波間に七色


【国のあいだ・b】
-with a WAVE of one's hand・b-



さて、つぶやいてキノはエルメスを進ませた。

海の見える港。いくつかの柱が橋をささえ、そこから船に鉄板が渡されている。
国と国の間をつなぐ船だった。半日もかからない程度の距離だが、モトラドは走行できない。船底へ止める決まりになっていた。

汽笛が鳴り、中に入ったキノはあたりを見回した。
モトラドや、バギーや、その他、海を渡れない乗り物を止める場所だ。灰色の床は平らで、何台か車が並んでいた。窓はない。天井に、人工的な明かりが灯されている。

次の国に行くため船に乗るのは、何回目だっただろうか。
ぼんやりとキノが考えていると、エルメスが声をあげた。

「キノ、見つけた?」
「ああ」

モトラドのエルメスは、車体を反射で光らせていた。壁の電球の光だった。
キノは、エルメスを空いているところへ止めると、足でセンタースタンドにロックをかけた。エルメスは自力で立ちあがる。
そしてキノは、エルメスのシートを軽く叩いた。ねぎらうようなかんじだった。

「留守番よろしく」

手袋をはずして帽子を取ると、

「モトラドは止められちゃったら動けないけどさ。キノは景色が見れていいよね」

エルメスが言った。

「しかたないよ。景色を見たいモトラドがみんな甲板に行ったら、船がしずむじゃないか」
「窓がついてたらよかったのに」
「窓のそばに停められるとはかぎらないよ、エルメス」

エルメスは毎回文句を言うねとキノが言って、だってつまらないからとエルメスが言った。
キノはふたたびエルメスのシートを軽く叩いた。なだめすかすような具合だった。

「まあ、でも今回はつまんなくないよ。キノ」

エルメスがすねているようないないような、つまりはいつもの口調で言った。

「なにがだい?」
「だって、いつもとちがうからね」


 #


エルメスとわかれて、キノは一人で船内を歩いた。窓から差し込む光が、防音用のじゅうたんを照らしている。若者や家族連れ、老人の団体など、船にはたくさんの人が乗っていた。

キノはその横を通り過ぎて、軽食を売るところの前を通りがかった。
立ち止まる。おいしそうな匂いがただよっていた。

「いらっしゃい」

売店の女性が言った。

「こんにちは。おいしそうですね」
「この船いちばんのおすすめだよ。記念にいかが?」

女性は、品物をひとつ取り出した。小麦をこねて発酵させ焼いたものに、野菜と具を挟んだものだった。
キノはすこし考えてから、それを買うことにした。中にはさむ具には種類があって、キノはおすすめと言われたものを選んだ。

「まいどあり!」

女性が威勢よく言って、キノは紙袋を受け取った。
駐車場のエルメスのことを考えながら、同じ品物を受けっとているカップルを横目に先へ進む。


 #


階段を登ったキノは、扉を開けて甲板に出た。一瞬、強い風が吹き込んだ。
手の中にある紙袋を落とさないよう、抱え込んで扉を閉める。風が強かったのはその瞬間だけだったようで、甲板に出てしまえば気にならなかった。

「キノー」

声がして、キノは顔をあげた。

「レイ」

甲板に固定されたベンチに座っていたのは、キノとともに旅をしているレイだった。ある国で出会って、紆余曲折を経て一緒に行くことになった少女だ。
少女は立ち上がってキノを待った。にこにこと笑って手をふり、近づいてくるキノを迎える。

「エルメス、だいじょうぶだった?」

レイが聞いた。

「ああ。ちゃんとセシルの隣に停めてきた」
「よかった。私の後ろで列が切られたときはどうしようと思ったけど…」
「わかりやすいところにあってたすかったよ。ありがとう」

キノがほほ笑んで、レイは照れくさそうに笑った。
セシルというのは、レイの相棒のモトラドだ。船に乗船する際、交通整理のために、一時的に入場が制限された結果。
レイとセシルは一足さきに船に乗り込み、キノたちを待っていたのだった。

「そういえば、エルメスが言っていたんだけれど」
「うん」
「“いつも船の旅は寝てるけど、今回はセシルがいるから寝なくてもいいや”…だって」
「…ありゃ…。かわいそうに」
「セシルがかい?」
「セシルは、今日寝たいって言ってたの」
「それは……寝れないだろうね」

キノは、おしゃべりする気まんまんだったエルメスを思い出して苦笑した。

「前に私たちが船に乗ったときは寝てたから、そのつもりだったみたい」

レイもくすくすと笑う。

「そうだ。レイ」
「なに? キノ」
「これ。買ってきたんだ」

キノは売店で買った軽食の袋を見せた。レイがちょっとだけ目を大きくさせ、

「それ、私も買おうと思ってたやつだ」

紙袋をゆびさしてつぶやいた。

「種類があったから、キノに聞いてからにしようと思ったんだけど…」
「そうだったのか…。なら、ちょうどいいかもしれない」
「?」

キノは袋を開けて、品物をふたつ取り出した。
包装紙は二種類。チキンの包装紙と、フィッシュの包装紙だった。

「あ! ふたつ!」
「うん。どっちもおいしそうだったから」

レイが言って、キノがうなずく。

「はんぶんこしよう」

二人は、二種類を仲良くわけて食べた。
名前のわりに、軽食は量が多かった。これならば、一人でふたつは食べれきれないと思え、この案はちょうどよかった。
おなかが膨れて満足したキノとレイは、並んでベンチに座った。海を見る。
水面が太陽に照らされて、海はきらきらと光っていた。

「きれいだねえ、キノ」
「ああ」
「ほら、あそこに魚がいるよ」
「ほんとだ。あれは船かな」
「ちいさいね」
「そうだね」
「魚を採っているのかな?」
「釣りじゃないかな。釣竿が見える」
「キノは目がいいね」
「いや、レイにも見えると思うよ」
「そう? んー…」
「見えたかい?」

風と揺れを受けながら、二人の会話が続く。
キノが何か思って口に出すたびに、レイは言葉を返した。そしてレイが言葉を音にするたびに、キノも返事を返す。
たしかにいつもと違うな、とキノは思った。そして到着の合図が鳴って、あっという間だったなと考えた。

「あーあ、着いちゃった。セシルには悪いけど、ちょっと残念」

レイがつぶやく。

「どうしてだい?」
「いつもおたがいモトラドに乗ってるでしょ? 景色が動いてるのにキノとおしゃべりしてるって、新鮮だった」
「そうだね……ボクもそう思ってたよ」
「ほんと?」
「ああ。…いつかまた乗ろう。エルメスには悪いけれど、モトラドが走れないところは案外あるから」
「ふふ、そうだね。まだ行ってないところもいっぱいあるし」

次はどんな国かなあ、と言いながらレイは立ち上がった。

「行こう、キノ」

レイが笑う。キノはそれを見上げて、頭のすみで考えた。
もしかしたら、レイの行ったことのない国の中には、自分が行ったことのある国も含まれているのかもしれない。
でもそれも、もしかしたらこの船のように新鮮に写るのかもしれない。

差し出された手をにぎり、キノは立ち上がった。もういちど合図が鳴って、船が完全に止まった。
時間だけじゃなく、一緒にいる人でも景色は変わるのだろう。そんなふうに考えると、世界はまだまだ広がっていく。

「ああ。行こうか、レイ」

キノの目に白波がいつもより輝いて見えたのは、たぶん気のせいではないはずだ。




【国のあいだ・a】
-with a WAVE of one's hand・a-



反射の激しい海沿いを、二台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
両方とも、荷台には旅荷物が積まれている。運転手は若い人間で、腰にハンド・パースエイダー(注:パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターを吊っていた。国と国の間を行き来する、旅の者だった。

灰色の地面を走っていき、二台は港に入った。何艘かの船が、並んで停泊している。
そのうちのひとつから伸びる列の前でエンジンを切り、運転手はモトラドから降りた。そして、ところどころ色の剥げた銀色のゴーグルを外した。

「この列だ、レイ」

運転手は、あとに続いたモトラドの運転手にむかって言った。レイと呼ばれた運転手は、うん、と返事をして、

「じゃあ、先に並んでおくね。キノ」
「ああ。手続きを済ましてくるよ」

キノと呼ばれた運転手へ手をふり、列の後方へとモトラドを押していった。キノは列の前方へモトラドを進めて、

「次の国は、海に囲まれているらしい」
「ふうん。あの、遠くに見える島?」
「ああ。だから船に乗らなくちゃいけない。エルメスが空を飛べたらよかったのに」
「モトラドは空を飛ばないの。キノこそ、ぼくを担いで泳いだら?」
「そんなこと、できるわけないだろ」

キノは、エルメスと呼んだモトラドのタンクを軽くたたいた。

「それにしても、大きい港だね」
「ああ。こんなのはひさしぶりだ」
「端から端まで海だよ。いい天気だし、絶好の船出料理じゃない?」
「………“船出日和”?」
「そうそれ」

そして、エルメスは黙った。
キノは受付を済ませて、列の後方へ向かった。列はさらに伸びているようで、左右に曲がりくねっていた。

キノはモトラドの角度を変えながら進んで行き、一度止まって海を見た。
雲のない空は青く、海原ははるか澄み渡っていて、まるでひとつの蒼い絵のようだった。
風が眩しく煌めいていた。



[list/text top]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -