- ナノ -




第3章-2


万事屋の夕食へお邪魔して以降、私と彼らの距離は今までと比べて近いものになった。
月に数回には少なく、週に数回には多い…そんな不規則な頻度で、次はいつ、と約束を交わす。
決まって神楽ちゃんが振ってくれて、時々、新八くんが。
変わらないのは、最後に坂田さんが怠そうにヒラヒラと手を振って承諾してくれる事。
自然と流れができるほど交流を重ねる内に、夏の暑さは段々と涼しさを兼ねるほど日を重ねた。
私は相変わらず記憶を思い出せず、手掛かり一つも掴めていない。
その話は、新八くんが持ってきてくれた。

「一緒に行ってみましょうよ!きっと良い情報が得られるかもしれません!」

と、突然だったけれども、嬉しそうな声のままに電話してくれたのが始まりで。
日時を調整して、三人と共に向かったのは、今、かぶき町で話題になっている占いの館だ。
占いと聞くと、当たるも八卦当たらぬも八卦と思うものだが、評判になっているココは一味違うと言う。お客の抱える悩みや過去を見通し、進むべき未来のヒントを道しるべとして与えてくれるらしい。
それだけ聞けば、普通の占いと変わらないのだが、一部のウワサでは幕吏や名門の出の者たちまで通い詰めていると。どこまで本当かは定かじゃないが、それでも日々お客で列を成すほどの人気と実績を重ねているのは確かだという事だ。
当然、相当な人気なので、お客として占って貰うには通常なら相当な順番待ちとなる。
だが、たまたま万事屋へ愛猫の捜索を依頼してきたマダムがココの常連だったため、本当に偶然に機会が舞い込んだという訳だ。
お世話になった万事屋さんなら、今回限り特別優先で占って貰えるように話をつけてあげるわ!と。オホホ笑いと宣言と共に投げキッスをくれたマダムは、約束を実現してくれた。それに新八くんが私の力になれるかもと頼んで、リストに加えてくれたのである。

「人気つっても、所詮は占いだろ…どうせ当てにゃ出来ねーよ。良いか、最初から期待なんてすんじゃねェ、収穫ゼロの気でいけ。女ってのは、すぐ「ラッキーアイテムがアレとコレだってぇ!今ならお買い得だって言うから全部買っちゃった!テヘッ」とかノせられて絶好のカモになんだからよ」
「はい、けれど…坂田さん、その首に巻いているハート柄の…ス、スカーフ?は、そのー…」
「あぁ、スルーして下さい、無視で良いです。放って置いてあげて下さい」
「結野アナのブラック占いで、「銀髪天パの糖尿は、今日死にまーす」って言われたからヨ。ラッキーアイテムで辛うじて命は助かる的な絶望運らしいアル」
「えぇー…そ、そんな深刻な結果だったんだ…」

結野アナなら陰陽師出身のお天気お姉さんで人気があるから知っているけれど、呆れ顔の二人曰く坂田さんは熱狂的なファンらしい。
それは良いけれども、ブラック占いって…見えないルビで坂田さんと読んでいるレベルじゃないだろうか。
私には格好良く凛々しい顔立ちで「期待せずにいけよ」と説教してくれるのが、そのラッキーアイテムと二人の話で全て台無しになるのが流石だと思う。
もう慣れてしまったから何も言わずに、何だかと一番先頭を歩いている様子に苦笑だけ返した。
多分、絶望運を覆す明るい占い結果を期待しているんだろうなぁ。
こんな会話をしながら向かう先は、かぶき町の中心から離れた郊外に位置する。
館の主も元々裕福なのか、結構な敷地の広さで大部分が私有の森になっていた。
異国風の大きな門を潜って、更に歩いてから大きな館が見えてくるほどだ。
門から館へ一本道の石造もオシャレでお金のかかった造りをしている。
周囲はよく手入れされた庭園になっており、綺麗に刈り揃えられた木々と植えられた色とりどりの派手な花が咲いている。綺麗ではあるが。全て豪勢過ぎるほど豪華な花ばかりであるから、館の主の趣味なのだと漠然と感じられた。
館の前にはお客を迎えるために待機している女性たちがいて、こちらへ向かって頭を下げてくれている。和服では無く、神楽ちゃんが着ているものに似ている異国の衣装で、スラッとした足が映えるスリットの入ったデザインだ。見るからに全員が美人なんだろうと思える中、端から「いらっしゃいませ、今日はようこそお出で下さいました」と顔が上げられていく。心なしかドキドキしていた私たちだったのだけど、最初の人と顔を合わせてビシリと固まってしまった。

