失敗作


驚いて、ボクは飛び起きた。
カーテンの閉まったホテルは暗くて、まだ日が昇っていないことがわかる。自分の心臓だけが激しく暴れていて、からだ全体が脈うっているように感じた。
足元の保安灯が、不気味に赤く光っているのが目に入る。


“――失敗作だ”


何年も見なかった、忘れてさえいた夢だった。
あの日のこと。あの国のこと。

「…っは、…」

呼吸が荒い。
まわりが静かすぎて、押し殺したそれさえも耳に響いた。吸う息に電流が走り、痛みが邪魔をする。
まるで、お前は酸素を取りこむなと言われているかのようだった。

失敗作が生き残りやがって。幻聴が聞こえはじめる。
あの子を殺したくせに。私を殺したくせに。
呪詛がくりかえし能を揺らす。

保安灯の色が濃くなる。

紅い光が。

追 い
 か
  け
   て

 く


   。



「だいじょうぶ? キノ」

いつ起きたのか、エルメスが言った。
途端に空気が解けて、大量の酸素がなだれ込む。ボクは大きく深呼吸をした。

ふと右手に痛みを感じて、シーツの端をにぎりしめていた自分に気付く。
離そうとするも、なぜかうまく動いてくれない。焦りで、自然と歯が噛みしめられた。

「…だいじょうぶ。大丈夫、だ」

落ちつけとつぶやいて。
怖がるのも、恐れるのも、後だと。
言い聞かせる。

苦しい。
どうした。
“キノ”は、こんなことで弱くなったりしないはずだろ。

「……っ…」

せまくなった咽喉が、風の音をたてた。
それすらも追い立てられているようで、鼓動が早さを増す。
耳鳴りがした気がして視界が歪んだ。





――ぱち。




ちいさな音が鳴り、視界がひらけた。天井のあかりがついていた。

「キノ」

ベットから身を乗り出したレイの指が、スイッチにかかっていた。
目が合う。
レイは手を戻して体重をかけ、両腕を支えに起き上がった。肩に乗った髪がさらりと流れる。

無意識に引き寄せようとして、伸びた自分の手に気づく。
そして何でもないふうをよそおって、ゆっくりと手を引っ込めた。

「……キノ」
「いや。…なんでもない」

まっすぐ見つめてくる瞳が気まずくて目をそらす。
すぐ近くにいるのに不安でしかたなくて。これは現実なのかと、自分の存在を確かめたくなったなんて。
…身勝手だ。

黙っていると、急にふわり、レイの腕がボクを包んだ。

肩に顎があたって。
髪が頬にふれて。手が、背中にまわる。
そして体重がかかって、ボクはレイとともにベットへ倒れた。

「…レイ、おもいよ」
「んー…」

肩口から、しがみつくレイの篭った声が聞こえ、

「ねえ。キノ」
「なんだい」
「ぎゅっ、て。してくれないかな…?」

甘えるような声で、ボクの心を代弁するから驚いた。

「…いいよ」

心音を感じて安心したのは、きっとボクのほうだ。
もしかしたら全てわかっているのかもしれないなと思って、敵わないなと考えて。

ボクは腕に力を込めた。




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たすけたかったの。
夢の中までは行けないのにね。



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