- ナノ -




第3章-3


冷たい、肌を刺す痛みと深く沈んでいく感覚。
暗い底へどこまでも落ちていくような、吐息すら喉に閉じ込められて足掻けないほどの。
駄目だ、と思った時に水音が鮮明に響いた気がした。
ポツリ、と落ちる音で開いた瞳は真っ暗な部屋を映す。
灯りをつけていないから、外の暗さと変わらない静けさに包まれていると瞬いて、下げていた顔を上げた。
ボーッとする頭に手を触れてから、徐々にはっきりしていく頭に指へ力がこもってしまう。
そうか…私は、うたた寝していたんだ。
そんな事をしている場合じゃないのにって、募るのは自分自身への怒りと遣る瀬無さ。
噛んだ唇の痛みで力を緩めて、視線を下へ落とした。
布団に横たわっている坂田さんは相変わらず、まだ一度も目を覚まさないし、熱も下がらない。ようやく出血が止まっても、身体に巻いた包帯の白を染める赤黒さは変わりない。
何も纏わない上半身を覆う赤黒に染まった包帯が、怪我を負った酷さを突きつける。
ポツリ、とまた落ちる音が静寂に響いて、視線をやったのは坂田さんの額を伝って下へ落ちる汗だった。

「!」

身を前へ乗り出して首筋の脈へ触れてから、顔が歪んでしまうのが分かった。
前よりも熱が高くなっている…多分、出血のせいだ。
下手をしたら感染症を引き起こしているかもしれない…でも、病院には連れていけない。
それは、激流から助けられた時に教えられた事だ。
汗を伝わせる坂田さんの額のタオルをとった時、ちょうど部屋へ灯りが差し込んだ。

「銀時の容態は変わらぬか…」

静かに歩いて入って来た姿は女装でもレディーでもない…帯刀した、ちゃんとした武士。
ヅラ子さん、いや、桂さんが私の後ろまで歩いて来て、頼んでいた品を置いてくれる。
開いた襖から定春も顔を覗かせてくれた。
襖一枚隔てている万事屋の事務所も、坂田さんを寝かせている私室の部屋も酷く静かでいる。
全身ずぶ濡れで止血しながらココまで引き返した時から、ずっと変わらず日が落ちて夜になっても、だ。首を横に振った私にも、桂さんは不快さも見せなかった。

「俺が代わろう、おぬしもずっと看ていて疲れているだろう?少し休んだ方が良い」
「私は大丈夫ですから…いえ、看たいんです、私が。私に看させて貰えませんか」
「…そうか」

それからしばらく会話は無くても、下手な労りも厳しい言葉も言わないでいてくれる。
代わりに、襖の方へ踵を返して扉を閉める時に「何かあったらすぐに呼んでくれ」と一言だけ。
心配してくれる定春と一緒に襖の外へ出て、また閉められた事で部屋に落ちる暗さと静けさがある。その時だった、坂田さんから短い声が上がったのは。

「ッ…」
「!、目を覚ま…っ!」

同時に身をよじったので目を覚ましたのかと思ったけれど、すぐに違うと分かる。
動いた手は布団を掴んで乱すだけで、瞳は開けられずに眉を寄せて苦しそうな表情をする。
目を覚ましたんじゃない、うなされているんだ。
音に鳴っていない息が何度か吐かれて、額に浮かんでいるのは脂汗。
先ほどと違って高熱のせいなんかじゃなくて…きっと…と思うだけで、あの感覚が襲う。
冷たい、肌を刺す痛みと沈んでいく心地に胸を締めつけて堪らない苦しさ。
あの時、伸ばして触れた温もりと共に落ちた先が激流だったから…最初はそう思っていたけど、違う。

「……」

布団を掴んでいた片手が上へと微かに浮いて、何かへ足掻くように彷徨う。その先と、苦しんでいる中にいるこの人の姿と、声にならない感情がせり上がって仕方なかった。

「…ッ…」

気がつけば、私の両手は、暗い宙へ伸ばされるその手をしっかりと握り締めて。自分でも痛いほど、きつく、きつく…引き寄せた時、足掻いていた手の力が緩んでいく気がした。
私の感覚だけなのかもしれない…でも、視界は霞んでまともに映せないから目を閉じた。
ポツリ、ポツリと頬を伝って、その手から落ち響く水滴は私のせいだけれど。
もう、止まらなくて、止められなかった。

