「シズちゃん、やだ……も、やだ……」 体の下から聞こえてきた涙まじりの懇願に、静雄はぴたりと動きを止めた。見下ろした臨也の顔は、涙と汗でぐちゃぐちゃだ。 特に口許はひどかった。吸いつきすぎて真っ赤になったくちびると、白い液体とのコントラストが卑猥極まりない。 綺麗な顔が台無しだと思うが、臨也にしてみれば大きなお世話だろう。なんせ、こうしたのは静雄なのだから。 「シズちゃん……シズ、ちゃん……」 震える指で静雄の腕を掴む臨也は、どうしようもなく色っぽかった。見ているだけで腹の底が妖しい熱を帯びる。 静雄は、臨也が好きだ。どうしようもないクズ野郎だと思うのと同じくらいの強さで、どうしようもなく愛おしい存在だとも思っている。 理由など知らない。ただ、臨也でなければだめなのだ。それだけのことだ。 「……抜いて」 紅玉を涙で潤ませて、臨也が望みを口にする。思わず叶えてやりたくなるくらいに憐れだが、この顔を見たのは自分だけではないのだ。 そう思うと、優しく愛してやりたい気持ちは一瞬で殺意にも似た衝動へと生まれ変わっていく。 怒りよりも不純で情欲よりも純粋な激しすぎる想いを、静雄は臨也にぶつける以外に昇華させる方法を知らなかった。臨也でなければ、静雄の餓えと渇きは僅かも癒せない。 なぜ気づかなかったのだろう。もっと早くにこうしておけばよかったのだ。それこそ、初めて目が合ったあの瞬間に。感情のすべてを一瞬で奪われた、あの瞬間に。 静雄は思う。そうすれば、誰の手にも触れさせることなく自分だけの臨也にできたのに、と。 「臨也……」 最上級の黒雲母を散りばめたような髪に指を絡めて名前を呼ぶと、臨也が肩を震わせる。もうやめてほしいと全身で訴えられているようで、少しばかり悲しくなった。 静雄は、臨也を愛している。好きで好きでたまらなくて、いっそ壊してしまいたいくらいに愛しているのに、肝心の臨也はそれをわかってくれない。受け入れてくれない。 だからこうして抱いているのだ。臨也にしてみれば強姦以外の何物でもないセックスは、静雄にとっては正しく愛を伝える行為だった。 二人の間にあるのは、小さくて決定的な齟齬。それをぶち壊してしまいたかった。 「やめたら、人間よりも俺を愛してくれるか?」 そう尋ねると、臨也は信じられないものを見る目で静雄を見つめる。何度目かになる問いかけに、やはり何度目かになる反応。 いい加減、少しくらいはわかってくれてもいいのではないだろうか。そう思う自分はそんなに贅沢か。 「わかった。続行だ」 「やっやめ……っ」 ベッドをずり上がって逃れようとする腰を押さえつけると、臨也が首を横に振る。 本人の意向はどうだか知らないが、弱々しい抵抗は行き場を求めて彷徨う情熱に火をつけるだけだった。 臨也が欲しい。それ以上もそれ以下も、今の静雄にはなかった。 「愛してるって言うまでやめねえ」 「ない!一生ないから!!……あ、あっ……も、マジ、やめろ……!」 「言えよ。言ったらやめる」 「やだ……いや、だぁ……死んじまえ、よ、この変態……!」 泣いて、喚いて、拒んで、詰る。臨也の行動には、いつもの慎重さが欠片もなかった。追いつめられているくせに、いつまでも崖にしがみついて落ちようとしない臨也が気に入らない。心底、気に入らない。臨也が思い通りになってくれたことなんてただの一度もありはしないが、こうして臨也と新しい関係を結んでしまった今、欲が出てきても仕方ないと静雄は開き直った。 「るせえな、黙っとけよ。俺を怒らせんじゃねえ」 イラつきを隠しもせずにそう言うと、臨也がびくりと震えた。そのせいで後ろも締まって、危うく持っていかれそうになる。眉を顰めると、それ以上に眉を顰める臨也と目が合った。すぐに逸らされたそれが気に入らなくて奥を突くと、悲鳴染みた嬌声が上がる。 「ふ、う、うぅっ……やめ、……ろ……!」 