文字を追うだけで締めつけられる胸の痛みを、誰か俺に説明してくれ。





甘楽さんとメールでやりとりをするようになってから一週間ほど経ったときだった。

私明日池袋に行くんです。よかったら、夕食ご一緒しませんか。

そんなメールを受け取った俺は、情けないことに吸っていた煙草を握りつぶしてしまった。深呼吸をして文面を何度も何度も読み返して、もう一度深呼吸をする。短い承諾の返事を送ったあと、密かに拳を握りしめてしまったことは誰にも秘密にしておく。


翌日、珍しく自販機を一つも投げることなく、標識を一本も引き抜くことなく、男一人を病院送りにするくらいで済んだ俺をトムさんはえらく誉めてくれた。なんかいいことでもあったのかと聞くトムさんに事情を話すと、まるで自分のことのように喜んでくれた。マジでいい人だよなあ、トムさんて。
「よし、んじゃあ今日はもう上がれよ静雄」
「え、でも、まだ……」
「ばっかお前、初デートだろ!?気合い入れてけよ!」
「そ、う、すか?」
「ったりめーだべ!」
俺よりよっぽど興奮しているトムさんに文字通り背中を押され、俺はいったん家に帰ることにした。まあ確かに、この服で行くわけにはいかねえよな。
「……デート……か」
やべ、顔にやける。


よかったです。じゃあ、9時に西口で。
そう書かれたメールを何度も何度も確認しつつ、ディスプレイの時計に目をやる。さっきから数字が進むのが遅い気がするんだが、もちろん俺の気のせいだ。約束まであと2分。煙草を吸うには微妙な時間だと思いながら画面から顔を上げると、ふと胸糞悪い匂いが鼻を掠めた。
あのクソ野郎、性懲りもなくまーた池袋に来やがったか!一瞬で額に青筋が浮かぶ。だが、それは視界に飛び込んできた横顔のせいで、同じように一瞬で消えた。なにかを探すようにきょろきょろと振られる小さな頭。あれは、もしかして俺を探しているのか。そう思うと、顔が一瞬で熱くなった。
「甘楽さん、あの、」
いつまでも俺に気づかずにきょろきょろしている甘楽さんに声をかけると、甘楽さんはびくりと肩を震わせた。振り返った瞬間に鼻を掠めた甘い香りに思わずぼうっとしたものの、混じるノミ蟲の匂いについ顔を顰めてしまうのはもうどうしようもない性分だ。
が、そんなことは甘楽さんには1ミクロンも関係ねえ。まずい、とおもったときには、甘楽さんは無言で俯いていた。困ったように彷徨う視線は、怯えているようにしか見えない。俺は馬鹿か。
「あ、すいません……その、なんでもねえんで……」
なにを言えばいいのかわからなかった。とりあえず謝ると、甘楽さんが顔を少し上げて覗き込むように俺を見つめてくる。あの日見た涙は、もちろん今はそこにない。整った綺麗な顔立ちは、臨也によく似ていた、っていうかこれは似すぎじゃねえのか。クルリとマイルよりも、ずっと臨也に似ているんだが。
「あー……その……臨也の従姉妹、なんすよね?双子とかじゃないんすよね?」
甘楽さんは、黙ったまま首を縦に振った。さら、と音を立てて肩から滑り落ちた髪に思わず目を奪われる。今日はまっすぐなんだな、どっちも似合っ、いや別になんでもねえ。
「……」
甘楽さんはなにも言わない。黙ったままでじいっと俺を見上げてこられて、妙に気恥ずかしい。クソ、これ絶対顔赤くなってんだろ。気まずい俺の心境を知ってか知らずか、甘楽さんは小さく笑った。臨也と同じ顔なのに、臨也のあのクソムカつく笑みとは違う。
俺が見惚れるしかできないでいると、甘楽さんはなぜかバッグからPDAを取り出してキーボードを叩き始めた。なんだ?セルティごっこか?いや、んなわけねえしっかりしろ俺。
『私と臨也くん、そんなに似てますか?』
いや、これはセルティごっこだろ。ずいっと目の前に突きつけられた画面と文章に戸惑っていると、甘楽さんがきょとんとした顔で首を傾けた。クソ、可愛いなおい!
『臨也くんから聞いてませんか?』
「え、と、なにを、すか?」
『私、喉を痛めてて声が出せないんです。てっきり臨也くんから聞いてるものかと……すみません、びっくりさせましたよね。やっぱりご迷惑でしょうか?』
申し訳なさそうに眉を寄せながら文章を打った甘楽さんに、俺は全力で首を横に振った。そりゃ多少びっくりはしたが、慣れてるっちゃ慣れてるし、なにより謝られることじゃない。どんな方法であれ、甘楽さんと話ができるだけでいいんだ俺は。
「迷惑なんかじゃねえ!……っす」
『優しいんですね、平和島さん』
そう打ち出された画面を見せながら笑った甘楽さんは、すげえ可愛くてすげえ綺麗だった。ノミ蟲野郎と同じ顔だってのに、心臓が爆音を立てて動いちまった。認めるしかない。俺は、この人が好きだ。理由なんて、あの涙だけで十分ってもんだろうが。あ、そうだ、謝んねえと。
「甘楽さん、前はすんませんでした」
『メールでも謝ってもらいましたってば!というか、謝られる理由がわかんないですよう』
「……優しいっすね」
感動しちまった。あんなクソ野郎の従姉妹にしとくのはもったいねえ。
『え?いやいや、ほんとにわかんないですってば』
顔の前でぱたぱたと両手を振る仕草がすげえたまんねえ。とか、死んでも言えねえが、とりあえず俺の顔は真っ赤だと思う。


戻る|#page_→#


10/08/17

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -