side:hotaru

その日は結局、朝のあの階段でしか話をしてくれなかった。休み時間に話しかけても、机に突っ伏し寝たふりを決め込まれ、移動教室では先にスタスタと行ってしまう。お昼を食べようとして、誘おうと隣を見れば、すでに蛻の殻。帰りは必ずと意気込んでいたのに、それもついさっき失敗に終わった。

仕方ない。
図書室寄って今日は帰ろう。

鞄を肩にかけ、教室を後にした。誰もいない廊下を抜け、特別棟の方へ続く廊下を歩く。吹奏楽のメロディーが放課後の校舎に響いていた。

なんかこの感覚、中学校の頃みたいだ。山なんてなかったし、空気も全然違うけど、放課後の雰囲気はどこかあの頃を彷彿させる。決して戻りたいと思っているわけではない。ただ懐かしいなと思った。

二冊程本を借り、瑠衣は帰路へと着いた。何事もなく地元駅で下車する。そのまま昨日と同じように、神社の前を通って帰ろうとして、自然と足が止まった。秩父神社前の横断歩道で見知った二人組を見つけたのだ。

瑠衣はあわてて店の影に隠れた。「ひだまり」の影から様子を覗っていると、じんたんの「俺のめんまがさっ!」という少し大きめの声が聞こえた。横断歩道を真ん中あたりまで進んでいたゆきあつが、ピタリと足を止めじんたんのほうへ戻っていく。

『(今のは禁句…だったんじゃないかな?)』

ここからじゃ道路を走る車のエンジン音で会話までは聞こえない。それに、ちょっと大きな道路だから、表情もよく見えない。だけど、あの頃からゆきあつの気持ちが変わっていないのだとしたら、今もまだ…。バーベキューのときの態度も、そう考えればわからなくもない。それに元々ゆきあつはあんなに気性が荒いほうではない。人よりちょっとプライドが高いだけなのだ。

ゆきあつが、顔同士がくっつくほど近づいて、じんたんの胸の辺りを指し、何かを告げた後、また横断歩道を走って渡っていった。瑠衣はゆきあつが走っていったのを見送って、店の影から歩道へと出た。じんたんが胸の辺りに手を当てているのが見えて、心配になったのだ。信号が変わるのと同時に飛び出し、じんたんの傍に駆け寄る。

『じんたん!!』

「え゙、ほたる!?」

『何言われたんだか知らないけど、気にすることないと思うよっ』

「ひとまず落ち着け!大丈夫だからっ!!」

その言葉で頭にかぁあと血が上っていたのに気づいた瑠衣は『あ、』と小さく呟いて『ごめん、じんたん』と謝罪した。

「……それに挑発するようなこといったのは俺だから」

じんたんが自分からそんなこと言うのかな。
彼の言葉を聞いて、瑠衣は少し首を傾けてから、『…誰かに頼まれた?』ふと頭に浮かんだ考えを口にした。

「え゙?……あっその」

じんたんの挙動不審ぶりに、瑠衣が確信を持ったところで

「私がお願いしたのよ」

と、僕の後ろからつるちゃんとあなるが現れた。つるこの含み笑いな表情とは裏腹に瑠衣は疑念を抱いた。

彼女は何をしようとしているのだろう。

あなるの惑い気味の表情を一瞥し、つるこに視線を戻す。

「偽りの平和をバスターして欲しいって」

表面上つるちゃんは笑っている。でも僕はすぐにわかった。それが張り付けただけの偽物の愛想笑いだって。

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