「難しいこと考えないで、笑ってた方が純に合ってるっスよ」

撮影をはじめる前に、涼太の言った一言が頭から抜けない。

頭の中に渦ができて、ぐるぐる回ってる。悶々として、すっきりしない。撮影を始めてからそろそろ一時間が経つけれどそればかりに意識が集中していた。

「バニラとけちゃうよ?純」

『え、』

涼太に指摘され、純が手元に視線を移すと、コーンから今にも零れそうなほど、とろっとしたソフトクリームがあった。


Where is there any real one?


『ありがとう、涼太君』


舌先でたれそうだったバニラを舐めた後お礼を言う。教えてくれなかったら今頃は、撮影用の衣装に染みがついて、クリーニング代が発生していた。そう純たちは今、涼太の写真集に載せるための写真を遊園地で撮っている最中だったのだ。

「……疲れちゃった?」

『いえ、そうじゃないんです』

つくろうように笑うと、「じゃあなんでボーっとしてたんスか?」という言葉と同時に、額にひんやりと冷たい感触が当たる。

「熱あるわけじゃないみたいっスね」

『……涼太君は思ったより手が冷たいです』

あまりの冷たさに驚き肩を硬直させた純に、肩を竦ませた涼太が「そうなんス」と笑った。

「アイス食べる時はいつもこうなんスよね…」

『珍しいですね、そういうの』

「対処法とか知らない?純」

『かき氷だとなりますけど、対処法は聞いたことないです』

「っスよね………」

しゅんとした涼太に純はわたわた手をふって、『でも、心が温かいですよ!涼太君は』と自分でもよくわからないフォローをした。でも彼の写真集なのだから、主役が笑っていなくては、と思ったのだ。

「ありがとっス、純! そだ、このあとパレードあるみたいなんスけど、行ってみない?」

『でもパレードだと、人が………』

「あ、下から見るんじゃないんスよ!レストランからなんで」

『じゃあ……折角だし、見ようかな』

ニカッと笑った涼太につられて、純も微笑んだ。


涼太君はすごい
何がすごいって彼が笑うだけで、周りも自然と表情が和らぐから。僕じゃそうはいかない。僕が人気者になれたのは、僕が演じたものが上手いからに過ぎない。紛い物の自分のお陰なのだ。あれは僕であって僕じゃない。

きっと涼太君の言いたいこともそうなんだろう。

紛い物の自分を演じている僕より、飾らないありのままに等身大の笑顔が好きだと。



「純純!! すんごく近いっスね!」

『本当! こんな近いだなんて、思わなかったです!!』

穴場なのだと教えてくれた場所は、野外テラスが二階にあるレストランだった。一番外側のテラスに座ると、ちょうどパレードの二階と同じ高さくらい。間近でキャラクターをみることができたのだ。

「純も手、振りかえしたらどすかー?」

『え。っは、恥ずかしいよ!』

「みんなやってるっスよ?」

『で、も…』

「ほら、今日はプライベートなんスよ?」

ほら、ほらと促してくる涼太君は少しだけ意地悪な気がする。

純は嘆息をこぼして、小さく手を振った。ちょうどタイミングよく通ったウサギのキャラクターが 、ウインクを投げ手を振りかえしてくれる。

『(…うわ、着ぐるみなのに!)』

遊園地自体、手で数えられるくらいしか来たことのない純はそれだけで感動していた。小さく振っただけで気づいてくれるとは思っていなかったし、ましてや振り返してくれるなんて考えてもいなかったのだ。

『……すごいなぁ』


自然とこぼれた言葉に、純の様子を見ていた涼太が慈愛に満ちた瞳で見ていたことには気づかなかった。


「純」

『……どうしたんですか?涼太君』

パレードが終わると、向かいに座っていた涼太が、珍しく真剣な声で射抜くように純を見ていた。少したじろぎながら訊ねてみると、途端に表情を弛めて、ふんわりと笑った。

「やっぱ純は無邪気な時が合ってるっスよ」

『無邪気って……』

「年相応というか純らしいっス!しっくりくるんスよね」

『……そんな表情してましたか、僕』

「してたっスよ?…素の、自然な純に一番似合う表情だったっス!」

『…………』

涼太君は見抜いてるんだ、僕のことを。
気持ちが高まるとつい素が出てしまうことも、今まで一度もバレなかったのに。

「純、今は役のことと有名人の自分の事は忘れていいんスよ。それじゃあ楽しいものも楽しめなくなっちゃうっス!」

真正面の涼太はいつもと変わらない。
いつもみたいにキラキラ笑っていて、余裕があるように見える。

でももし
キラキラ見えるのが素の涼太君だから
なのだとしたら、
素の自分を出したら
あんな風に輝けるのだろうか?




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