あの、遊園地を見たときの純は別人のようだった。

現場では勿論、休憩中ですら、ここまで楽しそうな年相応の笑顔は見たことがなかった。出会ってからの期間は短い。純のことはまだわからないことばかりだ。だから距離を縮めたい。素の純を知りたい。


こんなつまらない人間になっちゃ駄目ですよ


まだ中学生になったばかりの彼に、あんな表情似合わないから。

だからもっとたくさんの表情を見せてよ、純


義兄弟な関係


無邪気な時が合ってる
素の、自然な純に一番似合う表情

「純、今は役のことと有名人の自分の事は忘れていいんスよ。それじゃあ楽しいものも楽しめなくなっちゃうっス!」

脳内をフル回転させて、純に気持ちが伝わるように言葉選びをした。純は多分、他の中学一年生より難しい語彙をたくさん知ってるだろう。だけどきっとそれじゃあ伝わらない。わかってくれないだろうから。

涼太の想いが通じたのかは定かではないが、それからの純は徐々に表情を和らげていった。


『涼太君、ここじゃ写真は無理じゃないですか?』

「細かいことは気にしちゃダメっスよー?プライベートなんスからっ!」

『わっ、速度あげないでよ、涼太君!!』



「似合ってるっスね、純。シンデレラみたい!」

『……………………僕は女の子じゃない』

「俺よりは純のが似合うっしょ!」

『地獄耳だ、涼太君』


コーヒーカップにメリーゴーランド。
遊具に乗る間に敬語すらもなくなって、純は小声で反論まで呟くようになった。そのせいか涼太の頬は弛みっぱなしだ。

『…………涼太君、気持ちが悪いです』

「えっ、えっ?大丈夫スか?!」

『そーではなくて、涼太君が気持ち悪いです』

「ヒドッ!随分辛辣なんスね、素の純は」

『素直の間違いですよ』

「…また敬語っスか」

『……、さっきまでの僕は忘れてください』

はー、と息を吐き出した純に、「さっきより疲れた表情してるっスね」と、言えば、『誰かさんのお陰です』と、微笑まれた。

「そ、そんな純にはこれあげるっスよ!」

『…餌付けされてるんですか、僕』

ソフトクリームもだったし、と渋る純。

二つとも撮影用に監督が出したんスよ、と囁くと、ピンと背筋を張って、『じゃあいただきます』と、涼太の手にのっていたキャンディーを素直に受けとった。

実は真っ赤な嘘なだけに、涼太の背中には冷や汗が流れた。

この苺ミルクの飴が好きだと言うのは、純のマネージャー情報。他にも、チョコの薄く塗られたクッキーが好きだとか、色だと白や水色といったのが好きだとか、炭酸が飲めないのだと聞いた。

ころころ口のなかを転がる感覚を楽しむ。苺の甘酸っぱさがミルクで緩和されてちょうどいい。

「俺は好きだけど、純はどースか?」

『んー、ちょっと大きい感じします。でも果肉入りなのは贅沢ですね』

「なかなかないっスよね!」

『どこで買ったんですか?涼太君』

「あぁー…これマネージャーがくれたんで、聞いてないんスよね」

『……そうですか』

「あ、今度聞いとくっスよ。純あとでアド交換しよ?聞いたらすぐに教えるっス!!」

『……撮影の時とかでもいいんですよ?』

「忘れちゃいそうなんで!」

『わかりました、じゃあ撮影のあとで赤外線通信しますね』

そういった純の横顔は、夕日に照らされオレンジ色に染まっていた。






「やっぱ観覧車は夜景に限るっス!」

『……これ女の子と乗る乗り物じゃないの?』

「細かいことは気にしないんスよ、純」

『なんで涼太君はそんな堂々と出来るんですか』

観覧車への待機列に並ぶ涼太の隣には、少し困り気味な純がいた。二人の手は繋がれている。一度逃げ出そうとした純を涼太が引き留めたのだ。そのおかげのせいもあり、二人の周りにはたくさんの人が集まっている。

『……涼太君。逃げないので、手は離してくれませんか』

この空気に耐えられないのか純がくぃくぃと手を引いた。それにあわせ、涼太の腕も揺れ動く。

「朔が夜景見たいって言ったんじゃないすか!なのに逃げるなんて卑怯っすよ」

『えっ』

「せっかく連れてきたのに、その態度はなんなんすか」

『涼太君、急にどうし……』

突然の演技に純は当然のように戸惑っている。腕を引いた瞬間に、「合わせてよ、純」と小さく囁く。それに一瞬目を見開いた純も、涼太の考えが伝わったのか、口角を僅かに上下させ、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

『僕を言い訳にしないでよ。兄貴が来たかっただけじゃないの?』

「そんなわけないだろ!」

『聞いたよ?カノジョと喧嘩中なんだって。だから失敗できないんでしょ、デート』

「だ、誰情報すか!」

『誰だっていいじゃない、兄貴には関係ない』

純の台詞のあたりから、スタッフも芝居に付き合ってくれるようで、カメラマンは何故かテレビやドラマの撮影で使うような大型カメラまで出してきた。

「(どこにあったんスか…、そのカメラ)」

そんな演技を続けているうちに、ようやく最前列まできた。まだざわざわとしているけれど、撮影なのだと勘違いしてくれているらしく、手を繋いだままなのも誤魔化し切れそうである。

「(それにしてもここまで生き生きとした純を見れるなんて、連れてきたかいがあったっス)

一人ほくそ笑んでいると、『ほら兄貴行くよ、観覧車』の声と共に腕を引かれた。





『本当に面白い事、考えるんですね』

クスクスと笑い続ける純に、苦笑いしか出来ない。純の言葉はきついのに、四人用観覧車の対角線上に座った二人に流れる空気は和やかだった。

『まだドラマの告知映像も流していないのに、それにわかる人いたんでしょうか』

「で、でも楽しかったっスよね?」

『それは否定しません、けど手は離してくれてもよかったと思います』

「純…」

『そりゃ涼太君から見たら僕は中学生に成り立てのガキに過ぎないでしょうけど、小学校低学年のような扱いされるのは不愉快です。名誉が傷つきました』

ガキを強調させた声に、びくりと肩が上下する。

「笑顔で言わないで下さいっスよ、純! 殺気すら感じる気がするんスけど!」

『気のせいです』

ファンがみたら卒倒してしまいそうな笑顔の純に圧倒されながら、内心素の恐ろしさを感じながら肩を縮込ませた。

「(……純の素が見れたのは嬉しいスけど、素直に喜べないのは何故スかね)」

『涼太君は僕に甘過ぎなんですよ。ソフトクリームだって自分で買えるくらいのお金はあったんです』

生き生きとしているのは嬉しいのだ。
自分に気を許してくれていることも勿論。

「純」

名前を呼べば、一方的なマシンガントークを中断させた純が涼太をみた。

「純、これからも笑っててよ!! やっぱ純には素が一番スから」

涼太の一言に、一瞬きょとんとした純は答えるように笑った。

『……嘘は通用しないみたいですからね』

その表情は本当に気を許してもらえてるのがわかるくらいに弛んでいた。


まるで本物の兄弟みたい。
ふとこの時、涼太はそんな風に感じていた。

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