池袋でこんなに静かな夜を迎えるのは、初めてかもしれないね。ね、シ……平和島さん?





シズちゃんと二人きりで食事、なんてもちろんしたことがない。不本意極まりないけれど、高校時代からの腐れ縁だというのに。シズちゃんはいつだって俺を疎んじていたし、俺はいつだってシズちゃんが憎たらしかったから。
けれどどうだろう、見てよこれ。折原臨也と平和島静雄が二人向かい合ってごはん食べてるなんて。これはちょっとした恐怖ですよ。なんてね。
ちら、と顔を上げて盗み見たシズちゃんの顔は、ガラにもなく緊張しててほんとに笑える。どんだけ俺に、いや違うな、どんだけ甘楽に惚れてるんだか。大声で笑いだしたくなるのを堪えて微笑むと、どうやらあっちも俺を盗み見てたらしく、さっと頬が朱に染まった。
可愛いね、シズちゃん。君の目の前にいるのは、嘘で塗り固めた架空の女なのにね。
『ごめんなさい、平和島さん。私が話せないから、退屈な食事になっちゃって』
そう打ち込んだPDAを差し出すと、シズちゃんは慌てたように首を振った。そりゃあもう、首取れるんじゃないの?ってくらい大袈裟に。
口に入れてたチーズオムレツを急いで飲み込んで、ってそれかなり熱そうってか熱かったんだけど。火傷とかしないんだろうか。不思議に思っている俺を見ながら、一つ息をついて、シズちゃんは口を開いた。
「全然退屈なんかじゃねえっス!お、俺こそ……こう、女の人と二人っていうの、慣れてなくて、気が利かなくてすんません」
そう言って申し訳なさそうに肩を竦めるシズちゃんは、はっきり言って気持ち悪かった。だって、俺はこんな姿を向けられたことがないから。
なんだかんだ言っても、まあ、甘いところのあるシズちゃんなので、俺以外、たとえば最愛の弟くんだったり、信頼する先輩だったり、気の置けない友人だったり、そんな人物たちにはこんな風に接するのだろうか。そして、愛しい愛しい甘楽にも。


ちくり


ん?なんだ、今の。
「甘楽さん?あの……どうかしたんスか?」
心臓を襲った妙な痛みは、心配そうに俺を覗き込むシズちゃんの顔を認識した途端に綺麗に霧散した。気持ち悪いよシズちゃんほんとに気持ち悪い。
そう叫びたいのを堪えて曖昧に笑うと、シズちゃんはあからさまにほっとした顔をした。なんだろう、俺はそんな心配させるような顔をしていただろうか。まあ、いい。
グラスを掴んで中の液体を喉に流し込む。普段は着ないタートルネックのシャツを選んだせいで、喉を動かすたびに布と肌が擦れた。単純に喉仏を隠したかったのだが、結構窮屈なので俺は早くも後悔していた。
VネックLOVE!俺はVネックが好きだ!愛してる!!あー帰りたいな。なんか別に大しておもしろくなくなってきた。
『平和島さん、お酒飲みません?車じゃないですよね?私、一緒に飲みたいなあ』
もう無理。この空気マジ素面じゃ無理。早々にそう悟った俺は、ついでにシズちゃんにも飲ませるべくPDAにそう打ちこんでシズちゃんに画面を向けた。
途端、ぼっとシズちゃんの頬が赤くなる。わーお、酒飲むぐらいでなに照れてんだっつの!この童貞野郎!引き攣りそうになる頬を気合いで抑え、メニューを差し出した。
『ここ、果実酒とか甘いお酒が人気なんですよ。平和島さん、ビールお嫌いでしたよね?』
「……っス」
シズちゃんがなんとも微妙な顔をして、俺を見た。なんだろう、気にしてるのかな。好きな女の前では、さすがの平和島静雄でもかっこつけたいものななのかね。そう考えて、またちくり。なんなんだよ、もう。
眉間に皺が寄ってるのが自分でもわかる。だから、俺の真正面にいるシズちゃんには、確実に伝わってるんだろう。さっきからちらちらと俺の様子を気にしてる。
その気づかい420%な視線も、気に入らないんだよ。君にはわかんないだろうけど。だって、俺にだってわからないんだから。
「あの、」
意を決したように、シズちゃんが俺を、つまり甘楽を呼んだ。少しだけ不機嫌さを隠しながら視線を上げると、やたらと真剣な眼差しとぶつかって思わず息を飲む。これは、まずい。なにがって、この雰囲気はあれだ。愛の告白5秒前!
「あの、急にこんな風になるのおかしいって、思うけど……でも、自分でも、どうしたらいいかわかんねえんだ……」
しどろもどろで、必死に言葉を選んでることがありありと伝わってきた。その目も声もどこまでも真剣で、俺が初めて出会うものばかり。
高校からずっと、無駄な腐れ縁続けてた俺じゃなく、会ったばっかで、しかも存在すらしていな女にそんなもん見せてどうすんだよ。そう鼻で笑ってやるつもりだった。

でも、

シズちゃんの右手が、俺の左手を包んだ。大きくてごつごつしてて、同じ男なのに俺とは違うしっかりした手。その手が、俺の手をまるで大事な宝物に触れるみたいにそっと優しく撫でる。こんな風に触れる手を、俺は知らない。
殴られたことは数えきれないし、骨折る勢いで握られたこともあった。シズちゃんが俺に触るのは、いつだって俺をぶっ壊したいときだった。
ああ、この手ってこういう使い方もできたんだ。見当違いなことを考えている自覚は、まったくなかった。

「俺……俺、あんたのことが……」

次に続いた言葉に、俺は何故だか頷いてしまった。ほっとしたように笑ったシズちゃんのほんのり赤い顔が、脳裏を深く焼く。とんでもないことをしてしまったんじゃないかって、今さら思った。
いや、これで、よかったんだ。だって、これでより一層シズちゃんを傷つけてやれる。惚れさせて、夢中にさせて、振り回して、深みにはまったところでぽいっと紙屑のように捨ててやるんだ。だから、これでいいんだ。
我ながら、ずいぶん言い訳じみていると。そう思ったなんて、俺は知らない。


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110206

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