折原臨也の憂い顔は世にも稀なる麗しさで、思わず手を差し伸べてしまいたくなる。
どうしようもない中身をよく知っている自分でさえ、ほんの一瞬はそう思ってしまうのだ。ほとんど狂気に近い信者が数多くいるのも頷ける。
全力で傍観者でありたいはずの岸谷新羅はそう思い、深く溜め息をついた。
「で?どうしたの、君ら」
「ねえ、頼むよ。助けて、新羅。たぶんシズちゃん頭の病気なんだよ。治してやってくれ。金なら俺が全額出すからさあ!マジで頼むよ!今すぐ頭切り開いてやって!」
「臨也、てめえほんとに往生際が悪すぎんぞ」
「……ほんとにどうしたの、君ら」
顔を合わせれば自販機が宙を飛び、ナイフが空気を切り裂く。
そんなバイオレンス極まりない関係を築いている友人が揃って来訪したというだけでも、新羅にとっては十二分に驚天動地だった。
おまけに、今日はなぜか臨也の方が余裕がない。
いつもなら先に手の施しようがないくらいにブチキレているはずのバーテン男、平和島静雄の方が場の主導権を握っているようだった。
「いい加減にしとけよ臨也ぁ……てめえが普通の病院じゃ恥ずかしいっつーから新羅に時間もらったんだろうが。とっととやることやって帰るぞ」
「黙れよ!新羅、シズちゃんの頭診てやって頼むから。あと……非常に言いたくないんだけど……性病の検査してくれるかな。俺とシズちゃん、どっちも」
苦虫を噛み潰してぐっちゃぐちゃにしたような顔で臨也が吐き捨てた言葉に、新羅はくらくらと眩暈を覚えた。
だから僕は全力で傍観者でありたいんだってばああもう助けてセルティ!と今は仕事に出かけている愛しいデュラハンの姿を恋いつつ、ずれた眼鏡を押し上げる。

正直なところ、まあ、いつかはこんな日がくるのかもしれないと予想はしていたのだ。できれば、そうあってほしくないとも割と本気で思っていたが。
「……ああ、うん。なんとなくわかった、君らになにがあったのか。だから言わないでね。詳しいことなんか聞きたくないから。にしても、臨也はよく死ななかったね……」
「……いっそ死んだ方がマシだったんだけどね……残念ながらね……」
遠くを見つめながらふふふと笑う友人に、さすがの新羅も若干の同情を覚えた。
思えば中学からの付き合いだが、臨也がここまで憔悴しきっているところを見るのは初めてかもしれない。
臨也でも落ち込むことがあるんだなあと感心してしまった自分は、やっぱりけっこうな外道なのかもしれない。
「臨也には最悪だろうけど、静雄は正常だね。もっとも、高校から頭の病気だったって言うんなら僕にはもうなんとも言えないけど」
臨也にとっては悪夢としか言いようのない事実を、こうしてさらりと発表できるくらいには。新羅は溜め息を堪えながらそう思った。
「あと、検査自体はできるけど……ちゃんと専門の病院にも行くべきだよ。これは医者の端くれとして言わせてもらう」
「……ちょっと……待ってよ……新羅まで頭おかしくなったのかい?」
「失礼だな、俺はこれでも医者としての矜持は捨てちゃいないよ!?」
「波江の片棒かついどいてよく言った!そうじゃなくて、俺が問い詰めたいのは前半だっての!」
「セルティのためなら何でもするさ!静雄が臨也のこと好きなのは高校から一切変わらない事実だから、僕にはどうしようもないんだよね。ま、そういうわけだから諦めなよ、臨也」
ポン、と肩を叩いて新羅がそう言うと、臨也は見る見る内に血の気を失っていく。
うそだろ、冗談じゃない、そんな馬鹿な、夢なら醒めろとぶつぶつ繰り返す悪友と、さっきから黙ったまま臨也を見つめてばかりの幼馴染を見比べて、新羅は薄い笑みを浮かべる。

愛の力は偉大である。愛はすべてを凌駕する魔法の力である。それは盾であり、同時に剣である。
注がれる愛で刃を受け止め、自らの愛を切っ先に込めて、人は愛を守るために戦うのだ。
それが新羅の持論だった。そして、それをこの上なく体現してくれるのが平和島静雄という存在だった。
静雄から初めて秘密を打ち明けられたのは、確か高校二年の春のことだった。
恋のお悩み相談にしては酷すぎる表情を抱えて話し続ける静雄に、新羅はただただ驚くしかできなかった。
二人を知る人物なら、無理もないことだとわかってくれるはずだろう。
顔を合わせれば殺し合い、器物損壊は日常茶飯事。大体にして悪いのは臨也であり、静雄はむしろ被害者だった。
名前のとおり平和に静かに暮らしたい静雄を引っかき回して、限りある青春をめちゃくちゃにしていく臨也。
いったいどこがいいんだ、とさすがに心配になって尋ねたら、心底悔しそうな顔でそんなもんは俺が聞きたいと返されて茫然としてしまった。
あ、これは本気だ。それだけは、すぐに理解できた。
それからというもの、新羅はたびたび恋愛お悩み相談室を開くようになったのだった。もちろん静雄限定で。
そして、それは今も続いていたりする。頻度はだいぶ少なくなったものの、静雄の臨也への恋心はますますもって燃えたぎるばかりだった。
そんな幼馴染が心配でもあり、同志として頼もしくもあった新羅だったが、それももう終わりになるのかもしれない。
そう思うと少し寂しくなったが、自らの持論を理想的な形で体現してくれた静雄の恋の成就を素直に祝ってやりたい気持ちの方が大きいのも事実だった。
「よかったねえ、静雄。あ、でも、さすがにもうレイプは……あれ?そういえば、あんまり大惨事じゃないね。もしかして臨也も意外と乗り気だったのかい?」
「殺すぞ新羅。俺が、シズちゃんなんかと、喜んでセックスするわけないだろうが!あんまり派手に切れてないだけで痛いっつーの!俺が初めてだったらこれ死んでるよ確実に」
臨也の発言に、それまでどこか満足げだった静雄の頬がぴくりと引き攣った。これはやばいと思い、新羅はそっとその場を後にする。
新羅?と訝しげに呼びかける臨也には悪いとは思うし、部屋の崩壊も避けたいけれど、それも命あってこそのものだねだ。
「……臨也くん、てめえにお話があります」
「シズちゃん、痛い引っ張らないで……ていうかどこ行くんだよ。検査終わってない」
「明日でいい。どうせ今から同じことすんだ。明日でいいだろ」
額に青筋を二、三本びっきびきに浮かべながらにこりと笑った静雄は、誰がどう見ても阿修羅か般若だった。さすがの臨也も行動できないくらいのオーラだった。
固まる臨也の腕を引っ張り、部屋を出ようとする静雄の背中を新羅は見送るしかできない。というか、邪魔する気は最初からなかった。
「お、なじこと……って……嫌だ!やめろ離せ死ね馬鹿死ね!た、助けろ新羅!」
「……じゃ、明日は朝イチで頼むよ。僕午後はいっぱいだから」
「悪いな」
「新羅!!」
半分泣きながら恨めしそうに自分の名前を叫ぶ臨也に手を振ると、盛大に睨まれた。
これは次会ったときが怖いなあと思いつつも、今静雄に殺されるよりは多分マシだ。新羅は再び傍観者を決め込むことにした。
池袋という街は、今日も愛に満ちている。


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10/08/08

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