- ナノ -




第4章-1


―これは…すみません、貴女のオーゲェは私にはとても言葉にできません

あれから時を置いて改めてお客として占いをして貰った時、コマモさんが私を見て言えた言葉は、とても言い辛そうだった。首を横へ振って凄く難しい顔で、表現する言葉を探すように何度も迷っているようで、聞いているこちらまで申し訳無くなったくらい。
「無理しないで良いです」と言ったけれど、意を決したように教えてくれた事が今でも頭にリフレインする。

―…貴女はココにはいない。本来、ココに在らざる存在です…
―ココ?って、どういう…かぶき町の事ですか?
―在らざるって、どういう意味アルか?
―それは…アンラッキーな場所が、かぶき町って意味ですよね!?
―いいえ、かぶき町は逆に貴女にとって最も縁深く離れてはならない場所になります
―??

ならば、いないとは、在らざる存在とは一体どういう意味なのか。
尽きない疑問に不思議がって頭を捻ってくれたのは、新八くんと神楽ちゃんだけれど。
真剣なコマモさんに、私は何も言えなかったし、正直どう感じているかも自分でも言い表せなかった。ただ、珍しく何も言わない銀さんの視線だけは後ろから感じ取れた。

―私の力では貴女の手掛かりを探すに至りません…けれども、深く繋がっている、このかぶき町こそが貴女の求める答えをくれるのは間違いありません。それだけは、いつでも心に留めて置かれて下さい

結局、目ぼしい手掛かりは得られずであったが、漠然だけれども方針は定まった占いだった。
そして…と、館を去る時にコマモさんに呼び止められて伝えられた言葉を知るのは私だけだ。

―貴女が在らざる存在だという事も、いつでも心に留めて置いて下さい…

ギュッと握り締められた手の感触と強さ。
見下ろしている手は何の変哲も無い自分の手で、視線を前へやった。
質素な部屋に一つある鏡に全身を映している私自身も何の変哲も無い。
開いていた手を鏡へ触れて伝わる冷たさは、夏のホラーアトラクションでした事と同じだ。

「…私は、誰なんだろう」

すっかり秋の涼しさを感じさせる季節まで時間を過ごしていたが、私自身については夏のあの暑い日から何も進歩していない。最初は、それでも良いか、ゆっくり過ごしていけば良いかと、はっきり言って自然の流れのままにと身を任せっぱなしだった。
生活に慣れる方が先だ。焦ってなどいないし。と、何かにつけて深く考えようとしなかっただけだと思う。でも、ちゃんと向き合うべきだろう…私自身と。
そう思って鏡から手を離した時、訪問者を告げるチャイムが響いた。
一瞬ビクッと驚いてしまった。だって私の部屋を訪ねる人がいるだなんて想像できなかったから。「はいっ、今行きますー!」って声が上ずっていないか心配しながら、玄関へ行ってドアノブに触れる。 
開いた先で待っていたのは、これまた全く想像していなかった相手で目を丸くしてしまった。

「ぎ、銀さん…?」
「ハーイ、銀さんですよ〜っと。何だよ、その間抜けな顔は。俺じゃ悪いですかコノヤロー」
「い、いえ。そういう訳じゃ…ただ、ちょっと予想外で…私の家なんてよく分かりましたね」
「俺ァ万事屋だぞ?家探しなんて朝飯前ですゥ。わざわざ来てやったんだ、もっと嬉しそうな顔しろハイ」
「えッ!?えーっと…ど、どういう顔をすれば…」
「んなの簡単だろーが、テレビ見てんだろ?「おはようございます〜皆さん」って爽やかっぽく物腰は柔らかな感じで、あ、笑い方はフンワリ加減がベストだな。天気予報すりゃ上出来だが、そこは勘弁してやるよ。ホラ、やってみろ」
「いや、あの、それ結野アナじゃ…完全に貴方の趣味で…」
「ツベコベ言ってんじゃありません!オラ、やってみろ。銀さんに会えて嬉しいだろ?」
「(私が駄目なの!?そうなの!?)ぎ、銀さんに会えて嬉しい、です…っ?こうですか?」