「皆様をご案内しますヅラ子と申しま、ぼげッッ」
「何でてめーがいんだよ、コラ」
「ヅラ、お前ついに取ったアルか」
「何を!?じゃないィィ!神楽ちゃん真剣な顔で何言っちゃってんのォォ!」
「何ってアレしかねェだろ。股間に生えてるス〇イツリ、」
「ス〇イツリーに謝れェェエ!!」

その人の顔立ちは想像した通りの美人だったけど、明らかに男性であるのが驚いた理由…だ。
坂田さんが真っ先に顔面へ拳をめり込ませたために、美人だと判断できたのも一瞬。
後は、グリグリと音を立てて追い打ちをかける坂田さんに次いで新八くんと神楽ちゃんからも辛辣な言葉。新八くんのツッコミに同意しながら、とりあえずこの美人さんと坂田さんたちが知り合いなのは分かった。

「ヅラじゃない、ヅラ子だ!今の私は華麗なるマスター・コマモに仕えるレディーの一人よ!」
「てめーが変態だという事以外は何一つ分からねェよ」
「マスター・コマモって、今回の占い師の方だよね?この館の主の」
「はい、本名はコマ・モノコさん…オーゲェ星人という種族の天人らしいんですが」
「コマモノ…それに、オーゲェって…」
「何かあるアル?」
「う、ううん!何にも無いよッ何にも無い!アハハ…」

どうにも聞く単語の一つ一つに連想してしまうものが、失礼にあたるから思考から追いやる。
あくまで地球の、しかもこの国の文化でのイメージがたまたまマッチするだけだ…そうだ、と自分を叱る。
変態だ電波だと散々な言われ様をしている女装美人さんは、桂さんというのだと新八くんが教えてくれた。カツラ読みだからヅラと渾名されているのだとまで、神楽ちゃんが丁寧に補足してくれる。本人の髪自体は、どんな女性もハンカチを噛んで羨みそうなほどサラサラで艶やかな黒のロングだ。整った顔立ちと相まって、どこか気品ささえ感じさせるだろうに…何というか、これまでの会話で全てが残念な印象になっている。

「坂田さんと親しいのかな?」
「昔馴染みらしいですよ。銀さんは凄く嫌がりますけど、桂さんはよく絡んできますね」
「あぁ納得かも…でも、私には二人とも仲良さそうに見えるけどなぁ」
「誰が!!仲良くなんかねェよ!」
「聞こえてたみたいですね」
「余計な時だけ耳聡いネ」

言い合いの途中であっても、私にはしっかり否定の怒りを飛ばすタイミングもバッチリ。
かなりの怒鳴りだったけど、新八くんと神楽ちゃんの返しは非常にドライだ。
当の私もすっかり慣れていたので、いつもの苦笑で返した。
坂田さんが文句を言っても、桂さんも慣れっこのようで「何とでも言うがいい!」と開き直っている。それには疲れたらしく、最終的にこちらへ戻って来て、桂さんとは思いっきり距離を開ける事にしたらしい。横で苦い顔をしている坂田さんを宥めつつ、桂さんへ挨拶をした。

「初めまして。私、名無しの権兵衛でナナシと名乗っています」
(オイ、ついに躊躇無く笑顔で言い切れるようになったぞコイツ)
(人間、開き直りも大事ネ。見るヨ、あの吹っ切れた笑顔が輝いてるアル!)
(いやァッ!元は全部アンタらが原因でしょォォが!アンタらがテキトーな呼び名つけて後戻り出来ない状態にしたから、開き直るしか無いんですよッ!輝いてないですよッ哀愁漂ってますよ内心じゃ!)
「三人とも、何か?」
「「「いいえ、何にもありません」」」

含む会話が聞こえたような気がしたけど、気がしただけだと思う事にする。
自分だって、初対面でこんな自己紹介する人間と出会ったら「事故紹介?」って疑うよ。
でも私が思う以上に、呼び名が浸透して今更訂正して回るのも面倒になっているのだから仕方無い。その方が色々と楽だと、この人たちと過ごして、このかぶき町で生活するようになって私が学んだ一つだ。
もっとも、桂さんからは「えッ…大丈夫ですか?」的なドン引きも想定していたんだけども…。
真剣な表情で納得するような仕草と表情で普通に握手をされてしまった。

