くつしたの話


私たちは、お礼を言ってモトラド整備の店を後にした。
入国二日目。これといった観光スポットのない、平和な国だった。

「レイ、この店にも寄っていかないかい?」

キノが、向かいの店を見て言った。

「わあ、広いね」
「ああ」

大きな店だった。
園芸用品や手工芸用品、自動車用品などを取りそろえ、工具も扱っているらしい。
少年と一組の男女が、手押し車にカゴをのせて、熱心に品物をえらんでいた。
家族連れのようだ。

「あ、靴下だよ。キノ」

私はキノの肩をたたいて、棚を指差す。
派手な色の紙の下に、5枚組の靴下が並べられていた。紙には“広告の品”と書いてある。目玉商品らしい。

「安いね」
「買っていこうかな?」
「いいと思うよ」

キノが寄ってきて、「ボクも見る」と言った。


「白と黒、どっちにしよう。キノは何色?」

綺麗に色分けされた靴下を見比べて、私はたずねた。

「ボクかい? その時安い方かな」
「なるほど」

実に旅人らしい答えだった。いや、キノらしいと言うべきだろうか。

「今は同じだけど」
「そうだね。どっちにしようか?」

キノが笑って、エルメスが横から口を挟んだ。

「キノは実用一点主義だからね」
「こだわりは?」
「長さくらいかな。動きやすいものがいい」
「じゃあ、刺繍で肌荒れとかは?」
「ないよ」
「ゴムでかぶれるとか」
「まったく」
キノは首を振った。

「キノの肌と胃袋は楯じゃないよ」
「……“伊達”?」
「そうそれ」

エルメスが言って、そして黙る。
私は、あらためて手の中の靴下を見た。

「白にしようかなあ」
「いいんじゃない? でも汚れが目立つね」
「なら黒にしようかな?」
「いいんじゃない? でも傷みがわかりにくいね」

横から、セシルが意見を述べる。

「セシル……賛成なの? 反対なの?」
「僕は靴下を履かないから、事実を述べたまでだよ」

淡々とした声だった。

「利点と欠点は勝利一体ってやつだね」
「……“表裏一体”?」
「そうそれ」

エルメスが言って、そしてまた黙った。


値段を取るか、機能を取るか。
真剣に靴下を見比べはじめたキノに飽きて、私は視線を動かした。
さまざまな紙の文字が目に入る。

「あ」
「なに? どったの?」

突然つぶやいた私に、エルメスが不思議そうにした。
私は奥を指差した。そして、派手な紙に書かれている文字を読み上げる。

「あれ、高機能で丈夫で長持ちだって」
「へえ、すごいじゃん。どれ?」
「あの奥の棚だよ」

下のほうにある靴下を見ていたキノが、顔をあげ立ち上がった。
目線が、私のゆびさきを追う。

「……オレンジ色の?」
「うん」

キノが聞いて、セシルが、

「なんというか、これまた鮮やかなオレンジだね」

何故か、どことなくはっきりしない口調で言った。

「めずらしいよねえ」

私はセシルを押しながら、奥へ進む。
予算外なので買うつもりはないが、高機能という言葉にちょっと興味があった。

「オレンジの靴下か……」
「これは予想外だったんじゃない? キノ」
「うん。ちょっと驚いた」

白と黒の靴下の前にいるキノたちの会話は、私の耳に届かないまま。

「まさかレイ、買わないよね?」
「ひょっとしたら、気に入ったのかもしれない」
「オレンジの靴下をはいたレイ、どう思う?」
「……目立つな」

キノは苦虫をかみつぶしたような顔で答えた。

「ボクはちょっと、落ち着けないかもしれない」



結局、私たちは白と黒の靴下を何足か買って店を出た。
しばらくの間、なぜかキノに、
「こっちのほうがいい。白いほうが似合う」
と、ことあるごとに言われた。
嬉しかったけれど、すこし不思議だ。



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