はにかむってどうしたら良いか分からないから、意識すればするほど恥ずかしくて顔が熱くなる。あぁ…情けない表情になっているだろうなと思うけど、逆らえないから仕方ないんだ。
うん、仕方ないと自分に言い聞かせて、後半は消え入る小さい台詞になってしまった。
でも、私を穴が開きそうなくらい凝視している銀さんは一度頷いてから、自分の顎下に手をやって摩りつつ満足そうに評価をくれた。

「まァ、初回にしちゃあ悪くねェわ…そうだな、四分の一タチってトコか」
「タチ?何かの単位ですか?」
「何ってアレに決まってんだろ、アレに。お前も年頃の女なら、男の注文に応じて色仕掛け挨拶の一つ二つかませるようになれや。銀さんの銀さんだから、ソレで済んでんだよ」
「…すみません、ちょっと何を言ってるのか分からなくなっ…いえ!分かりたくないので、私、色仕掛けできない女のままで良いですから!」
「良い訳ねーだろ!いいか、男が一番に反応すんのはテメーのムスコなんだよ!タチ具合が今後を左右するってのも過言じゃねーぞ?ソレを疎かにしちゃあ全部台無しになんだ…聞いてますか、耳塞いでんじゃありません、こっち見なさい、っていうか顔見せろ、恥ずかしくて堪んないんです的なイイ顔してんだろ、俺に見せやがれ」
「いきなりどんな横暴ですか!セクハラですッ!やッ、見せないですよ絶対!」

勃…ッ、そういう意味なのかと顔から火が出るくらい居た堪れなくなって顔を背けたのに、まさかの手を伸ばしてくるから両手でガード。
完全にからかい顔で悪どい笑いにすら見える銀さんと、謎の攻防を繰り広げる羽目になってしまった。
「横暴!」の抗議に、返されたのは「ドSですゥ」のカミングアウト。
ドSって…!沖田さんと同類だったのっ?この人…!と、隙を突かれてガードに上げていた両手首を掴まれて下げられてしまった。
もう私の顔を隠せるものが無いから、負けた悔しさと恥ずかしさで目の前を睨み上げるしかない。あぁ、この満足そうな、してやったりな、楽しそうな顔…!ホント悔しい。

「一体何しに来たんですか、もう!」
「遊びに来てやったんだよ、お前で」
「私で遊ぶため!?どんな訪問目的ですかッ!!」

まさかとは思っていたけど、開き直られて肩を落とすしかない…。
私が抵抗を止めたのを屈したととったのか、はたまた気が済んだのか、あれだけガッチリ掴まれていた両手首は簡単に離されて、本人は素知らぬ顔で鼻をほじりに入っている。
何と言うか…占いをして貰って以降、すっかり遠慮が無くなっているような気がするのは気のせいじゃないかもしれない。それだけ仲良くなれたと思えば嬉しいけれど、どうも私へからかいと下ネタが酷くなっているのは…いや、この際、仲良くなれているを意識しよう、プラス思考で。
溜息を吐くと、二つ指で何かを丸めた(多分、鼻く…)何かを指で弾いていた(あの、ココ私の部…)。

「んで?その格好からして、どっか出掛ける気だったのか」
「(もう突っ込まないでおこう…また言いくるめられる気しかしない…)はい、仕事も休みの日なので、今日は一日かぶき町を巡ってみようかなと思いまして。だから、来て貰ったのは嬉しいですけど今日は家にはいないつもりです、ごめんなさい」

事前に連絡があれば、話は違っていたかもしれないけれど。
自分で自分を探すのだと決めたから、予定を変えるつもりはない。
連絡をくれれば予定を開けておくから日を改めて、と口にすると答えは意外な返しだった。

「お前独りで寂しくテメー探しでもするつもりだってんだろ、やっぱりなァ。ったく、仕方無ェから俺も一緒についてってやるよ」
「えぇっ?そんな事できませんよ、私の勝手なのにっ…それに、銀さんは万事屋の仕事もあるでしょう?」
「今日はオフで空いてんだよ、新八も神楽もいねェから完全フリーなの。ラッキーだったなァ、かぶき町で遊び人といやァこの俺。銀さんにかかりゃメジャーから穴場処まで隈なく行き放題ですよ〜、ノらねェ手は無いですよねェお客さん」
「(調子良いなぁ…)本当に良いんですか?せっかくのオフなのに」