「…ッ、さん…ッ…」

冷たくて、冷たくて、息も出来ない痛みと苦しさ。
暗い底へどこまでも落ちていくような、吐息すら喉に閉じ込められて足掻けないほどの。
それは、今、目の前にいるこの人だから。この人が、辛くて仕方ないんだと思えてならないから…握った手へ額をつけるしかできなかった。
嗚咽すら出て来ないのに、湧き上がる感情が擦れて勝手に音を紡ぐ。
あぁ…と開いた瞳で自覚した。

「ぎ、ん、さん…ッ…」

銀さん。

どうか、目を覚まして。

銀さん。

口に出した後は、はっきりと紡いでいける。「銀さん、銀さん…」と、呟き続けて自分の中にスルリと落ちる何があると分かると、伝う雫も無くなっていく。あれだけ胸を締めつけ続けた何かが溶けたような、そんな心地さえして。
緩めた両手へ逆に力がこめられたのは、その時だった。
目を開いた先に、薄っすらと開いてこちらを見ている瞳がある。
うなされも苦しそうな様子も無い、私の知っている表情で細められた両目が私を捉えたまま、目の前の重ねる手へ握り返す力を伝えてくれた。

「…泣くな」

私が呼ぶのを繰り返すように、その言葉もゆっくりと私へ繰り返し紡がれたから。
精一杯浮かべた笑みは、きっと下手で見れたものではないだろうけど、こちらを向く顔が酷く優しく見えた。

「…銀さん」
「くたばらねェ、俺ァこんなモンで折れやしねェ…だからもう、泣くな」

「うん」と、頷いて返す。まだ熱は高くて容態が変わった訳ではないけど、薄く浮かべられた笑みとその言葉と私を見る瞳の力。それだけあれば十分だと、この人を信じられると、強く思えた。



銀さん…が目を覚ましてから少しして、隣の部屋にいる桂さんへ知らせると、安堵した様子で部屋へやって来てくれた。
私が汚れた包帯と消毒液を処分して、新しく取り替えた水の入った桶を持って戻ってきた時には、ちょうど腕組みの桂さんと布団の上で上半身を起こして真剣な面持ちの銀さんがいる。
それで、桂さんが先に事情を説明してくれたのだと察した。
厳しい顔立ちで桂さんを見る銀さんの隣へ座れば、私へ意識が向けられた。

「おめーもコイツに話を聞いたんだな」
「はい。私たちを襲ったのは、桂さんたちと対立していた過激派集団で、マスター・コマモが彼らの隠れ蓑になっているとまでは私も聞きました」

桂さんがレディーになっていた本当の目的は、過激派の動きを探り、彼らの手がコマモへ及ぶのを防ぎ、武力を行使する過激行動に出る事の無いよう抑えて立ち回る事だったらしい。
それが、今回、コマモは彼らの手に落ち、私たちはお客を装った真選組の手の者か仲間を売った裏切り者扱いで刃を向けられた訳だ。

「つまり、傍迷惑なてめーらの内輪揉めに俺たちは巻き込まれました〜ってか?」
「まさか、あのような事態になるとは思っていなかった…それは詫びよう、すまん」
「詫びなんてどーでも良いんだよ。過激でも穏健でもよろしくやってろ、てめーらの都合なんざ知ったこっちゃねェ。アイツらは、どうなった」

桂さんの謝罪の言葉も、一言どうでも良いと言い捨てる声色は低く、きつい。
無表情でいるのに髪の合間から見える細い瞳の鋭さは増して、刺されている錯覚さえ起こさせる。それほど静かな怒りを滲ませてまで想いを向けるのは、新八くんと神楽ちゃんが心配だから。
正座をしている膝の上に重ねていた自分の両手を、自然と握り締めていた。

「リーダーと新八くんは無事だ。多少の怪我は負っていたが、どれも擦り傷程度で大きいものは無い…それは間違いないと断言できる」
「何で、そんな事が言える?」
「確認してきてくれたからですよ」

