校門をくぐって、昇降口へ。
まだ数日しか通っていない学校だけれど、移動教室など使う教室への道はもう頭にインプット済みだ。

図書室などはまだ行ったことがないから放課後あたりにも校内を散策してみようか。

そんなことを考えながら、階段を上がって一階から二階へ続く踊り場を曲がる。真正面には3年B組の教室が見えた。1年の教室は三階。それなのに瑠衣の足は自然と止まった。それも階段の中途半端な場所で。


「お前、また喧嘩したんだって?」

「クラスの女子が騒いでたぜ」

「いい加減止めてくれないかな、学校の評判に関わるんだ」

3年生だと思われる上級生が一人の少年の進路を塞ぎ、口々に文句を言っていた。囲まれている男子生徒…あれは隣の席の省吾だ。ポケットに両手を突っ込んいる。前髪が邪魔をして表情までは見えない。

そのうち何も言わない省吾の態度が気にくわなかったのか、一人の上級生が

「、何とかいえよッ」

と、拳を振り上げた。

瑠衣は咄嗟に『止めてくださいっ』と叫んで、階段を駆け上がり両者の間に割って入った。そして上級生に視線を向けて言い放つ。

『先輩たちには手を出していないのに、暴力を振るおうなんておかしくありませんか?』

喧嘩の仲裁なんて、少し恐かった。けど、弱さを見せたら駄目だと、バックを持つ手に力をこめ、上級生の様子を伺った。

「何だよ、お前」

さっき省吾を殴ろうとしていた先輩が冷たい目で睨んできた。

『僕は彼のクラスメートです』

僕がそう言えば、上級生は「なんだ、1年かよっ」と見下したように卑下した笑みを浮かべた。

「だったらそいつに関わんない方がいいぜ」

『忠告なんて入りません。それより謝って下さい』

「誰に謝れって?」

『金崎君に、です。先輩たちに害は与えていないんだから、謝るべきじゃないですか?』

「僕らに与えてはいないけど、学校の評判を悪くしているのは彼だよ?それでも謝罪を求めるの?」

『先輩たちは直接現場を見てはいないんでしょ。冤罪かもしれないのに言いがかりをつけるのは大人気ないと思います』

いつの間にか階段にはたくさんの生徒が集まってきていた。先生はまだいない。でも時間の問題か。

「言わせておけば生意気なこといいやがって…!」

『殴りますか?そろそろ先生も来る頃だと思いますけど』

拳を震わせ怒りを露わにする先輩。
僕も出来れば目立ちたくないなぁ…と、悔しがる上級生を見ていると、ずっと静かに黙っていた省吾が腕を掴んできて、そのまま先輩たちを抜いて階段を昇り始めた。

「あ、おい。逃げんのかよ!!」

「まだ話は終わってねぇーぞ!!」

と、先輩たちが怒鳴れば

「HRあるんで、失礼します」

と、省吾が振り返らずに答えた。
その言い方がまた気持ちがこもっておらず、後ろで先輩たちが文句を言っていた。でも省吾は我関せずといった体で、ずいずい進んでいくので、瑠衣もひきずられるように足を動かした。

省吾は三階まで上がりきってようやく腕を放してくれた。

「さっきはサンキュ」

こっちを振り返らないまま、彼がお礼を言った。

「あんなこと言ってくれた奴はお前が初めてだった、だけどな…」

一旦言葉を切った省吾が顔だけ振り返って僕をみた。

「もうすんじゃねぇ。話しかけても来るなっ!」

先程までとは打って変わって威圧的な態度に瑠衣は少なからず驚いた。だけど、拒絶される理由は、僕を嫌いだからじゃない。目を見れば、それがはっきりとわかった。

『心配してくれてるんですね』

「…どう解釈すりゃあ、そんな答えが出るんだ」

『照れなくてもいいじゃないですか』

「……日本語通じてるか?」

『はい、正真正銘日本人ですからね』

そう答えれば、省吾は舌打ちして、うざったそうな口調で「もういい、勝手にしろ」なんて投げやりに言葉を吐いた。

不器用なだけなんだ。ただ髪型や態度が人よりちょっと変わっているから、誤解を受けやすい。

喧嘩っていうのが本当でも、きっと彼は自分から進んでしていないはずだ。他人の心配をできるひとが、痛みを理解できないはずない。痛い気持ちを知っているから、僕の身を案じて、予防線をはってきたんだ。
…自分に関わるのは止せと。

隣に視線を向ければ、ぱちっと目があった。省吾に笑いかけると、ふんっとそっぽを向いてしまった。けど目があったということは彼も気にかけてくれていたということ。そのことが少し嬉しくて思わず、くすりと笑みが浮かんだ。


side:kanezaki

大抵の奴はひと睨みすれば、肩を竦ませて次の日からは近寄らなくなった。だからこいつもそうしてやれば一発だ。などと考えていたのに。
その考えはどうやら甘かったらしい。

先程の階段での出来事を思い出し、ふと右側を見れば、こちらをみた“奴”と視線が交わった。

にこにこと微笑む笑顔は女なら一発で惚れそうなほどに優しげでどこか儚げだ。容姿も中性的で、身体つきも華奢。クラスの女子が可愛いと形容していたのも頷ける。

気まずさがこみ上げてきて視線を逸らした。

こんなタイプのやつ初めてだった。どうしたらいいのかわからない。振り払っても、ついてくる。忠告も効かない。
こんな奴、殴られでもしたら、一発KOに決まってるのに。
どうして俺を庇った?
なんで近寄ってくるんだ。

…調子狂うんだよ、お前。


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