そこまでオススメされてしまうとお願いしてしまいたくなる魅力が、この人にはあるんだよなぁと思いつつ。それでも、まだ迷いながら聞き返すと、銀さんが薄く笑いながら向けてきた言葉に「うっ」となってしまう。

「俺には独りで行かせねーだのギャンギャン噛みついてた癖に?テメーの時だけ都合良く勝手を主張しねェよなァ?」
「…それは、その…ハイ…」
「ココは素直に頼れば良いんだよ、分かったかコノヤロー」
「ハイ、分かりました…」

完全にお説教されている感じになっているんだけど…コレは本当に私が悪いんだろうか…?満足そうにしている銀さんにジト目を向けみても綺麗にスルーされてしまった。これは銀さんと一緒に出掛ける流れになりそうだなぁ。
うーん…と、完全に諦めを込めた苦笑いを浮かべたら、銀さんが急に雰囲気を改める。
いつもより少しだけ真剣な、そんな感じだろうか…思わずこちらも向き合ってしまう。
そうしたら、何度か言い辛そうにしながらも、髪をガシガシとしつつ言葉を紡いでくれる。

「よく考えたら、お前から受けた依頼を果たして無かったと思ってよ」
「依頼?…あ、もしかして最初に出会った時のですか?」
「おう。てめーを家に送り届けるっつー奴」

最初に土手沿いで出会った時、記憶が無いと言った私を送り届けると言ってくれた話だ。
懐かしいと思いつつ、でも、アレは私が真選組の隊服を着ていたから屯所へ案内すれば良いと思ってくれたからだ。私も案内されれば大丈夫だと思っていたし、まさか自分がもっと謎で怪しい存在だなんて予想していないし、あの場の誰だって想像できないから仕方無かったと思う。
依頼という面で言えば、銀さんたちは確かに依頼を果たしてくれたに等しい。

「私は今こうして仮でも家を得られてますから、依頼は果たしてますよ。逆に、私がまだ貴方たちに恩を返し切れていないくらい」

でしょう?と問い返すように笑う。でも銀さんの片眉がピクリと上へ動いて表情が…あぁコレは納得いってないなと瞬時に分かってしまった。

「んな半端で終えられるか。万事屋としちゃ受けた依頼は、きちんと果たすのがモットーなんだよ」
「アハハ…そう言われちゃいますと…」
「要はおめェが思い出しゃ全部解決する話だ。って事で、これからテメー探しする時には必ず銀さんに連絡する事。オーケー?」
「オーケーです…っや!必ずですか!?まさかこれからずっと一緒に探してくれるんですか…っ?」

つい釣られてオーケーしてしまって驚き聞き返す。
逆に銀さんは、また文句かコラっていうオーラ全開だ。それに慌てて首を横に振って否定した。不満な訳がない…申し訳無いけど、そんな言葉を言ってくれて私が思う感情は一つだから。

「…嬉しくて。すみません」

ハニカミなんてできないと思っていたのに、開かれた銀さんの瞳には照れてしまっている私が映っていた。
数度瞬かれた後は、いつもの死んだ魚の目になったから見えなくなったけれど。
代わりに「謝られる覚えなんざねーよ」と、しっかり付け足される。
立てられた指一本が示すように私へ向けられた。

「依頼を果たしたら、お前が返し切れてねェと踏んでる借り全部引っくるめて、俺へ報酬として寄越せばプラマイゼロだ。どうだ?約束するか」
「私は約束をお願いさせて貰う側ですから、拒否なんてしませんよ。約束します。それで、私は貴方にどれくらい払ったら良いんでしょうか」
「金じゃねーよ。おめーの名前」
「名前、ですか?」

ナナシ?と呟き傾げたら即違うと怒られる。
相変わらず私へ向けられたままの指を見てから、ようやく言われた意味が分かった。

「私の本当の名前の事ですか」
「普通ソレしかねーだろうが。記憶戻ったら思い出すだろ。んの時は一番最初に俺に教えろ、それが支払う報酬だ。大分まけてやったんだから安いモンだろ?さっき約束するっつったんだから、やっぱ嫌ですは無しだからな…!?」

何故に最後の方は少し焦り気味になるんだろうか。
自信満々に言い切れば良いのにと、おかしくなって声を立てて笑ってしまう。
「笑ってんじゃねェ」って怒られたけど今度はぜんぜん気にならない。
浮かぶ感情は、やっぱり変わらないから。向けられたままの指へ手を伸ばして触れる。「!」と反応した銀さんに構わず、その手の指をゆっくり折り下げて代わりに小指を立てるように促す。その小指へ自分の小指を絡ませて、しっかりと繋いで示した。