眉を上げた銀さんが更に怒る前に、私も割り込んで補足する。
桂さんは、銀さんが酷い傷で眠り続けている間、再びコマモの占い館へ密かに侵入して二人の安否や状況を確認してきてくれた。
レディーに扮していたからこそ、館の内情に通じ、内部の死角になる抜け道や通路を知っている。そのおかげで、私たちがピンチだった時も、激流に落ちて溺れそうだった時も救われたんだ。

「桂さん、あの時はありがとうございました」
「礼を言われる事ではない。銀時の言うように、巻き込んでしまったようなものだからな」
「それでも、貴方がいなかったら私も銀さんも今は無かったと思います。だからお礼を言わせて下さい」

正座をした状態だから、そのまま三つ指をついて頭を下げて額が畳に触れる一瞬。
ほんの数秒にも満たない礼だけど、上げた先に見た桂さんの顔は面食らったようだった。
次には神妙になって、こちらへ向けられたのは「律儀なのだな…」の紡ぎ。
前にもこんな顔を銀さんにされたなと思っていたら、横で黙っていた銀さんが立ち上がる。何の事も無いように歩き出そうとするから、私も立ち上がると、桂さんの問いが早かった。

「その身体でどうするつもりだ?二人を助けに行くのか」
「分かり切った事聞くんじゃねーよ」
「言っておくが、あれから館の警戒も内部の見廻も相当キツくなっている。俺でさえ、もう侵入は難しいだろう。それでも忍び込むつもりか?」
「忍び込むなんて野暮な真似するか。こちとら正式な客なんだ、難癖つける権利あるだろ。俺ァただクレームつけに行くだけだ」
「じゃあ、今じゃ駄目ですよ」
「…何でお前が答える?」

私と桂さんなんて関係無いように服のある箪笥の方へ踏み出した背を追って後ろに立ったから、腹積もりは察していると思う。
それを聞かないでも不快だと告げるだろう、振り向いた雰囲気は完全に刺々しい。
あぁ、ついてくるなと言いたいんだろうな。と、すんなりと自分の中で感じるものがあった。
ウザそうに首筋をかく仕草をしながら、こちらへ向き直る。

「聞いてただろ、ヤベェ連中なんだと。てめーが多少なり腕っ節に自信があろうが、相手が違ェんだよ」
「ええ、分かってます」
「…ついてくれてた事にゃ感謝してる。だが、これ以上関わんな」
「ええ、分かってますよ」

女はすぐにビービー泣くから。怪我されても守ってやる余裕もつもりも無いから。そもそも足手まといにしかならないから。大体、お節介で肩入れするほどの馬鹿じゃないだろうとまで。
言葉は違うけど、向けられた意味に大差は無い。
全部分かってますよ、と。
一定の返事で肯定し続けるしかない私の態度に、ついには大きな舌打ちと共に手が伸びた。
ドン!と乱雑に壁へ突かれた掌が耳元ギリギリに触れている。
見下ろしてくる威圧と怒りが真っ向から向けられるけど、私の意思は比例して鮮明に、より確かになる。挑む形で、私も見上げ返して近づいた。

「死にてェのかって言ってんだ」
「生きたいからですよ」

脅しのような言葉だって怯まない。怯むものか、そんなモノで。
言い返した私に僅かに目が広がるのも見逃さないで、横へ突かれている腕に両手で触れる。
ピクリと一度反応したのを見てから、再び合わせた目に揺らぎがあった。
だから、触れている手に力を入れて壁から離すように押す。

「貴方と…新八くんと神楽ちゃんと、生きて一緒にいたいから行くんです。ココで貴方を行かせたままにすれば、私は“死ぬ”んです。生きていても、生きていないも同然なんです」
「……」
「本当にヤバい連中なんでしょう。少し腕に覚えがある程度の素人女は足手まといでしょう。でも、何が前提であっても私は退きません。貴方を一人でなんて行かせないし、新八くんも神楽ちゃんも助けます」
「お前…」

呟くように開いた銀さんの口が何かを紡ごうとしたようだったけど、今は構わない。
押す力を受けたは、先程違ってすんなりと下されてくれる。
ただ、触れ掴んだままでいた。

「貴方たちが大切なんです。それで仮に私に何かあったとしても私は後悔なんてしない。だから、私が貴方の言葉で頷くとすれば、一つだけですよ。簡単です、いつもの調子で言ってくれれば良いんですから」

