計画的な国
【計画的な国】
-Think about the possibility.-
青い空の下、まっすぐな道を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていました。
キャリアには荷物が満載で、もう詰め込めそうにありません。
左右の青々とした緑を抜け、草を踏みちらし、ぐんぐんモトラドは加速してゆきます。すごい音です。
途中のすこし窪んだところをタイヤが抜けると、モトラドが軽くはねました。
「ちょ、ちょっと! もう少しスピード落としてよ!」
高くも低くもない声が非難の音をあげました。モトラドです。
「ん!」
運転手が返事をして、スピードを緩めました。
「あー、びっくりした」
「ビックリしたのはこっちだ、レイ」
モトラドが、呟いた運転手に話しかけます。
運転手は若い人間で、たれのついた帽子をかぶり、ゴーグルをつけていました。口元は、砂が入らないように布で覆っていました。
「ごめんごめん。もうすぐ国だと思ったらつい……」
レイと呼ばれた運転手はモトラドに謝りました。
しかし、その声には誠意があまり感じられません。
「ほんとに悪いと思ってる?」
「思ってるよー。疑ってるの、セシル?」
「当たり前だろ」
セシルと呼ばれたモトラドはお見通しだといったように応えました。
「この間もそう言ってた」
「?」
「前の国で朝食を食べ過ぎて、一日を無駄にしたじゃない」
「あ」
レイは、しまったというように声をもらしました。
「だいたい、レイは計画性がなさすぎ」
「えー」
「買い物だって、最終日にすれば重くないのに」
「……手厳しいね」
レイはセシルのセリフを否定したいと思いましたが、まったくその通りなので口も手も足も出ませんでした。
だいいち、手足はふさがっています。根も葉もぐうも出ませんでした。
「あ! 計画通りにいく人生なんて、そうそうない――」
「最低限、効率的に行こうってことだよ」
やっと反撃の糸を見つけたレイの言葉は、すぐにセシルによって撃ち落とされました。
「努力するよ……」
レイはへなへなと呟きました。
***
太陽が真上に来たころ、レイたちは城壁につきました。入国審査が終わり、レイはセシルを押して門をくぐります。
とても平和そうな、穏やかな国でした。
「道路もきちんと舗装されているし、これはいい整備士が期待できるかも」
セシルが嬉しそうに言い、レイが質問します。
「どういうこと?」
「たぶん、乗り物がたくさんある。ほら、」
言い終わるか終わらないかのうちに、目の前を大きなトラックが走っていきました。後ろからバイクが続きます。
その向かい側では、緑色をしたピカピカの車が曲がろうとしていました。
「なるほど」
ホテルについたレイは、さっそく街へ出かけました。
あちこちの十字路で車が止まったり、爆音をたてて走っていたりします。
「騒音で文句を言われることはなさそうだ」
「モトラドにとっては良い国だね」
レイも遠慮せずにセシルに乗り、あちこちを移動しました。売れるものを売って、買えるものを買います。
「結局、買い物が先か。まあ、半端だし」
セシルが諦めたような声で言って、
「ふふふ……明日はまる一日、観光にまわす予定です!」
レイは勝ち誇ったような声でブイサインを返しました。
売れるものを売って、買えるものを買ったあと、一人と一台はお茶にすることにしました。
レイは店員にお茶の種類を聞いて、カップを傾けます。
「はー、おいしい。セシルも飲む?」
「モトラドはお茶を飲まないよ」
「じゃあこのケーキをあげよう。特別だよ?」
「ケーキも食べませーん」
和やかに会話をしていると、男がひとり、話しかけてきました。
「こんにちは。旅人さんですか?」
「はい、そうです」
「やっぱり。この国はどうでしたか?」
「いえ、まだ来たばかりなので」
これから見る予定です、とレイが返すと、男は嬉しそうにしました。
「そうなんですか。もう計画表は作成済みですか?」
「計画表?」