「約束します。思い出せたら…私の名前、銀さんが最初に呼んで下さいねっ!」
「別に……!、あァ、呼んでやるよ」

咄嗟に出掛けた言葉があったみたいだったけど、途中で飲み込まれて向けられたのは、ぶっきら棒な笑みと優しい返し。握り返された小指に温もりを伝えて、約束を交わした。



「確かに全く手掛かりが無ェなら、町へ出て足掛かりを得ようってのは悪くねェ。だが、当ても無くプラプラ歩いたって効率が悪いだけだ。有限な時間をいかに最短で効率良く使って情報を得られるかが重要なんだよ、分かるか」
「はい…でも」
「税金泥棒どもの情報網でも、おめーの正攻法な聞き込みでも、占いですら何も収穫が無ェってなら、残るは普通のやり方じゃ得られねェ領域での探し方だ」
「はい…けど、あの」
「蛇の道は蛇って言うしな…この町にゃあ人には言えねェ事情を抱えた奴や薄暗ェトコで生き抜いている奴ほど、無駄に情報に耳聡い。つまりだ、あぁいう崖っぷちスレスレを綱渡りしてるオッサンに聞いてみるのも手だっつーこった」
「はいッ分かりますけど!その前にッ、その人、今まさに生死の崖っぷちスレスレどころかダイブインしようとしてませんッッ!?」

銀さんのスクーターの後ろに乗せて貰って町中へ出たまでは良かった。
正直、私一人じゃ当てもなく彷徨いつつ、運が良ければ何か足掛かりが得られればと思っていたくらいだから。その点で言えば、銀さんの話は的を得ていると納得できるけれど。
止められたスクーターを降りて、見下ろした先の道路のど真ん中にうつ伏せで寝転んでいる男性には…叫ぶものじゃないだろうか。
具合が悪くて倒れているのかもと考えたかったけど、歩道にわざわざ丁寧に並べて置かれている靴があるから洒落にならない。
道路のど真ん中なのだ、車にひかれるために身を投げ出しているとしか思えないから…!
真っ青になる私なのに、銀さんは冷静に耳をほじくりながら返してきた…!

「ああやって地面に引っ付いて這って息してる生き物だから心配いらねーよ、アレが普通だから」
「どんな普通ですか!?」
「だから言っただろ、お前の知らねェ世界で生きてる人種もこの町にゃワンサカいるんだよ。この際だ、社会勉強も兼ねて俺が教えてやる。アレがマダオ属マダオ科マダオ目だ、覚えとけ」
「とどのつまり、マダオさんという事ですよね!?いや、そもそもマダオって何ですか!」
「マるごと人生ダンボールなオッさん、略してマダオだ」
「つまり駄目な人って言いたいんじゃないですか…!」

「そんな自信満々に嘘解説教えないで下さいよ、本当に!」と叫ぶしかない。
いくら私が知らない範囲だからって、それは嘘だって分かりますからね!
とにかく、車の通りが少ない時間帯だからなのか、この通り自体が車が通るのが少ないのか…どちらにしろ幸運なのは確かだ。全く止める気の無い銀さんを置いて、急いで駆け寄って「大丈夫ですか」と傍へ屈んだら、いきなり伏せていた顔がこちらを見た。
あまりの速さだったので身体を跳ねさせてしまった…!

「あぁ、大丈夫、大丈夫…オジサン、ちょっと生きるのに疲れただけだから…ココで救いが通るの待ってるだけだから…放って置いてくれ…フフフ」
「その救いが通ったら終わりなんですって…!事情は分かりませんけど、早まっちゃいけないのは私にだって分かります!お願いですから、こんな真似は止めて下さい…!」
「こんな見ず知らずのオッサンにそんな必死になってくれるの?お嬢さん、優しいんだなァ…あぁ、こんな汚れた世界でも、まだ俺に光を見せてく、べべばばばッ」
「ちょーッ!何してるんですかッ銀さんんん!」
「え、何って。止めさせてェんなら、こーすんのが手っ取り早いでしょ。道端に落ちてるなら道路脇に避けて回収待つからね」
「落ちてるのゴミじゃないです!マダオさんです!」

