――あの日は確か、十日前だったかしら。
リュリはそよぐ風を受けながら目を閉じる。

『は…じめ、まして。巫女…さま、お、わ、私はウルと申し…ます…』

たどたどしい語り、掻き消えそうな小さな声、俯いた瞳。
見れば、身体中に生々しい傷痕がある。
鞭で打たれたのだろうか、両脇を女兵士に抱えられ半ば拘束されたその姿から、戦の捕虜であることは明白だった。
アンスル国は、周辺部族との小競り合いが多い。その度々に捕らえた部族民を酷使していると聞く。

『あなた、ウルと言うのね。酷い怪我…、わたしはリュリよ。今すぐ手当てを――』

『巫女様、気安く御名を名乗るものではありません。そう危惧せずとも、手当ては後程私共で行います。今はお聞きください』

女兵士はリュリがウルへと伸ばした手をやんわりと払い、表情を変えずに淡々と語った。
ウルが、少年の外見をしながらも男児として認められぬ半陰陽の身体であることが判ったこと。そのため都市の司祭が、神の寵児…天の御使いとも言える神性を見出だし、捕虜の檻から引き抜いたこと。

『巫女様、司祭様より豊穣祭までの十二日間、この者を神殿仕えにとのお達しです』

『神託、ですか?』

『左様、この者は神殿に神気を呼び込む力を持つと…。今年はさらなる豊穣を招くでしょう』

『豊穣祭が終わったら、ウルは再び奴婢に?』

『いえ、十二日間の仕えを無事果たせたなら、恩赦としてアンスルの人民権を賜ると伺いました』

訝しげな眼差しを向けたリュリに一礼し、女兵士たちは一度場を後にすると、程無くして身なりを整えられたウルを連れて戻ってきて。
腕や脚に巻かれた包帯に目をぱちくりさせているウルを横目に、足早に去って行った。



『あ…おれ、わ、私、こんなだけど…ここのこと、よくわかんないけど、その…宜しく、お願いします…巫女様』

肩までの真っ直ぐな黒髪を首もとできっちり結わえ、薄い青の神官衣に袖を通したその姿とは真逆にしどろもどろなウルに、リュリはふふっと微笑む。

『巫女様なんて呼ばないで? わたし、やっと同い年くらいのひとに逢えたのよ。ねえ、ウルって呼んでもいい? わたしもリュリって呼んでほしいな』





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