また“計画”という言葉が出て来たので、思わずレイは聞き返してしまいました。
男は嫌な顔をせず、むしろ嬉しさが増したような表情になり、頷きます。
「そうです、計画表です」
「はあ」
レイが曖昧に返事をすると、男は理解していないと踏んだのか、話しを続けました。
「目標を立てたら、そこへ最短距離で行けるように計画を立てる。そうすればバッチリです」
男は諭すように言いました。
セシルに挟まれて、レイは居心地の悪さを感じます。セシルの「ほらね」という声が聞こえてくるようでした。
「たとえば……旅人さんは、何歳で死ぬ予定ですか?」
「へ?」
男のあまりにすっとんきょうな質問に、レイは驚いてぽかりと口を開けました。
慌てて口を閉じると、
「えっと……とくに決めていませんけど……」
「え、決めてないんですか?」
「はあ。すみません」
「じゃあモトラドさんは?」
「レイに任せてるよ」
とにかく話を合せることにしました。
「私はね、XXXXX歳。XXXXXまで仕事に邁進して、XXXXXで引退。それから余生はXXXXXをして過ごす予定です。そのための費用も貯めてあります」
そう言って、男は金額を言いました。
男が話した予定は、レイには聞いたことのないものばかりだったので良く分かりませんでしたが、近くで聞き耳をたてていた人が驚いたので、とにかくたいそうな計画なんだなということがレイにもわかりました。
「この国では、そこまでの計画をたてることが推奨されています。実際、計画をたてた人は、物事がすんなり運んだと言っているそうですよ」
男はそう言って、店主に同意を求めました。
店主も同意して、「おれも、引退してからこの店を始めたんだ」と言いました。
「すごい計画ですね。私も考えてみようと思います」
「僕も」
「ええ、おすすめですよ」
効率的に人生を過ごせますよ。
そう言って、男は去っていきました。そして、
「あ」
右から来たトラックに轢かれて飛びました。
売れるものを売って、買えるものを買ったあと、一人と一台はお茶をすませてホテルに戻ってきました。
レイは荷物を下ろして、整理整頓をします。
「あの人、助かったと思う?」
レイがさっきの様子を思い出して聞きました。
サイレンを鳴らした車が来て、男をとりかこんで行ったのでした。
白い服を着た人が「この人はまだ予定年齢に達していない! なんとしても助けるんだ!」と叫んでいました。
「この国の医療技術がどこまで進んでいるのかわからないけど、たぶんムリ」
セシルが答えました。
***
青い空の下、まっすぐな道を一台のモトラドが走っていました。
キャリアには荷物が満載で、もう詰め込めそうにありません。
左右の青々とした緑を抜け、草を踏みちらし、モトラドは一定の速度で進んでゆきます。
「あのさ、レイ」
声が呼びかけました。セシルです。
「ん、なに? セシル」
レイが返事をして、聞き返しました。
「一応聞いとくけど、レイは何歳にする予定なの?」
「……ひょっとして、計画の話?」
そうそれ、とセシルは言いました。
あそこまで計画的じゃなくてもいいけど、とも続けました。
「わからないよ。今ここで、かもしれないし、ずーっと先かもしれない」
レイが言って、
「だいいち、」
「ん?」
「自分の歳を忘れた」
「そっか」
セシルは黙りました。モトラドのエンジン音だけが響いています。
しばらく無言が続いたあと、
「でも、死なない努力はするよ。セシルのためにもね」
レイが言って、
「そりゃどうも」
セシルが言いました。
ふたりの間に和やかなムードが生まれたのもつかの間、
「運転がもっと上手くなれば、僕も壊れる心配しなくてすむんだけど」
「……そっちも努力するよ」
「よろしく」
セシルが笑いを滲ませながら言って、レイはスピードをあげました。
モトラドは、あっというまに見えなくなりました。
『計画的な国』END---------
ラテン語の格言『Vive memor mortis.(死を忘れずに生きよ)』より
Think about the possibility.:可能性を考えよ。