「ナナシ殿か!良い名ではないか、よく似合っている。俺は桂小太郎と申す。しがない浪人だか、よろしく頼もう」
「よく似合…ッ、ハハ…ありがとうございます…」
「どうした?人間笑顔が一番だぞっ」
「ハイィーッ!そもそもこの人は犯罪者ですから、お近づきにならない方が良いんですォ!ね!」
「そーそー、今日を最後に金輪際二度と縁無ェから!「じゃあ、来世で!」な返しでいけ!(んなんでダメージ受けてたら、この電波馬鹿に押されたままだぞっ!?)」

ナナシってお似合いですね的な言葉がグサリと刺さったのが、二人にも見えたみたいだ…。握手から引き剥がすようにして庇ってくれて、坂田さんもヒソヒソ声で多分励ましなんだろうね…。
とりあえず、桂さんという人がどれだけポジティブで手強い人なのかよく分かった。
坂田さんに両肩を掴まれて「しっかりしろォ!」とブンブンされる方も気分が辛いけど。
大丈夫だからと開放して貰って、本題を思い出して桂さん…改め、ヅラ子さんに案内をお願いした。私以外のテンションは既にマイナスまで暴落しているのはスルーでいこう、スルーで。
頼めば普通に中へと案内してくれるヅラ子さんを前に、私たちは館の豪華な長い廊下を歩いた。あっちが待合室で、そっちが応接室、こっちの奥が立ち入り禁止だとか、進む間も見える扉や曲がり角の方角で止まって簡単な説明をくれる。また、マスター・コマモの素晴らしい美談や評判も暗記しているように語って聞かせてくれた。

「占いというものは大きく三種類に分類されるが、マスターはトを専門とされているのだ」
「ト?」
「何だ、そんな事も知らないで占って貰おうと来たのか?武士たるもの、常に下準備を怠らず臨むべきだというに…相変わらず貴様が弛んでいるから、リーダーや新八くんにまで悪い影響を与えているんだぞ。聞いているか、銀時」
「何にも聞こえねーわ」

お説教も混ぜるヅラ子さんに、坂田さんは両耳を完全に両手でシャットアウトして顔を逸らしていた。普通なら続けて怒りそうなものだけど、ヅラ子さんは坂田さんを見ずに解説を続ける気らしい。何というか…二人の関係性は聞かないでも大体把握できると思ってしまった。

「命ト相の三種が占いの基本だ。命とは、生年月日、出生地、出生時間などの個人情報を基にして行われる手法だな…誕生日占い、星占いなどが代表的だ。トとは、カード、棒などの特定の道具を用いる手法だ」
「タロット占いとかですね」
「そうだ。最後の相とは、字の如く相手の人相や風体などの姿形から判断する手法だな」
「手相占いとかですか?」
「その通り、新八くんとナナシ殿は飲み込みが早いな。オーゲェ星人は元々、自身の気を愛用する道具へオーゲェソ〇ルさせて、他者のオーゲェに同調することで他者のまとう潜在的なオーゲェを思考化する事ができるのだ」
「あの、ちょっと待って下さい…さっきから繰り返してるオーゲェって…何なんですか?」
「我々の言葉で言う、気やオーラの事だな」
「あ、そうなんですか…な、なるほど…」

新八くんが間に挟まってくれたからつっこんでくれると思ったんだけど、オーゲェで納得してしまう。いや、違うんじゃないかな…最大のツッコミ要素はね…と眉間に指をあててしまうよ。「マスターは凄いのだぞ!普通なら憑依合体しかできないが、コーバク式オーゲェまで使えるのだ!」と豪語するヅラ子さん。これ以上語らせると危険な気がするので、この話題に関しては私も心の耳栓を用いる事にしたのだった。とりあえず、オーゲェ星人自体が他者のオーラを読み取るのに長けた天人だというのは理解しておく。
マスター・コマモは、その中でも相当強い力を持つ者で、他の天人たちの間でも一躍有名になり、最近急にこの地球へ降りてきて館を居とするようになったと。

「ヅラ子さんは何故ココでレディーをしているんですか?新八くんには攘夷志士だと聞いたんですけども」
「うむ…攘夷といっても過激派と穏健派の溝も深まっていてだな…派閥の違いで、最近は目に見えて小競り合いが続いた。勿論、穏健派の俺たちとしては、考え方は違えど同じ武士であり、無益な争いなどしたくない。過激派一派と和解の糸口は無いかと、情報を仕入れて辿り着いた先がマスターだったのだ」
「なるほど…」
「その間も、過激派を始めとした攻撃に真選組からの追跡もあって傷つき疲れ果てていた俺へ、マスターは救いの手と共に人生の働く喜びを教えて下さったのだ!」
「……ん?」
「導かれる素晴らしさ!未来への有り難い先見!生きる事がこんなにも素晴らしいのだと!こんな俺でも仕えるレディーの素質があるとまで仰って下さったのだから!」
「…あぁー…ハイ」