「臨也よお……てめえ、さっきからイキっぱなしじゃねえか。嫌なくせに、相性は悪くねえみたいだな?」 「言う、な!死ね!あ、ああ、んっ……や、だ……死んじまえよ……!」 ガリッという音とともに、臨也の爪が静雄の背中を抉った。背中の皮膚は普通なのだろうかと心底どうでもいいことを思いながら、臨也の中を蹂躙する。内壁を擦るように揺さぶると、たまらなく気持ちがよかった。ぬるぬるした内部は、臨也の意思に反して静雄をやわらかく受け入れてくれた。女の膣がどんなものかは知らないが、たぶんこれ以上に自分を悦ばせてはくれないだろうと静雄は思った。 「臨也、は、ぁ、臨也っ……」 「う、んん……ひ、ああ、あ!シズちゃ……いや、だ……ほんとに、嫌……!」 「臨也、臨也、好きだ、愛してる。なあ、俺を愛せよ。てめえを愛せんのは俺だけだって、てめえもほんとはわかってんだろ……!?」 「い、らな……そんなの、いらない……ね、やだ、って……く、あぁ、こ、の、強姦魔!」 だらりと伸ばして脚を折り曲げたかと思えば、次の瞬間には鳩尾に足裏がめり込んでいた。痛くはなかった。けれど、静雄の感情に火をつけるには十分だった。にぃ、と口の端が釣り上がるのがわかる。ついでに、臨也の顔が青褪めたのも。 「や、ご、ごめ……」 「謝んなよ……興奮すっからよお……」 「シ、ズちゃ……ねえ、君、おか、おかしいって……い、いくら昨日まで童貞だったからって、こんな何回もできるわけが……!」 「ああ?なに言ってやがんだよ、臨也あ……人をバケモンだバケモンだっつってたのはてめえじゃねえか。忘れたとは言わさねえ、なあ臨也くんよお!」 腹にくっついたままだった脚を掴み、そのまま力任せに引き寄せる。臨也が仰け反るのと、中がぎゅうっと締まったのはほぼ同時だった。 「やっ!やだやだやだあ!!シズちゃ……も、俺、おれ……む、り……!」 「それはもう聞き飽きたんだよ。ずっと言ってんだろ?愛してるって言えばやめてやるってよおー」 「それ、も、やだぁっ!ひ、んんっ……なる、から、君のになってやるから、もうやめてくれ……!」 掴んでいたシーツから手を離し、首に縋りついてくる臨也は可愛かった。計算なのかそうでないのかは静雄にはわからないが、どうでもよくなるくらいには愛おしい。 恋心を自覚した日から、ずっとずっと夢見てた。臨也が笑って自分のものになる日を。人間を愛してると囁くあの声で、愛してるよシズちゃんと言ってくれる日を。 「……わかんねえな。俺のもんになるのはよくて、愛してるって言うのは嫌なのか?どう違う?」 臨也は答えなかった。目をぎゅっと瞑って、ただただ首を横に振る。これは梃子でも動きそうにないと思い、静雄は溜め息をついた。 今は、譲歩するべきなのだろうか。新羅の家で聞いた話など1ミクロンだって納得してはいないが、何度か熱を吐き出して少しは頭も冷えていた。 自分の下で喘ぐ臨也は、無力で弱々しくて愛おしい。傲慢で不遜で憎たらしい普段の姿は見る影もない。心臓がばくばくと早鐘を打っているのは、折原臨也というどうしようもない男に惚れてしまっているなによりの証拠だった。そして、大事なものにはすこぶる甘い。それが平和島静雄という男なのだ。 「……わかった。まだ死なれちゃ困るしな」 名残惜しくはあったが、静雄は臨也の中に埋め込んだままだった性器を引き抜いた。その刺激で、臨也が一際甘ったるい声を上げる。脳髄が痺れたかと思うくらいの衝撃だった。やめろと言ったくせにと恨めしく思って臨也を見ると、静雄以上に衝撃を受けたらしく目を見開いて固まっていた。 「おい、臨也……おい、目ぇ開けたまま寝てんじゃねえ」 「……も、う……死にたい……」 「だめだ。てめえは俺のもんだからよお……俺以外に殺されてみろ。地獄の果てでぶっ殺す」 恥辱に咽び泣く臨也も悪くはない。口には出さずにそう思った。 ←|戻る|→ 10/08/28 |