黒子のバスケ | ナノ

Ryota.k


「モテるやつはいいよな。
なにもしなくてもチョコが手に入るんだから」

「俺なんて今年、家族からももらってねーよ」

「貰えないのに慣れてっけど、アイツのはなーんかムカつくんだよな」


モデルになってからはもう毎年の事で、そういう恨み言は耳だこだ。ただ影で僻んでんのが癪にさわる。堂々と言われた方がまだマシだ。

一番後ろ窓側の自分の席に座って、まわりの女子達と話していると、教卓の方からそういう話が聞こえてきて、彼女たちの話も耳に入らなくなって舌打ちしたくなった。

こそこそしてんじゃねーよ


「なぁー、白崎もそう思わない?」

生徒のひとりが、教卓の真正面に座る男子に話しかけていた。本を読んでいたその生徒が、頭をゆっくり上げる。


『別に』


彼の凛とした声がここまで聞こえてきた。その一声はまるでナイフのように、教室全体が静かになるような鋭さを持っていた。けれど、次に発した言葉はうってかわって柔らかい穏やかな口調に戻っていた。

『女の子は黄瀬が魅力的だから渡すんだろ?だったら僻んでないで、お前も頑張れって。彼は努力してるヒトだから、皆に愛されているんだよ』

途端に苛立ちがスッと消えていった。それはミントみたいな清涼感に身体が包まれて、澱みみたいに溜まっていたイヤなものが流されていくようだった。

こちらに背を向けているけれど、誰かはすぐにわかる。学級委員の白崎七海だ。友好的で、社交性もあって、はっきり物を意見するタイプだけど敵をあまりつくらない。珍しいタイプの人間だった。

「流石、七海!」

「そーだよ、バカ男子! 黄瀬クン見習って、愛されキャラ目指しなよ」

『それがいーよ、お前ならなれるからさっ』

そんなふうにクラスメートたちに囲まれて笑いあう横顔は、嘘を言っているようには見えない。文句を言っていた男子も、「白崎が言うなら」と何故かやる気を出していて、不思議とまた教室が元の和やかで明るい雰囲気に戻っていった。


「黄瀬君?」

ちょんちょんと指でつつかれて、「な、なんスか?」と振り替えれば、女の子の一人がフフっと笑った。

「黄瀬君、白崎君に興味津々だね」

「ずーっと上の空だったよ?」

別の子達からもそんな指摘が飛び交って、気づけば何故かムキになって反論していた。

「別に興味なんかッ!
ただ…一瞬で空気を変えられる人って凄いなって思ってただけっスよ」


空気を変えられる。
それは誰にでも出来ることじゃなくて、モデルの俺でも難しいこと。支配されているのとも、圧倒されてるのとも違う。

対等な立ち位置にいるのに、周りが自然と彼をリーダーと認めているんだ。


『俺は黄瀬の方がすごいと思うけどな』

「ッあ、白崎?!!」

背後からの声に吃驚して、肩をびくつかせると、口元に手を当てて笑っている白崎が目の端に映った。

「いつからそこにいたんスか!!」

『ちょっと前。黄瀬が思案顔してたくらいから』

いつの間にか近くにいた女子が少し場所をあけるように、離れたところからこちらを見ている。移動していたことにも気付かないほどぼんやりしていたことに、今更ながら恥ずかしさなんてものを感じたけど、それよりも気になったのは。

「凄いって何がスか?」

ホントにわからなかった。
自分がコイツ以上すごいだなんて
どうしたって
そんなふうには考えられなかったから。

首を傾げて尋ねた。

『何がって…。挙げたらキリないけど。
例えばさっきだったら、陰口言われてても笑顔を崩さないところだよ。
中学から仕事してるのが大きいんだろうけど、イメージを守り続けようとしてるのが凄い。…俺だったら抑えが利かないの目に見えてるから』

果たして、そうなんだろうか。
イマイチピンとこない。

それにイメージを守ろうと笑顔で耐えているわけじゃない。
それも確かに含まれるけどそれだけじゃない。


それぞれに対応しないのは。

単に面倒だから
波風を立てずにいるほうがラクだから
もう慣れてしまったから


そんな仕事のプライドからはかけ離れた感情からなのだ。
だから、尊敬されるような人間じゃない。

俺は彼の思うような人間じゃないのだ。


『意外に黄瀬ってネガティブ思考なんだな。深く悩まずに褒められたらお礼言えばいいだけなのに』

「……へ」

『だだ漏れしてた』

白崎の一言に全身から血の気の引く思いがした。え。嘘。マジで。そんなワードが脳内で乱れ飛ぶ。周りの反応なんて視界にすら入ってこなかった。

そんな中で聞こえてきたのは、一人の笑い声。

恐るおそるに視線を上げれば、目元に涙を浮かべながら笑う白崎の姿があった。

『ごめん、ごめん!さっきの嘘だから』

「え、嘘?」

『うん、嘘』

ハッとなって教室中を見回せば、さっきと何ら変わりない和やかムードのままで、思わず深いため息がでた。

「心臓に悪いっスよ、白崎〜!! でもなんでわかったんスか?」

『ほんとごめんって。ん?なんでって…百面相してたから』

「百面相…」

そんだけスか。
それで思考まで読み取るなんて、アンタ何者だよ

『だから全部わかったわけじゃないよ。ただそういう思考してる時って、どんなに表情を作ってる人でも、元々無表情な人でもだって、何かしら変化があるもんなんだ。ま、黄瀬はわかりやすい方だけど』

「……今度こそ、頭の中見たっスね」

ジト目で白崎を見れば、さわやか笑顔で『そんな能力ありません』と返されて、二人して笑ってしまった。


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(やっぱり格好いいな、黄瀬は)
(白崎もペテン師の才能があるんじゃないスか?)



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