怠そうに、嫌そうに、けれど悪ぶりなんてしないで。
微笑んだ私から目を逸らしたのは銀さんの方だった。
溜息を吐いて、乱暴に髪をかいて上を仰ぐのは、私を言い負かせないと根負けしたのだと思う事にする。これ以上、他に何を言ってこようと、してこようと決して折れるつもりは無い。
それだけは銀さんにも負けない。だって、それが『私』だと私自身が思っているからだ。

「貴様の完敗だな、銀時」
「ヅラ、てめーがコイツに何か言いやがったなッ?」
「貴様が倒れてから、今に至るまで約六時間」
「?、いきなり何、」
「ナナシ殿が片時も休まず、貴様を看ていた時間だ。俺が何か言えるとでも思うか?」

言って折れるような意思か?と。
腕組みで逆に堂々と聞き返す桂さんに銀さんの表情は苦虫を噛み潰しているようだ。
結局、再びの溜息と共に私へ向けられた一言があった。

「好きにしやがれ」
「はい!」

桂さんが「大したものだ」と言って笑ってくれたけど多分、呆れが強い。
それでも、私の今度の返事は銀さんへ向けたい本当の頷きだったから良かった。
新八くんと神楽ちゃんを助ける。できないだなんて思わない。
だって、独りじゃないんだから。



空が白く明らむ頃、私たちが通されたテラスでいつも行われる儀式があるという。朝一番に大自然のオーゲェを集めると、コマモが祈りを捧げるのを館に従事する全員が見守るそうだ。
警備が厳しくなり、外部からの進入も難しくなった今の状況を打開するならば、この時、この間。通常はレディーに扮した過激派浪士たちが傍にいて、隙の無い状態のコマモへ近づけるチャンス。
桂さんから教えて貰った事と手渡された物を持って、テラスの外側に立つ。
外側の壁に沿って出ている装飾は辛うじて足幅分の細さがあるが、支えるものなど何も無い。
己の身体を壁へピッタリと貼りつけて、落ちないように伝って歩く。
探せば掴まれる部分があって、一歩一歩確実に踏んでいけば進めない距離では無いのに、警備の死角になっているのは、普通なら誰もココを道にしようなんて思わないからだろう。
間違えば、落下する下は流れの速い激流。
必要なのは度胸と決断、ココを進むのだという意思じゃないかと思うから。
だから、他の誰が無理でも、私には進めないはずがないと選択したのだ。
流れの速い水音が遥か下から反響して響くのに目も向けず、真っ直ぐに外壁の端まで辿り着く。はみ出ないギリギリの位置まで来た時、テラスの奥で呪文のような唱えを続けていたコマモから大きな声が上がった。

「お前は、昨日の!!生きていたのかッ!!」

驚きは怒りに満ちて叫びに変わるけれど、私に向けられたものじゃない。
見える狭い横の視界からは確認できないが、コマモが憎々しげに見ている方向から堂々とした声が響く。上から見下ろすように、大胆且つ不敵に。

「ハイハーイ、どうも昨日は散々お世話になりましたァ」
「万事屋の主格だな!?」
「そぉでぇーす。せっかく評判高い占い師様のお客になったっつーのに、どこぞのチンケな野郎どもに公開ゲロ見せられた挙句、濡れ衣着せられちまった可哀想な万事屋でぇーす」

トントン、と遠くからでも微かに聞こえる音は多分、持っている木刀で肩を叩きながら余裕さをアピールして、集中している視線の神経を故意に逆撫でしている。
きっと、浮かべているニヤニヤ笑いもそうだ。
コマモの横顔がもっと怒りに満ちていく。
けれど、屋根の上にいるだろう銀さんの続けられる声は変わらなかった。

「商売は接客が命、お客様には親切丁寧にって習わなかったか?じゃねェと、後からとんでもねェクレームになって爆発するんだぜ。こんな風にな!」
「アレは!?まさか、ば、爆弾!?」
「本物だぞッ!!うわぁぁッ!こっちに投げやがった!」
「起動している!!誰か止めろー!何でも良いから今すぐソレを…!」

銀さんが懐から取り出して、テラスへ放り込んだ爆弾。
時限式で稼働し、既にカウントダウンを始めているソレは、桂さんが所持していた紛れも無い本物だ。カチカチと時を刻むデジタルの表示に、刃を抜いていた浪士たちだけでなく、館に仕える者たち全員が騒然となって大パニックになる。浪士たちは「どうにかしろ!」と叫び合うけど、逃げようとテラスの出入口へ我先に殺到して押しのけ合う人並みに呑まれて身動きが取れず。その間も動き続ける爆弾が十秒を切った。
九。から、屋根を蹴って降り立ち、雄叫びと共に凄い勢いで通り道にいる者や向かってくる者を蹴散らす様は銀色の嵐に見える。
七。から、外壁の端から手すりを掴んだ片手に重心をのせて、乗り越えるのは私。
五。で、駆けてくるのに気づいてこちらに驚愕するコマモと視線を合わせて。
三。で、飛びかかるように身を倒して、抵抗と格闘しながら、その窪んでいる額へ力ずくで握っていた宝石をはめ込んだ。同時に、後ろで「ぅらぁああ!」と鋭い叫びと固い何かが激突した金属音が、上へ打ち上げられたはずだ。
一。と、意識を失っているコマモを庇いつつ、見上げた視線の空にある黒の一点。
零。光が炸裂するように大きな爆発と煙が下にも風を起こしてテラスを吹き抜けた。
激しい衝撃で飛びそうになる身を地につけつつ、風と揺れが収まってから屈めている身を急いで起こして身構える。けれど、見えた光景にその必要性は無いと力を抜いた。

「大丈夫か」
「はい、マスター・コマモ…コマモさん、意識は失ってるけど言われた通りに宝石を嵌めたので、もう安心だと思います」

空中で爆発が起きたタイミングで、頑なに閉じていた出入口が開いて人波を外へ流す。腰を抜かしている数人と銀さんが倒した者たちを残してガラガラになったテラスは驚くほど広い。
隔てるものが無くなったからか、私が顔を上げた時には近くまでやって来ていた銀さんの問いに答えたんだけれど。「違ぇよ」と一言落とされて、伸びた手が私を支え立たせてくれた。

「おめェの事を心配してんだよ、馬鹿」
「私?ですか…勿論、大丈夫ですよ。上手くいくって思ってましたから」

貴方なら大丈夫だと疑っていなかったから、と。
笑ったら、向けてくれていた呆れ笑いが消えて真顔になる。
その変化に驚いて見つめていると、じぃっと以前にも見られた…あの真剣な瞳があった。
いつだっただろう…そうだ、二回目の夕食に誘われてお邪魔した時の、あの目。
違いは、はぐらかされない事じゃないだろうか。
何を思っているかは分からないけれど、真剣さは伝わるから私も瞬きながらも見つめ返す。
すると、ハァ…と息を吐いて力を抜いた銀さんが今度は小さな笑いを漏らした。
呆れか、諦めか…そんな感じのような。

「…有りだな、こりゃ」
「?」

何が?と思うも、吹っ切れたような様子と笑みが今まで違っていて、聞けずに困った顔になってしまう。そんな私を見ているはずなのに、銀さんは「さてと」と切り替えるように肩を鳴らす動作をする。
聞かなければと思って口を開きかけたタイミングで、テラスの方から二つの声と足音、そして下で呻く声が同時に起こった。
手を振って駆けてくるのは新八くんと神楽ちゃんで、元気な表情に一気に緊張が抜けて力を緩められた。後ろからは桂さんと…もう一人白い布を被った謎の生き物?が一緒にいる。人なんだろうか…看板を持っているけど、桂さんの連れだという事は推測できる。そしたら、横から銀さんが「ありゃエリザベスっつーヅラのペットだよ」と教えてくれた。

「新八くん、神楽ちゃん、無事で良かった…っ、桂さんもエリザベスさん?もありがとうございました」
「そちらも上手くいったからだ。お互い怪我も無く成功して良かったな」
「ったく、てめーらも案外元気そうじゃねェか。心配して損したぜ」
「また、そんな言い方して…あ、でも心配してくれてたって事ですよね?」
「私たちがいなくて寂しかったアルか?」
「バッ、違ェよ!コイツが心配し過ぎて損したって事ですぅ〜。俺ァ、お前らが人質にする可愛さもねェクソガキだって知ってましたァ」
「うわ、最低アル。一気に見損なったヨ」
「今回ばかりは僕も同じです、それはいくらなんでも見損ないますよ銀さん」
「うるせェ!ブツブツ言ってんな!!」

