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side:hotaru 今日は午前中から母と書類と最終確認をするために学校へと向かった。久々に着る学ランにもうこれっきり着ないんだなと思うと少し寂しい気もした。 駅で一緒に下車する高校生たちからは好奇の視線を浴びた。それもそのはずだ。9月から通う野上北高校は学ランではなくブレザーで、この駅を使う高校はこの一校のみなのである。瑠衣も瑠衣で、こんなにたくさんの生徒と夏休み中に遭遇するとは思っていなかった。 部活が盛ん…なのかな。 それとも進学校だから、やっぱり夏期講習があるとか……? 人が少なくなってから歩きだそうと母が提案した。瑠衣は頷いて、ホームにあるベンチに腰をおろす。 その間に、母はハンカチで汗を拭い、日傘を取り出した。瑠衣はというと、やはりハンカチで手を軽く拭ってから、単行本を取り出し、本を読んでいた。 ただし、内容が頭に入っていたかと聞かれたらそうでもなく、何かしていない気を紛らわせなければ、四方八方から注がれる視線に耐えられないというのが本当のところだった。 こんなんで学校、通えるのかな… そんな不安が頭をよぎった。 しばらくたって改札を抜ける。 高校はすぐに視界に入り、母がぱぁっと笑みを浮かべ、緩やかな坂の上にあるのがわかった途端、気持ちが沈んだのがわかる。 忙しいな、母さん。 一度編入試験の際に来ていた瑠衣は、嘆息して、先を促した。 『ゆっくりでもいいから上らないと、いつまで経っても着かないよ』 「はぁーい」 間延びした気乗りしない声に、瑠衣まで気持ちが萎えてしまいそうだった。頬を両手でぱちんと叩いて、気持ちの切り替える。 ようやく坂を登りきって、職員玄関から入ると、手際良く応接室に通された。 そのままどうやら本題に入るらしく、冷たいお茶を飲んで一息ついたところで、頭の薄い教頭と達磨みたいな校長、それ以外に一人、先生が入ってきた。 必要書類に印鑑と署名をし終わると、教頭先生が軽く学校説明を開始した。けれど何だか編入試験のときにも言われた内容ばかりで、瑠衣は殆ど聞かずにぼんやりしていた。 何だか暇… 「…じゃあ次にクラスの説明ね」 そう言われてピクリと瑠衣の背筋が伸びた。体中を緊張感が駆けづりまわる。 「学年主任の桜庭です。 えー、今日は担任の山崎が休暇中でして、紹介は来週、行うことになってしまうのですが、えー保谷君の所属することになる1年C組には、学年トップの子もいましてですね、えー競える良きライバルになってくれると思いますよ」 そう付け加えたのは紺のストライプ型ネクタイをしている眼鏡をかけた先生で、いかにも真面目そうな雰囲気を漂わせていた。 説明は以上で大丈夫ですか?と聞かれて、母と顔を見合わせた。「特にはありません」と母が答えて、瑠衣も首を振った。 ようやく全部の話を聞き終えて、来客用出口から外に出た。瑠衣は大きく伸びをして、後から出てきた母を見ると、いくらか不機嫌そうな顔をしていた。 理由は何となくわかる。 瑠衣はあえて母に声をかけた。そうでもなければ、このあとの機嫌が更に悪くなってしまう。 『どしたの、母さん』 「わざわざ学年トップのこと言うなんて嫌みな学年主任ね、あの男」 母は吐き捨てるようにいってずかずかと校門を出た。瑠衣もあわてて後を追う。 やっぱり母さんはあぁいう男性が苦手らしい。 駅に向かって歩いていると、校門から続いていた並木道の終わりの木の影にひとりの男子生徒がいるのが見えた。視線は手元のスマートフォンに向いている。髪は染めているのか明るめの茶色で、いかにも今時の高校生といった風貌の持ち主だ。 彼女待ちでもしているのだろう。 それくらいに考えて瑠衣は目の前を通り過ぎた。 「おい」 不機嫌丸出しの声がした。 発信源は言わずともがな彼しかいないだろう。真夏にしかも、こんなお昼時に散歩などしている人などいない。並木道には僕らと彼以外にいないのだから。 暑いから先に行ってるわね、と母が日傘をくるくる回しながら降りていくのを目で追ってから彼を見た。 振り返ってみると、スマフォから目を離した彼と視線がぶつかる。機嫌が悪いのか、生まれつきの目つきなのか、目が悪いのか。原因は定かではないが睨みつけるような視線で瑠衣を見ていた。臆することなく、『何ですか』と返す。 「アンタ編入生か?」 『えっと……はい』 「朝、駅でベンチにすわってたか?」 『、はい』 瑠衣はなんでそこまでと、勢いで言いそうになった。すんでのところで押し留め、相手を見る。 「これ、アンタのだろ?」 そういって差し出されたのは、水色のハンカチ。角にある刺繍に見覚えがあって、『あ、』と声をもらした。 「ベンチのとこに落ちてた。大事にしろよ」 『あ、はい。ありがとございました』 ぺこりとお辞儀をする。顔を上げたときには、母は既に見えず、彼も既に歩き出していて、駅の方へ向かっていた。瑠衣もあとを追うようしてに坂道を下った。 ×
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