side:sayaka

ベンチに腰掛けていると、なにやら落胆気味の瑠衣が隣に座り、溜め息までついた。すぐに好奇心の色が抜けて本を取り出したところをみると、ほんのささいな事なんだろうけど。

「さっきの彼、何だって?」

『あ…ハンカチ落ちしたって届けてくれた』

「来るときー?」

『うん』

「ふーん」

さてはその子、瑠衣があまりにも綺麗だったから話しかけられずにいたのね。

本を読みながら傍らに座る瑠衣を、清花は愛しげにみた。

我が子ながら端正だと思う。基本的に父親似の瑠衣。日に当たってもちっとも焼けない肌はいつも色白。髪は日本人特有の黒とはちょっぴり違う濃い茶色。産まれた時から変わらない二重瞼と丸い瞳。 性格までどこか彼を彷彿させるところがあって、淡白で掴みどころがないというか天然というか。
清花と似ているのは身長が低いくらい(父親は190cmに届くくらいの長身だった)なものである。

秩父に戻ってきたのは転勤なんかじゃない。瑠衣も薄々は感づいていて、その口から「ごめんなさい」と何度か謝罪された。でも自虐的になって欲しかったわけじゃない。

清花は思う。

この地では確かに瑠衣にとって辛い出来事があった。でも瑠衣が一番生き生きとしていたように思えるのも、やはりこの場所なのだ。

あの当時も周囲からは「笑わない」だとか「子供らしさが感じられない」だとか囁かれていた。
確かに瑠衣のそれは胸を張って表情豊かといえる程ではなかった。同世代の子と比べてしまえば異常といえたかもしれない。普段は無に等しいほど表情がなく、微かに口角をあげたり、眉を寄せたりなどする程度の変化しかない。言葉数も少ない上、達観しているとも言いづらく、大人からすればそんなところが、規格外の存在で不気味ですらあったのだ。

そんな瑠衣であっても、彼らと遊ぶときは雰囲気が和らいで、彼らの話をするときは、自然と声が弾んでいた。


この地には彼らがいる。
瑠衣には、彼らが必要だ。
瑠衣にあの頃のように笑って欲しい。


清花の中には中学校生活の中盤からそんな想いが次第に高まっていっていた。



『母さん』

「なあに、瑠衣」

スマフォの液晶画面から視線をあげれば、こちらを見ている瑠衣と目があった。手元の文庫本はしおりがはさまれ閉じられている。

『今日、つるちゃんに会いにいこうと思う。来週からは学校始まるし、お互い忙しいだろうから』

「昨日の今日で、大丈夫なの?」

『うん。それに従姉妹にも会えないようじゃ、今後がうまくいくようにも思えない』

目は真剣で、瑠衣の強い意志を表していた。

「夕飯はどうする?知利子ちゃん帰りがいつもばらばらだって聞いたけど」

『家では食べないけど、どこかで食べるよ』

「わかったわ」

『……、一度家に戻るけど』

「はいはい」

再び本に視線を戻した瑠衣を一度みて、昨日見かけた二人の事を思い浮かべた。

…他の三人も元気にしてるのかしら。

先ほどから出てきた薄黒い雲を見上げながら、清花は祈るように目を閉じた。

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