せっかくの再会も、銀さんの態度に冷たい目と言葉を向ける二人。
左右から文句と抗議を向けられて嫌そうにする銀さんの図に、私は安心してから意識を別へやった。身を向けた先にいるのは、先ほど呻きを上げて意識を取り戻したコマモさんがいる。
額に手をあてて「ココは…」と、はっきりしていく意識に周囲へ顔を向けたようだった。
なので、膝をついて同じ目線になってから声を掛けた。

「ココは、貴女の館のテラスです。分かりますか?」
「!…ええ、分かります。それに貴女たちの事も…あぁ…私は今まで…っ、すみませんでした!」

答えていく中で、困惑していた頭が全てはっきりしたらしく罪悪感に染まって頭が下げられる。それには私も慌ててしまって「頭を上げて下さいっ!」って、思わず声が大きくなってしまった。

「貴女が過激派一派に操られていた事も、貴女たち種族の事も知っていますから!だから、貴女のせいじゃありませんよ」
「そこまで…ッ、いいえ、今までの貴女たちにしてしまった行い、償っても償いきれないでしょう…!本当に申し訳ない事をしました…!」

予想はしていたけれど、やっぱり頭は下げられて謝罪を繰り返されてしまう。
私が言ってもこうだから、どうしよう…と思っていると、後ろから声が重なった。

「お前ら、額の宝石が力なんだロ。ソレ、盗られたらおかしくなるって、ちゃんと聞いたから分かってるネ」
「そうですよ。本来の貴女は、評判通りとても素晴らしい占いの力を持っていて、とても優しい人だと聞きましたから。僕らは、その話を信じています。だから、どうか頭を上げて下さい」
「…ッ」

怪我を負わされて捕らわれていたのに、私の言葉に続いてくれたのは新八くんと神楽ちゃんで。
それには、息を詰めたコマモさんが震えながらも、ようやく顔を上げてくれた。
微かに涙ぐんでいるけれど、ちゃんと私たちを見てくれている。
「そうですぞ、コマモ殿」と桂さんも、看板でメッセージを出しているエリザベスさんも。
彷徨っていた視線が最後に端にいる銀さんへ止まった。
疲れたように首横へ手をつけつつ、目はいつもと同じに死んでいるけれども。

「だとよ。コイツらが言ってんだから、ウダウダ言っても仕方無いんじゃありませんか。あと心配しないでも詫びは、きっちりして貰うしな」
「えっ」
「え、何でお前が驚いてんの」
「こんな弱ってる美人に何させるつもりアルか!?」
「ぎ、銀さん!アンタって人は、どん底まで落ちに落ちるつもりで…!」
「いやァッ!てめーらもコイツに便乗して勝手に外道路線にもってくんじゃねェェよ!」
「変態は最低だぞ、銀時」
「てめーだけには言われたくねーわッ!!」

私が驚いたのは全く別の意味だったんだけど、何故か息がぴったりで他の全員からグサグサと台詞の集中砲火を受けている銀さん。
後半荒げている声が上ずっているのが、申し訳ないけど、何だか無性におかしくて安心を覚える。そんな会話を続けているから、目を丸くしているコマモさんもすっかり呆けてしまったみたいだ。
四人(三人と一匹?)からの言葉に不機嫌は収まらない銀さんだけれども、こちらを見て言ってくれた。

「特別VIP待遇。料金タダの全占いコースサービス盛りで頼むぜ、凄腕占い師様」
「…はい、こちらこそ喜んで占わせて下さい」

銀さんの言葉を受けて、コマモさんが返してくれたのは綺麗な笑顔だった。
こうして、爆発騒ぎを遠くから目撃して通報した人がいたんだろう…やって来た岡っ引に事情を説明して。その間に逃げ散った過激派を追うと言って撤収する桂さんたちとも別れて、全体としては上手く収まったんじゃないかと思える幕引きになった。

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