困ったように笑って頷いたあの顔を、俺はきっと一生忘れないだろう。





言ってしまった。好きだって。付き合ってほしいって。
頷かれてしまった。いいですよって。嫌いじゃないですって。
どうしたらいい。まずなにをすればいい。こんな気持ちもこんな経験も初めてで、俺はどうしたらいいかわからない。接し方も愛し方もわからない。まして相手が相手だし。けど、


今日は天気がいいですねえ〜
お仕事頑張ってくださいね(^□^)


そんなメールだけで心が馬鹿みたいに浮き立つことも、知らなかった。俺はなにも知らなかった。だからこれから知っていけばいいんだよなと思う。そのために、今の俺にはもっともっとやらなきゃいけねえことがあるんだ。





池袋西口公園。ぼーっと噴水を見ていた俺の背中を、とんとんとなにかが叩く。ここ最近ですっかり慣れたその感覚に、俺は慌てて振り向いた。いつものファーコート、いつもより淡い色のタートルネック、長い髪を靡かせて笑ったその顔に、心臓はいつだって初めて会ったように飛び跳ねるのだ。
『お待たせしちゃいましたか?』
PDAに打ち出されたその言葉に、ぶんぶんと首を振る。きょと、と丸くなったこげ茶の瞳に違和感を覚えていると、くすっと息が揺れる音がした。
『うそつきはダメですよ〜?私見てましたもん』
「えっ……い、いつから」
『う、そ!さっき来たとこです。ほらあ、やっぱり結構待ってたんじゃないですか〜ごめんなさい』
眉根を寄せて頭を下げる姿は、可愛いけど見たくない。ぶんぶん首を振って肩に触れると、さらりと音を立てて髪が流れ落ちた。綺麗だと思う。
「や、俺が勝手に早く来ちまっただけだし……早く会いたかったから」
『平和島さんて……いや、やっぱいいです』
なにかを言いかけて、いや、書きかけて、けど途中でやめてしまった。その続きが知りたかったが、強引に吐かせるのは好きじゃない。まあそのうち、と思っていた俺の手を、白い手が握った。
『今日は、サンシャイン60の展望台に行きましょうよ!ね?』
人懐っこく笑う顔は、可愛かった。いつ見ても新鮮で、俺の心をかき立ててやまない。こいつが好きだ、とても。俺が今まで恋をする機会がなかったのは、きっと全部の恋心をこうしてぶつけるためだったのだと思う。好きだ。好き。すげえ、好き。全身からあふれるこの気持ちを、少しずつしか見せられないのが歯がゆいけど。
「おう。あんたの好きなとこでいい」
『やった!』
嬉しそうに笑いながら、俺の手を引いて前を歩く薄い背中を抱き潰したくなる。でもまだその時期じゃない。そう、まだなんだ。





「うおっ……すげえ人……」
生まれも育ちも池袋な俺は、展望台なんてそうそう来るもんじゃない。前に臨也に嵌められてヤクザのおっさんどもに追い回されてたときに来て以来だった。久方ぶりの展望台は、やっぱりというかなんというかカップルが多い。俺らもそう思われてんのかな、とか思って、ぼっと頬が熱くなった。
『平和島さん?』
「あ、や、なんでもねえよ」
『変な人ですねえ』
そう言って細められる目が好きだ。きつい印象を与えるつり上がった目が、少しだけやわらかくなる瞬間にいつも見惚れてしまう。多分ずっとそうだったのだろうと思うが、それに気づいたのはつい最近だった。もったいねえなと思わないでもない。
「あ、スカイなんとか……こっからも見えるのか」
『スカイツリーですよう!へえ、ほんとだ』
興味津々といった感じでスカイツリーを見ている顔は子供のようで、純粋に可愛いと思えた。まだ建設中のあれによっぽど興味があるのだろう。どんだけ高いところが好きなんだ。
「……次は、あそこ行く?」
自然とそんなことを言っていた。ぽかんと開いた口を見て、なにかまずいことを言っただろうかと不安になった。指輪ではなく、淡いピンクのマニキュアで飾られた細い指がPDAの上を滑った。
『まだ入れないですよ?』
「あーそうだけどよ……そのうち完成するんだろ?そんときにでも」
『完成するまでは一緒にいてくれるってことですか?』
「……あれが完成して、いつかボロボロになっても、俺は一緒にいてえけど」
ぴた、と指が止まった。ほんのりと頬が染まっているような気がしたけど、たぶん気のせいだ。そんな恥ずかしがるような性格じゃねえし、俺は別に大したこと言ってない。言ってない、よな?
『馬鹿ですか?』
少し大きくなったフォントで叩かれた憎まれ口に笑いが零れる。そう、そういうとこが多分好きだった。気づかなかったけど、気づかなかったからこそ、今こうしていられるのだろう。変わるものと変わらないもの。どちらが大切かなんて比べられない。だから俺はどちらも受け入れようと思う。
「ひでえ」
『馬鹿なこと言うからですよ!』
「そうかあ?」
『そうです!』
ぷいっとそっぽを向いて、PDAをバッグに仕舞い、すたすたと足を進める俺よりも小さな体。それを追いかけながら、心の中だけで呟いた。


待ってるよ、ずっと待ってるから
お前が声を出せるようになるまで
あの声でシズちゃんて呼んでくれるまで


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11/02/19

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