続・学びの国
【続・学びの国】
-The exception is not admitted.-
私の名前は陸。犬だ。
白くて長い、ふさふさの毛を持っている。いつも楽しくて笑っているような顔をしているが、いつも楽しくて笑っている訳ではない。生まれつきだ。
シズ様が、私のご主人様だ。いつも緑のセーターを着た青年で、バギーで旅をしている。
私達は、快晴の空の下を走っていた。
大きな障害物もなく、たまに振動が来る程度で、行路は順調だった。
「次は、住みやすい国だといいな」
シズ様はそう言って、道の先にある国を見た。
大きくも小さくもない国で、シズ様は良い印象を持っているようだった。
「中に入ってみなければ、わかりません」
私が答えると、シズ様は微笑んだ。
「そうだな。でも、想像してみるのも良いよ」
いよいよ城門が近くなった時、門番が大きく手を振って叫んでいた。
シズ様はゆっくりと速度を落とし、やがて止まる。門番が小走りで駆け寄った。
「ようこそ旅人さん! お名前は? 旅の目的は観光ですか? 滞在期間は? ホテルの予算はお決まりですか?」
私には耳障りなくらい大きな声で早口に話した門番は、そこで一息ついて、
「あ、その前に。入国希望ですか?」
一番初めに言うべきセリフを言った。
「こんにちは。私はシズと申します。目的は休憩と補給で、良ければ移住も考えています」
シズ様は噛み砕くように、ゆっくりと言う。
すると、門番の表情が変わった。
「え、移住ですか? それは無理です」
「そうですか」
国内の秩序を乱さないために、移住を拒否する国は多い。
シズ様はあっさりと承諾した。
「うちの国では、旅人は流浪人ですので。例外は認められません」
「例外?」
門番は頷くと、奥に向かって叫んだ。
そうして、出てきた本をシズ様に手渡す。
「このページにある通りの行動をお願いします」
シズ様は本をぱらぱらとめくる。
「なるほど。これが、あなたがたの統治方法ですか」
「はい。例外がいると、教科書を作ったえらい人たちの威厳が無くなるので」
シズ様はわかりました、と答えて、私にも見えるように本を傾けた。私はそれを読む。
『旅人というのは国を出て旅をしている人です。旅というのは乗り物や徒歩で遠くの国を見て回ることです。
旅人は少ないろぎんで長期または短期の旅をしなくてはならないので、安さを求めます。宿や食事、品物などです。
旅の目的は数種ありますが、基本的にはきれいな景色を見たい・おいしいものを食べたい・いろんな人に会いたいなどです。
また、旅人の特徴として、旅人は武器を持っています。これは国の外は危険だからです。
旅人は自分の身を守るため、すぐに逃げたり戦ったりできるように荷物はできるだけ軽くしますし、保存がきくものを持ち歩きます。』
「ワンちゃんには、黙っててもらうことになりますけど」
門番が言って、シズ様は困ったように眉を寄せた。
「いいか? 陸」
「はい。かまいません」
そんなことは私にとって朝飯前だったので、私はすぐに了承した。
きっと、あのおしゃべりなポンコツには難しいだろう。
「では改めて。ようこそ我が国へ!」
門番が大きな声で怒鳴った。
***
国の城壁伝いにしばらく走っていると、シズ様は速度を落とした。
「陸、人だ」
歩いていたのは、茶色のジャケットを着た青年だった。大きくて、頑丈そうなリュックを背負っている。
髪は短く、シズ様と同じくらいか、すこし年下に見えた。
「今日は」
「今日は。旅人さんですか?」
「はい」
シズ様が挨拶すると、青年は目を輝かせた。
「旅人さんに会えるなんて感動です。うちの国では、旅人はめったに来ないんです」
そうして私を見て、大きな犬ですねぇ、と付け加えた。私は黙っていた。
「あの国の人ですか?」
「ええ、“元”住人です」
シズ様がたった今出てきた国を指差して聞いて、青年が答えた。
「“元”ですか」
「はい。僕、これから旅人になるんです。ずっと憧れていたんです!」
青年は熱っぽく言って、このパースエイダーは通りのXXXXXで買ったものだとか、この寝袋はこの色じゃないと眠れないとか、どうでもいいことから話さない方が良いと思われることまで、長々と語り始めた。
シズ様はしばらく気のない相槌を打っていたが、
「それは……」
一冊の本の説明で声を出した。
「これですか? 僕の旅の教科書です。旅のことはこれで全部学びました! 予習だけですけど」
青年は、復習は帰ってからやりますと呟いて、『ポケット版 旅人ハンドブック』と書かれた本を閉じた。
そしてはにかむ。
「まだ初心者ですから。手放せないんですよ」
シズ様は黙っていたが、やがて、
「では、旅の注意なんかお話しましょうか? 例外もありますし」
と提案した。例外とはつまり、シズ様のような移住希望者のことだろうか。
城門でのやりとりを思い出す。
「大丈夫です! 例外についても書いてありますから!」
青年は笑顔で答え、シズ様は再び黙った。
私は、同行人が犬という事例も書いてあるのだろうか、と少し気になった。
そうして、この先の国について二、三、言葉を交わした後。
シズ様は青年と別れてバギーを走らせていた。
空は快晴で、大きな障害物もなく、ごくたまに振動が来る程度で、行路は順調だった。
「次は、住みやすい国だといいな」
シズ様が一人言のように言って、私は答えた。
「そうですね」
道の先には、まだ広い視界だけが広がっている。
END
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「例外は認められません」