ヅラ子さんが何故ココにいるのか途中までは、とても分かりやすかったはずだ。
段々と雲行きが怪しくなった語りは、私たちへじゃなく天へ仰ぎ祈るようなキラキラに変わってしまって。生き生きとしているけど、この状況は最初に坂田さんが私へ注意してくれていた事例じゃないかと思う。

「カモ鍋アル」
「カルガモですね」
「二人とも…せめて、信じやすいってくらいにしてあげよう…?」
「救いようの無ェ馬鹿だからな、放っとけ」

酷い言い方なのに上手いフォローが見つからないのは、少し申し訳無かった。
前を堂々と歩くヅラ子さんに聞こえていないようなのが幸いだろう。
長い廊下を進んでいった奥には見える立派な両開きの扉があり、サイドに控えるレディーたちがお辞儀と共に開けてくれる。すぐに横脇へ移動してしまったので、通る時にしか見えなかったが、綺麗な人たちであったけど、ヅラ子さんと同じく女装した男性だ。じっと見ていたら、一人が眉を上げて不快そうに顔を伏せてしまった。
そこには単に見られたからというようなものではなく、通り過ぎた背後からでも突き刺すような鋭さが向けられていて気になる。しかし、部屋へ入ると同時に重い音と共に閉じられた。

「万事屋ご一行様ですね、マダムから伺っています。ようこそ、わたくしの占い館へ」

部屋があるのだと思われた扉の先は、実際には外に面する広いテラスで。
森と水音のする背を後ろに、こちらを歓迎するのは地球人と変わらない姿の綺麗な女性。
違いと言えば額に窪みがある所くらいだろう…ニコリと微笑むだけで優雅さが伝わるほどの美人さんだ。
女性、マスター・コマモの他にも数名の人たちがいて、他のお客さんだろうなと察せられた。
男女違いはあれど全員が十代から二十代と思えるので、今回は年若い人たちが集められたのかとも思う。座っている彼らは何故か膝の上に洗面器?のような…洗面器にしか見えないけど、物を持っている。あれが占いに使う道具なんだろうかと、不思議に思ったのは私だけじゃなくて三人も同じだったみたい。
すぐに「あぁ」とポンと両手を前へ合わせて笑うマスター・コマモが説明してくれる。

「皆様が持ってらっしゃるのは、わたくしが同調するために使用するアイテム、ゲェヴォジャ盤ですわ」
「ゲェヴォ…って、いや、あのソレって」
「日々生きる中で心には淀みやわだかまりが溜り、オーゲェを濁らしてしまうのです。ですから、まずはこの大自然に委ね、身を清める事で浄化されたオーゲェに戻って初めてわたくしと同調する事ができる…」
「いやソレ、とどのつまりゲロですよね」
「内に溜まった全てを吐き出して見えるものがあるのです」
「だからソレ、結局ただのゲロで…」

崇高な事を語っていて、とても神々しい光がどこからか発生しているけど…坂田さんと新八くんのツッコミとの温度差が浮き彫り。しかし、洗面…ゲェヴォジャ盤を持っているお客はマスター・コマモの説明と共に一斉に顔を下へ向けて…後は、もう。
音にですら表現できないので、鳥のさえずりと水のせせらぎが流れている事にしておく…。
いえ、敢えて表現するならば、マスター・コマモを中央に左右一列にお客が一斉にマー〇イオンしている状態だろう。「ッ!」と片手で鼻と口を押えた私や坂田さんは辛うじて顔をしかめるくらいで済んだけれども、両脇に立っていた新八くんと神楽ちゃんは間に合わなかった。「ううッ…」と顔を蒼くして、いつの間にか準備していたのかヅラ子さんから洗面…ゲェヴォジャ盤を引ったくって一緒にマー〇イオン。
そんな地獄絵図な状況なのに、マスター・コマモは感激してますといった状態で拍手してきた。

「あぁっ素晴らしいです!お若いお二人は、もうオーゲェを吐き出す才を開花されたのですね!」
「いやコレ、完全に貰いゲロだろ!オイオイ、ふざけてんですか!?俺たちゃ占って貰うのが目的であって、公開ゲロしに来たんじゃねーんだよ!こりゃ一体どういう詐欺だ!」
「詐欺?わたくしの占いを偽りと言うんですか?」
「!」

