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そんな彼の考えなど知らない七海は、部室に戻り、タオルで汗をふいていた。
冬は特に十分準備運動をしておかないと、怪我のもとになる。夏でもあまり汗を掻かない七海も、じんわりと額に汗を浮かべるくらいに身体を暖めていた。
ただ手は動いていても、ずっと頭は別の事を考えていた。それは先程現れたあの人の事だ。というのも正直にいってしまうと七海は今吉が苦手だったのだ。
もう時計は19時。
家に一度帰ってきたんだろうけど、よりによって何で今日なんだ。自分の当番の日だけ自主練するようにしていたのに。
もしかして部活終わるのをわざわざ待ってたんだろうか?
…部活中に来たら、孝ちゃんや桜井、青峰にも会えたのに。
やたらキレやすい部長の若松と、二人の後輩の顔が浮かぶ。
レギュラーだった彼らとあった方が絶対良かった筈だ。なのに、どうしてなんだろう。
あの人の考えはいつだって読めない。だからこそ苦手なのに。
七海は考えてもキリがないと、首を振ってから、タオルをベンチにおきTシャツに手を伸ばし、端を持って捲り上げた。すると突然腰にひんやりとしたものが巻き付いて。
『ひっ』
あまりの冷たさに心臓がどくりと跳ね上がり
、反射的に身を縮こませる。そんな時、耳許で聞こえたのはあの人の声。
「見た目以上に細いんやな、七海」
『…ッ!!』
囁かれて、ぞわっと全身が総毛立つ。腰に回された手は腰骨あたりに固定されていた。突然の今吉の襲来で、七海は完全にフリーズ状態。
その間にも腰をおさえていた右手が練習着のハーフパンツの中に入ってきたのを感じて、『な、何してるんですか!先輩ッ』と、その手の進行を妨げた。七海の左手を拘束した今吉は、じたばたすると抵抗する七海の耳をねっとりと舐めあげる。
「あまり抵抗してるとますます抑え効かなくなるんやけど、七海クン?」
『ひッ…ぁ、ゃ、止めッ!』
「耳弱いんやな?もう勃ってきとる」
七海がハーフパンツに視線を移すと、確かにこんもりと立ち上がっているのがみてわかった。一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。
『離し、て下さいッ』
それを逃がさないとでも言うように、今吉が七海に掴まれた右手をさらに進行させた。下着の上から七海自身をやんわりと握り、先の方から根元の方まで擦るように指が動く。そのせいで徐々に掴んでいた右手の力も抜けていった。
『ん、……ぁ、や、めろ!! 触んなぁ!』
「身体は素直なのに何でやろな、七海?」
『なん、でって…んなこと!!』
こっちが訊きたいくらいだ!
目許に涙が滲む。
なんで苦手なあの人にこんなとこ触られなくちゃいけないんだ!
ついに七海にも限界が来て、必死に支えて膝から力が抜けた。ぺたんと女の子座りのような体勢で、前に倒れこみかけている身体を右手で支え、今吉を見上げた。腕は依然としてつかまれたままだ。
『何で…こんなことするんです…か、先輩ッ!!』
荒い呼吸を繰り返しながら、睨み付けると、正面に回ってきた今吉に押し倒された。さらに馬乗りにされて、素早く両手をネクタイで固定。完全に動きを封じられ、目線の行き場も見失った。
「ホンマに分からへんの、七海クン?」
眼鏡の奥にはいつものように、ヒトを見下しているような瞳がある。常に愉しそうで、にんまりわらう。
『わかりませんッ、貴方の考えなんて』
というか一生わかりたくない。
苦手意識があるから、出来るだけ交流を避けているくらいなのに、そんなやつの考えていることまで考えるなんて、吐き気さえ覚える。
苦手からランクアップだ
嫌い、キライ、だいっ嫌いッ!!
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