「いや、ぶべ、お嬢ばぁぼッ、俺は長谷川、」とか何かマダオさんが銀さんに引きづられながら主張していたけど聞き取れず。歩道まできて乱雑に放り捨てられる。心配しようと傍へ寄ろうとしただけなのに、「近ェ」って私の襟は引っ張られて咳き込みかけてしまった…!
そういう銀さんの方がよっぽど近い距離にいるのに、この人は!
睨んでも、どこ吹く風な様子なのに私とマダオさんの距離はしっかり取らせるつもりらしい態度は仕草で分かるから。そんなやり取りをしていたら、引きずられた箇所を摩りながら私たちを見ていたマダオさんが怒りを向けてきた。
あんな扱いをされてしまったら怒るのは当然だ。問題は、その内容なのだ。

「何すんだよ、銀さん!こっちはマジで人生のドン底だってのに、お宅はそんな優しくて可愛い彼女とリア充してるって見せつけに来たの!?」
「あァ羨ましいだ、」
「私たちは、そんな関係じゃありませんから」

これ以上誤解されたままでは申し訳無いから、変にこじれる前にキッパリ訂正。
「えっ、そーなの?」と聞き返すマダオさんに再度強く頷いて肯定する。
私の身の上を軽く話して自己紹介をした上で、銀さんに万事屋として助けて貰っているのだと説明した。

「記憶が無くて自分の手掛かりを探してるって?若いのに、そんな大変な目に合ってるだなんて…何の情報も無いんだろ?辛いだろうに…挫けないの?」
「辛くないと言ったら嘘になりますけど、挫けないですよ」

猫背で地べたに座っているマダオさんは何を思い出しているのか、再び空気が重くなりかけている。だから、私自身がわざと立ち上がってマダオさんを見下ろすようにする。
そうすれば、反射的に人は上を見上げるから…こちらを見たマダオさんへ力強く言った。

「どんなに大変だろうと、手掛かりが絶望的だろうと、探すと私自身が決めた事ですから。マダオさんはココで人生を投げ出すと、本当に自分で決めましたか?」
「!…俺は…いや、自分で決めたとか大きなモンじゃないさ…所詮、俺は何をやっても上手くいかねェって、どうせ駄目なんだって、全部投げ出したくなって…あーッ!何やってんだ俺ェ!」

最初は弱気にブツブツ言っていたけれど、語る内に声色は強くなって、最後は両手で頭を抱えて否定するように叫ぶ。そう、多分ちょっとだけ本当に少しだけ迷いが先走ってしまっただけなんだと思う。
誰だって気が滅入ってしまえば駄目になるのは同じだから、「違うだろォ俺ェェ!」って我に返ったように自分を怒るマダオさんの根は、駄目なんかじゃないはずだ。
「良し!俺、もう一回頑張ってみるよ!アンタ見ていたら元気が出てきた、ありがとう!」と、握手を求められたから、手を伸ばして応じようとしたんだ。
そこまでは良かったはずなんだけど、感動しているマダオさんの手をガシリと掴んだのは、私じゃなくて私の横から伸ばされた別の…

「あーあー、良かったですね〜立ち直れたからもう大丈夫ですよねェ〜。でも駄目だぜ長谷川さん、どさまぎでお触りは事務所裏行きになるからねェ〜」
「いだだだアァ!?ゴキゴキいってるゥゥ!しちゃならない変形音してるゥゥ!!」
「ちょっとーッ!!止めてあげて下さいィ!いきなり何してるんですか!!」
「いやァ、手出されると反射で握りたくなるじゃん?握り潰したくなるじゃん?穴があると突っ込みたくなるようなモンだよ、本能だから仕方ないじゃん?」
「〜ッそれは漫才の事ですよね!!そういう事ですよね!!」
「え?おめー、なに想像しちゃってんの?顔赤いけどォ〜?」
「想像してないです!!」
「手ェ!どっちでも良いけど、手ェェ!俺の手ェェ開放してェェ!」

と、つい銀さんの掛け合いに流されて意識が逸れてしまっていた間に、メキメキ音で握り潰されている手だけを上にマダオさんが泡を吹きかけてる!「銀さん!!」と怒って、ようやく手を離させた。

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