黒子のバスケ | ナノ

◎ by征ちゃん *

委員会が終わり、昇降口を出ると、辺りは暗くなっていた。今頃はもう夕食を作りはじめているかもしれない。でも今日は呼び出しがあった。学校が終わったらすぐ来るようにと。一度ため息を吐き出してメールを送信し、足早に帰路を急いだ。

家である赤司邸と学校とは、目と鼻の先ほど近い。15分もあれば、余裕で帰宅することが出来る。

「只今帰りました」

「おかえり。今日は随分遅い帰りだね」

柔和な笑みで出迎えてくれた人物は、使用人のメイドでも執事でもなかった。この家の主、七海の父親にあたる赤司壮一郎その人だった。

「父さん直々に出迎えてくれるなんて驚きました」

「何かあったのかと心配だったものでね」

貴方はそんな性格の持ち主ではないだろう。
なんて内心、悪態をつきながら、口からは出任せの嘘がすらすらと出た。

「ご心配おかけして申し訳ありません」

「別に気にはしてないさ、それじゃあ行こうか」

歩きだした赤司家当主の後ろを大人しくついていく。今日は何を言われるんだろう。この時間から仕事の手伝いなんて、流石にさせないだろうし。

何時だったかの誕生日に頂いた銀の腕時計に目をやりながら、憂鬱な気分になった。


「入りなさい」

そう指示されて入ったのは、いつもの書斎。両サイドが一面棚になっていて、本や書類のファイル、写真たてに、トロフィー等が飾られている立派な部屋だ。中央には少し大きめなディスクがある。その手前には応接用のソファーがガラステーブルを挟んで、右と左それぞれ縦方向に並べられていた。

その左側に座った当主に、向かい側に座るように言われて、腰をおろす。見計らったようにドアが開いて、執事が紅茶を運んできた。

「七海は相変わらずのようだね、昨日も休んでいたようだし」

「季節の変わり目で、気温の変化についていけてないんだと思います」

春の気候になったかと思えば、次の日には10°も下がったりする。そんな時、七海はよく体調を悪くした。

「あれは本当に弱いな。小さい時からよく寝込んではいたが、この年になってまであんな身体では先が思いやられる。一体誰に似たんだ、あの出来損ないは」

本妻の子で身体が弱い七海を、この人は平気で貶す。そして時々吐き出すように愚痴を溢すのだ。あの純粋無垢な七海が聞いたら、一瞬で心が壊れてしまうような一言を。

昔は優しいひとだったのに。

幼い頃は尊敬すらしていた。なのにいつの頃からか、心の狭い人になってしまった。年をとると偏屈になるとは、よくいったものだ。

あの人はその本性を表に出すことはしない。何故なら権力のある有名な教育者であることに誇りを持っているから。それ故にその秘密を知ってしまった俺は籠絡させられた。秘密をバラすことがないようにと。

「んッ……ふ、 ぁ…」

愚痴のあとはお決まりのように、ソファーに押し倒された。息継ぎのままならない激しい口づけ。舌先で、歯茎をなぞられて、思わず声が出た。

「すっかり慣れてきたみたいだね、征十郎」

ねっとりとした視線が卑しくて、キッと睨み付ければ、さらにしつこく舌が絡みついてきた。呼吸が乱されて、息が苦しくなった頃、ようやく離れていった。

「反抗的な態度も相変わらずだね。でも、身を委ねた方がもっと気持ちよくなれると思うけど」

「俺は貴方に、屈したり…など、しない」

七海に偽りの愛情を与える貴方になど、決して負けない。いつか貴方を越えて、全て世間に公表してやる。

それまでは屈辱的でも堪えるしかない。俺達は義務教育すら終えていない。力なんて限られているのだ。

身体の至るところを弄られながら、ぼんやりと脳内に浮かんだのは、『委員会早く終わるといいね』と、帰り際に言っていた七海の言葉と笑顔だった。

俺の母親ははじめ愛人だったらしい。そして身体の弱かった本妻、七海の母親が、七海を産んで、一歳になる前に亡くなったあと、俺の母親と再婚したのだ。

俺がその事を知ったのは、古株の使用人たちの噂を盗み聞きしたからだ。

七海は当然知らない。

七海は双子だと思っているのだ。父親の言った嘘を未だに信じている。それは一日違いで産まれたからこそつけた嘘だった。


『征ちゃんの瞳は、キラキラの宝石みたいだね』

以前七海にそんなことを言われたことがある。あれは芝生に寝転がって日向ぼっこをしていたときのことだ。

「本当のことをいっていいんだ、七海。赤い目なんて気持ち悪い、と」

お世辞なんていらない。
そう考えて呟いた言葉だった。

『そんなこと言わないで、征ちゃん!僕のくすんだ色より断然きれいなんだから』

七海の一言は、とても七歳児で意味が分かるような言葉じゃなかった。反射的に、肩口をつかんで問い詰めた。

「七海、誰にそんなことを言われたんだ?七海の目だって、凄くきれいな色をしているのに」

そんな侮辱しているような言葉。
七海はその勢いに、きょとんとしたけれど、ふにゃっと笑って、『お母さん』と言った。

『僕の色ははっきりしないから、くすんでるっていうんだって。でもお母さん、胡桃色はすきだっていってたよ?』

くすんだとは決して誉め言葉じゃない。七海は、意味を知らないから笑えてるんだ。母さんが好きか嫌いかなんて、どうでもいい。

何で、七海にそんなことを言ったんだ。


そのあと、『ふたごだから、僕も赤がよかったな』なんて、無邪気に笑った。

七海自身は傷ついたなんて感覚がないかもしれない。でも『赤がよかった』なんて言葉は、傷ついたからこそ、出た言葉なのだ。気にしてるから出た言葉なのだ。

双子は似てる。二卵性でも似なさすぎ。昔からそんなふうに、言われ続けてきたから。


あの人が嘘をつかなければ、あの人が傷つけるようなことを言わなければ、復讐なんて考えなかった。でも七海を傷つけたから、今もなお侮辱し続けるから 、俺は必ず復讐すると決めたんだ。

愛人の息子だったお兄ちゃん

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