フッとマスター・コマモが笑った瞬間、空気が変わったのを感じて咄嗟に後ろを振り返る。
瞬間、開いた扉から刀を構えた侍たちが押し入って私たちを取り囲んできた。
見るからに攘夷浪士だろう、彼らの中にいる顔に見覚えがあった。

「さっき扉を開けていたレディーの…!」
「ハッ!…コレが本性って訳か?大ゲロだのゲボジャだの言われるより、よっぽど分かりやすいじゃねーか」
「偽りは貴方たちでしょう…?穏健派と言いながら、真選組の女をスパイに同志を売った裏切り者たち…」
「はぁ?そりゃ何の話…っ、なるほどな…」

ブツブツと呟いているマスター・コマモは、私たちを憎々し気に見ているのに視点が定まっていない。それも気になったけれど、何かを察したように横目を向けた坂田さんの探す人物がいつの間にかいなくなっていた。ヅラ子さん…と考え、コマモの語る真選組、スパイ、裏切り、そして穏健派と過激派という言葉で私も状況を繋ぎ合わせる。
寄ってくる浪士たちに対して身構えれば、私の前へと腕が伸ばされて制される形になった。

「坂田さん」
「どういった事情か詮索はしねェが、身に覚えのねェ喧嘩を売るってんなら喜んで買ってやるぜ。だが俺ァ占い師様と違って優しくねェ…吐かせるのはゲロだけじゃ済まねェと思えよ!」
「!!」

踏み込みの速さが風を起こし、浪士たちが反応する前に既に木刀が斬撃を生んでいた。
多勢に躊躇すら無く、口端を上げたまま数人を吹っ飛ばし、蹴り上げて伸していく。
強い、と単純な一言が心を占めるほどに目が離せずにいるほど。
こんなに強い人だったのかと握った拳が震えるのも自分で分かっていた。
荒々しい捌きに型は読めず、それでも確実に敵を討ち取って沈めていく。
気がつけば、浪士の積み上がる山の中に立つ背が、私へ横顔を向けて目を合わせる。
ほんの一瞬…私を瞳に映して薄っすらと口端が上げられたような、そんな数秒。
すぐに向きを変えてコマモの前を塞ぐ残りの浪士たちへ木刀を振り上げていった。
このままいけば残りを蹴散らしてコマモまで刃が届くはずだ、と。
そう、私でさえ思っていた刹那に、ドサリと前へ投げ出された姿に目を見開いた。

「新八くん、神楽ちゃん!!」
「ッ」

乱雑に投げ押された二人が地に伏せて、そこから垂れる赤いもの。
背筋が泡立った時、木刀を振り上げている坂田さんの背から発せられたものなのだと感じ取って。それから、木刀を外向きに握り直した手の構えに叫んでしまっていた。

「坂田さんッ駄目!!」

何が駄目なのか、自分でも細かに意識はしていなかった。
振るわれる木刀の先と、振り上げる坂田さんの背と、倒れ伏している二人の姿が頭を占めて声になる。届いたのか分からない状況は、私の耳を掠めたもので更に悲劇になる。
風を切る黒いものを目で追った時、鈍く肉を貫く音と飛び散る鮮血が宙に舞った。

「さッ…!」

幾つもの黒い飛び道具が体のあちこちに突き刺さり、浪士たちの直前で止まる身体。
その身体へ追い打ちをかけるように、正面から容赦ない刃が振り下されて。
白いテラスが真っ赤に染まり上がって、よろめく身体がスローにさえ見えた。
声に、ならない。
どうしたら良いかなんて考えも浮かばず、ただその姿だけに身体が大きく動いていた。
無我夢中で前へ一直線に駆けて、よろめく身体へ両手を。
周囲が動こうとするのすら全て目に入らない中、噛んだ口に血がにじんだ。
途端に、視界がいきなり真っ白に染まって本当に何も見えなくなる。

「何だッ!?煙!?」
「どうなっている!?何も見えんぞ!?」

熱い煙の合間から人の声が響いたけれど、何も見えなくっても確かに触れていたから迷わない。
走って飛びつくほどの反動は、伸ばした両腕と触れる温もりの重みと共によろめいて重力に沿った。支えを失って落ちる下から聞こえる大きな水音に、腕へ力を込めて瞳を閉じた。

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