さよならを言うのはわずかに死ぬことだ
わたしを抱きしめる腕がふだんより強くて。
キノは怖かったのかもしれないなと、ぼんやりと思う。
ゆびに力が込められるたび手足の傷が痛むけれど、そんなことはどうでもよかった。
辺りは鉄のにおいが蔓延して、たくさんの死が転がっている。
どくんと波打つわたしの音が聞こえるように、そっと背中に手をまわして身を寄せた。
キノが生を実感できるまで、わたしは言う。
「大丈夫だよ」
生きてる。
「ここにいるよ」
キノは、ちゃんとここにいるよ。
やがてキノはありがとうとつぶやいた。
小さく震える声で、もういっかい言った。
「ありがとう、レイ」
(ボクの大切な君を守ってくれて)誰かの面倒を見ながら戦うことになった経験は、何度かある。たとえば契約であったり、なりゆきであったり。
けれど最終的には、相手を見捨てても仕方ないと思っていた。最優先は自分の命。無理はしない。期待もしない。不利になるようならすぐに逃げ出す。それは相手も同じこと。
囲まれている、と分かった時。
注意深く草の音を聞きながら、自分でも驚くほどに、それは自然な思考だった。
どうやったら、レイを守ることができるか。
そのために、レイの腕をどう使えばいいのか。
自分を守るために自分の腕を扱うように、己を傷つけずに、無事に、この場を乗り切るための思考。
レイ。
もう君は、優先すべき自分の命の一部に重なってしまっているんだね。
ボクは自分の大切なキノと、君が愛してくれるボクを守るから。
君は、君を全力で守ってほしい。
君が自分を守る理由の一つに、ボクがいたら嬉しいけれど。ボクが一番だなんて言ったら許さない。
いつだかボクは、君に死なれたらいやだと言った。
君は、わたしだって同じだよと言った。
だからそのために、自分をないがしろにしないでほしい。無理をしないでほしいんだ。
ボクが大切にしたいと思っている君のことも、力の限り守りたいとは思う。本当は、かすり傷さえつけてほしくない。
だけどきっと状況が、それを許さないこともあるから。
そんなとき君は、ボクを生かそうとするってわかるから。君を守るために、ボクは自分を守るよ。
ボクの理由がひとつ減るから、さよならは言わない。
怖がるのも、恐れるのも、あとで。
そうして二人。
次の日の朝を見よう。
140107
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原題『さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ』(フィリップ・マーロウ)