「ふ、はっ、んんっ、う、んー……っ!」
「っ、う、く……っ」
身体の奥底で感じる熱い飛沫に、臨也は柳眉を顰めて呻いた。やっと出した、やっと解放される、やっと、やっと、やっと。
不覚にも、目の前は涙ですっかり滲んでいた。散々だ、ほんとうに。
「イッた、だろ……さっさと抜けよ……」
掠れきった声でそう言うと、いまだに臨也の身体とプライドを抉っている男はふっと笑った。
殺したいほどに憎たらしい顔だ。反吐が出る。
「……臨也くんよぉ……いい機会だ、はっきりさせようや」
「は?なにをだよ……早く抜けって……!」
「俺のものになれ。でなきゃ殺す」
自分相手ににこにこ笑う静雄の顔は珍しいものではあるが、いたって正常の部類だった。それが、臨也は逆に恐ろしかった。
聞き間違いであることを心の底から本気で祈りながら、恐る恐る口を開く。
「……なんだって?」
「俺のものにならなきゃ殺す。逃げたら殺す。死んでも殺す」
先ほどよりも数段レベルアップして舞い戻ってきた言葉に、眩暈が臨也を襲う。頭ががんがん痛むのは、二日酔いとひどいセックスのせいだけではなさそうだった。
「じょ、冗談じゃない!なんで俺がそんなこと……っひ、うご、動くな……あ……!」
「臨也」
体内に潜り込ませたままの熱をゆるゆると動かしながら名前を呼ぶ静雄の声は、ひどく艶めいていた。情欲だか劣情だか知らないが、迷惑以外のなにものでもない。
こんなのは約束が違う。そう口にしたら、てめえみてえな外道にだきゃあ言われたくねえという呆れた声が返ってきた。
「シズちゃん、頭おかしいんじゃないの!わかってる?俺だよ、折原臨也!」
「ああ、わかってる。高校んときからどうにかしたくてたまんなかった折原臨也だ」
「はあ?……本気なの、シズちゃん……?」
驚きのあまり見開いた視界いっぱいに、静雄の顔が迫る。
振るわれる暴力の圧倒的さゆえに敬遠されがちな男ではあるが、見惚れる女が後を絶たない端正な顔をしているのは紛れもない事実だ。
静雄本人は気づいていないようだが、臨也は知っている。正直、興味はなかったが。
「好きだって言ったろ。覚えてねえのか」
「……俺、興味ないことは記憶に留められない性質なんだ」
「はっ。てめえらしいなあ、臨也。ムカつくしうぜえしぶっ殺したいのは変わらねえが……やっぱてめえはたまんねえなあ、臨也ぁ……」
「やっ、ぬ、抜け、ばかっ……」
しばらく止まっていた動きを再開され、自分で聞くのも嫌になるくらいの甲高い声を無理矢理引きずり出される。
静雄は羞恥に耐える臨也の顔を穴が開くほど見つめながら、愛しげに目を細めていた。それを見てしまった臨也は、いっそのこと死にたくなった。
「き、みのものになるくらい、ならっ……あ……俺は、ビルから飛び降りる……!」
「……そうかい」
ビキビキと嫌な音を立てて、静雄の額に青筋が浮かぶ。臨也の答えがよほど気に入らなかったらしい。
それこそ冗談ではないと臨也は叫びたかったが、代わりに口をついて出たのは情けない嬌声だった。
奥深くを乱暴に突き上げられる。気持ち悪いのに、気持ちよかった。最悪だった。
「交渉決裂だなあ、いぃーざぁーやぁーくん?」
「あっあっあっ……いやだ、触んな……殺すなら、さっさと殺せよ……!」
「ああ、お望み通りぶっ殺してやるよ……俺のやり方でな」
そう言って笑った静雄は、まるで血に飢えたけだもののようだった。ひ、と小さく鳴らした喉をべろりと舐め上げられ、臨也は恐怖に悲鳴を上げる。
殺すって、ヤり殺すって意味か。静雄に捕まった時点で選択肢はなかったのだと臨也は思い知らされた。




