身に纏ったリュリは、いつものように穏やかに微笑んだ。
今晩、月が天中に浮かんだ時刻…リュリが十四を迎えるその時に、神殿街の中央広場の大きな薪を囲んで豊穣祈願祭が始まる。
ウルはごくりと唾を飲んで、一心に文字を見つめた。
「丸…、だよね、リュリ?」
リュリがゆっくりと描いたその文字は、ひとつのぶれもない、円形だった。
そこにある意味を、リュリが伝えたい思いを読みとろうといくら必死になっても、目の前の丸が邪魔をする。
「ふふ、ウルったら、そんなに真剣になることはないわ。だってわたしが描いたのは、ウルの言う通りの丸だもの」
リュリはくすくすと笑うと、一呼吸置いてから、ウルに向き合った。
白いヴェールが、ふわりと揺れる。
「簡単なものは難しいもの。難しいものは簡単なもの。円は線、されど線でなく。円は縁、始まりにして終わり、終わりにして始まり、廻る、いのちの証…」
「リュリ…」
「今日までありがとう、ウル」
わたしはあなたの未来で生きられるかしら?
小さな囁きに、ウルは神官衣の両裾を握って俯いた。
「…リュリ…、おれ、おれは…」
「知っているわ。あなたが、月の刃なのでしょう?」
ウルの瞳からどっと溢れた水滴をそっと指先で拭いながら、リュリは微笑む。
それでも、あなたはわたしに幸せをくれたのよ、と――。
「ねえ、ウル? 約束をしない?」
「やく…そく…?」
未だ涙の止まらないウルは、ごしごしと拳で涙を拭ってリュリの真っ直ぐな瞳を見つめた。
「そう、約束。“いつかまた此処で”。…、ふふ、無謀かしら?」
「えっ、む、無謀じゃない…っ。だって、リュリの描いた丸はそういうものだろう? おれ、信じるよっ、リュリとまた会えるって、信じる。約束する。“いつかまた此処で”…必ず」
ウルは地面にぎこちなく『花』を描き、そして『魂』でそれを囲むと、リュリに向かって微笑んだ。
おれからリュリへ、そう言って頬を紅く染めて。
リュリは、とても嬉しそうに微笑む。
やがて宵闇が迫るまでの僅かな時間、果てしない永遠を、彼らはただ、静かに過ごした。
*
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