――それからは、瞬く間に時間が流れた。

リュリは豊穣祭の舞いの練習、ウルは神殿や祭壇の壁磨き。
それぞれの役目をこなしながら、合間を見ては、二人だけの「文字の講座」が開かれた。

文字の生まれ、成り立ち…一本棒の意味、点の意味から始まって、ようやく本題の紋様…文字に辿り着いたのは、豊穣祭の二日前…今朝のことだった。

リュリは「太陽」、「月」、「星」の紋様を描いてから、ウルに木の棒を握らせる。
描いてみて?
視線で促すけれど、ウルの手は動かない。

「リュリ、お願い、もう、一回…」

その言葉は、何度も何度も繰り返された。







「む、難しい…。リュリ、あれ全部覚えてるの?」

辺りはもう暗くなっていた。
月明かりが優しく見守る中、神官の宮と巫女の宮に別れる二つの道の前で立ち止まったウルがリュリに訊ねると、リュリはにっこりと笑って見せた。

「覚えているわ、大好きだから」

そして、思い立ったように、ウルに訊ねる。

「ねえウル、わたしはとても大切な三つの文字をあなたに伝えられた。あとはあなたの好きな文字を伝えられたらと思うの。何がいい?」

さわさわと、風が木の葉を揺らす音が聴こえる。
リュリが心地良さそうに身を委ねていると、ウルの口から、ウルに似つかわしくない、明瞭な響きで言葉が紡がれた。

「『花』と『リュリ』がいい」

「花と、わたし…?」

見開いた瞳に映ったのは、ウルの…射抜くような、真剣な眼差しだった。

花…その紋様は、天へと向かって掲げられた人間の両手と、宙を舞う花弁がモチーフとなっていることから、『天への愛』とされる。
アンスルでは、男女が結婚する時に祝福の文字として大地に描かれる、神聖なものだった。

リュリ…
リュリ、という文字は無い。
人の名を文字とはしない、それはアンスルでの暗黙の了解だった。

「――わかったわ。明日は、花を。最後に、魂を捧げましょう。…ごめんね、リュリという文字は無いの…だから、わたしが描いた『魂』をウル、あなたに」










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