結局、普通に殺すという方法をとろうとしてくれない静雄に根負けした臨也が首を縦に振ることで、臨也の長すぎる悪夢は終わった。
なにやら上機嫌で煙草をふかしている金髪の男を殴り殺してやろうかとも思ったが、所詮は力で勝てる相手ではない。
それは太陽が東から昇るのと同じくらいに、紛れもない事実だった。
「……だから、俺は君が嫌いなんだよシズちゃん……」
「そりゃ最高だな。人ラブとか抜かす変態に、その他大勢と同じ括りで愛されてもうれしかねえ」
「その変態に欲情できる自分はさらに変態だっていう考えには至らないのかな」
「蓼食う虫も好き好きって言うだろーが。好きなやつ目の前にして勃たねえ男はいねえ」
「シズちゃんのくせに正論吐いてんじゃねえよ黙れ死ね」
「てめえが死ね」
殺伐としていなければならないやりとりのはずが、なんとなく甘い雰囲気を帯びていることに気づいた臨也はまた死にたくなった。
文句はきっちり言うくせに、静雄が穏やかな顔で笑っているせいだろう。
事後ということは認めるし、さっぱり理解不能ではあるが長年の仇敵が自分のことを好きであるということも認める。
だが、化物と不毛なピロートークなんぞする趣味はない。断じてない。
「……ねえ、さっきからなんで笑ってんの?すごい気持ち悪いよ」
「そりゃてめえ、諦めてた片想いが叶ったんだから普通は笑うだろ」
なにを当たり前のことを、と言いたげな静雄の顔と声音に、臨也は全身に鳥肌が立つのを感じた。
だめだこいつ、早くなんとかしないと。込み上げる吐き気と闘いながら、臨也はにこりと笑ってみせた。
思いっきり作り笑いなのは静雄にはばれているらしい。眉根を寄せられたがそれにかまっている暇はない。
「ねえシズちゃん早まるなって。君モテるんだから、俺で手を打つことないよ……ほら、ヴァローナちゃんとかさ?あの子ならちょっとやそっとじゃ壊れないし、シズちゃんともお似合いだと思うんだけどな。おそろいの金髪とかニコイチでいいと思うよ」
「ニ……なんだって?ヴァローナはただの後輩だっつーの。おい、てめえマジでいい加減にしろよ。そりゃちっと往生際が悪すぎるってもんじゃねえか?」
「だってシズちゃんが俺を好きになる理由がまるで理解できない」
もっとも、興味もないけど、とは言わなかった。そろそろ静雄が完璧にキレるだろうと思ったし、それで困るのが自分だということもよくわかっていたからだ。
静雄はなにも言わなかった。ただ思いきり煙草を吸い、思いきり息を吐き出すだけ。
目に見えてなにかに耐えた様子だったが、その耐えたものがなんだったのかは臨也にはよくわからない。
「……キスさせろ」
「は?……今、そんな流れだった?」
「うるせえんだよ」
片手で引き寄せられて、くちびるを重ねられる。途端に口の中に広がった苦みに、臨也は顔を顰めた。
煙草の味のするキスは臨也にとっては珍しく特別なものだった。できることなら静雄とはしたくないけれど、そんな言葉が通じる相手でもない。
結局、おとなしくされるがままになるしかないのだ。
「……臨也……」
キスの合間にうっとりと名前を呟く静雄は、ほんとうに気持ちが悪かった。少し前にも思ったが、反吐が出る。
これが自分以外に向けられていたなら、多少はおもしろかったかもしれないのに。
「……死ねよ、シズちゃん」
昨日から今日にかけてで、人生に降りかかるすべての災厄を詰め込まれた気がする。臨也はなかば諦めながらそう思った。


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10/07/25

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