その週の土曜日
駅前の噴水広場の時計台、午後2時

キャビネットを深くかぶり、茶色フレームの伊達メガネをつけた純は立っていた。建物に背を預けて、手元のケータイに視線を落としたまま、待ち人を待つ。

「男の子かな?それとも女の子?」

「女の子じゃない?小柄だし、服も可愛いよ?」

「中学生ってあれくらいの男の子いるよね」

「え、中学生なのかな」

周囲の人たちがそう囁く声は、イヤホンの音に紛れ彼には聞こえていなかった。

ぽんぽん。

軽い肩への衝撃に顔をあげると、待っていた人物が純に影を作るように立っていた。

ぱぁっと表情が綻んだ。
と同時に女の子たちの黄色い悲鳴をその場を支配した。


無自覚スマイル


『ど、どうして変装して、ないんですか?』

「あぁ……、あんま好きじゃないんスよ。騙してるみたいで」

『だっだからって!』

全く行きの乱れていない涼太の隣には、胸元に手を当てたままの純が座っていた。その息は微かに乱れぎみ。二人は涼太のマネージャーの車で、撮影場所まで移動していた。

『羨ましいです、体力あって。僕ももう少しつけないと』

「え、純はそのまんまのがいっスよ!!今日みたいに俺が引っ張ってあげるっス!!」

『僕が嫌なんです』

純の感情のこもっていない返事に、運転席のマネージャーが吹き出して、じろりとミラーを睨む。すると隣の純がふふっと笑った。

『仲が良いんですね、お二人は』

「小早川君は上手くいってないの?」

マネージャーの質問が直球すぎて、内心冷や汗が流れる。でも純はそこまで気にしていないのか、坦々と答えた。

『いえ。マネージャーは叔父さんなんですけど、そこまで楽しく会話したりは出来なくて……』

「身内なんスか!珍しいっスよね、そーいうの」

涼太の言葉に、純は同意して微笑んだ。

『赤の他人ではないので、緊張せずに一緒にいられるのはいいです。自分から話しかけなくても大丈夫なので』

「え、初対面の時は純から話しかけてくれたっスよね?」

『あ、はい。よく覚えてますね。仕事で共演者さんと話すときは大丈夫なんですよ。気持ちの問題だとは思うんですけどね』

曖昧に笑った純を見てると、気持ちの問題だけのようには見えなくて、涼太は首を捻った。

その間に車は駐車場に入っていた。




『すごい!!ここで撮影するんですか?』

「純はここ来たことあるんスか?」

『いえ、ないです…初めてで!! てっきり僕はスタジオで撮るばかり…』

「それじゃつまんないっスよ?!写真集のコンセプトは素の自分っスから!!」

驚くのが普通の反応だ。それもそのはず二人が来ている場所、それは都内に近い遊園地だったのだ。日曜日ということもあり、それなりに混雑している。

『でも涼太君、今日は人多いですよ?』

不安げな純の手を握り、「だーいじょーぶっス!」と涼太が言った。

「撮影なんて気にせず楽しんじゃお、純!」

『え、でも…』

「楽しまなきゃ損っスよ!! カメラは気にしちゃダメッ」

その言葉に純は困惑し周りを見渡している。近くには涼太たちより早くに来ていたスタッフの姿があった。

「そうそう、黄瀬君の言う通りさ。ありのままの自然体を撮りたいんだ、だから気にせずに楽しみなさい」

柔和な笑みを浮かべた総監督のフォローのかいあって、純がしぶしぶ『わかり、ました……』と、ぎこちない返事をした。


「それじゃあ宜しくお願いしますっス!」

ぱっと手を離した涼太がスタッフにお辞儀をし、あわてて純も頭を下げた。

左手を掴んで引き寄せれば、目を丸くした純と視線がぶつかる。

『りょ、涼太君?!』

「ほーら、ボーッとしてないで行くっスよー!時間は限られてるんスからッ」

腕時計は三時になろうとしていた。
もう日暮れまであまり時間もないはずだ。

「(急ぐっスよ、純)」

急に走り出した涼太に、純のあわてる声が聞こえる。速度は出さないまま、時折純の確認をいれる。表情を見る限りは大丈夫そうだ。

それを何度か繰り返していると、純のクスクスと笑う声が耳に届いて、思わず口角があがった。

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