――赤や青や黄色、ごちゃごちゃとした配線が入り乱れて床を這う薄暗い小部屋で、先の「幼なじみ」は一つの画面に向かってキーボードを叩いていた。
配線から察するに、それは散乱する小型機器を束ねるメインマシンと想定される。

時は夕刻。
アゼルと同じ淡い金の髪は、小窓から差し込む斜陽に仄かに照らされている。
青い瞳には、難解な文字列が映っていた。

「あ…頭痛い…。でもあらかた完了ってとこか。…えーと、あとは頃合いを見計らえば…」

ぶつぶつと呟きながらのそりと立ち上がり、まとめていた背中まである髪をほどく。

「――セシア、マリエル、私に力を貸してね」

決意に満ちた横顔から、祈るような言葉が漏れた。

…アゼルの幼なじみにして恋人、機工技師(きこうぎし)キリエ・ムジカの最後の祈りだった。







時を同じくして、ユラヌス国軍総司令官アゼル・ディレイは秘匿書状とともに下された国からの命令を実行に移すべく、宵闇の訪れを待っていた。

司令部には各師団への伝令が召集されている。
そして司令部地下に広がる巨大軍基地では、数万の精鋭兵たちが師団ごとに隊列を組み、伝令に備えていた。

「――時は来た。各師団に伝えよ。夜陰に乗じてコード・メサイアを実行すべし」

朗々としたアゼルの声とともに、伝令が基地各所へ散ってゆく。
アゼルは誰もいなくなった司令部で震える拳を強く握りしめ、天井を仰いで一人呟いた。

「…間に合ってくれ、頼む…!」

――それは、火星においてユラヌスに次ぐ軍事力を持つ大国家ジルトハイムへ向けて発令された掃討コードの急停止を願う、総司令にあるまじき祈りだった。


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