- ナノ -




第3章-1


「突撃!お宅の晩御飯アル!」
「へっ!?」

と、素っ頓狂な声で持っている買い物カゴを落としそうになってしまったのは、数分前に遡る。
夕方までかかってしまった仕事を終えて、今日の夕飯はどうしようかと道を歩いて。
どうせ独りなのだから外で済ませてしまうという手もあるけど、通りかかった横のノボリが目に入ったのだ。『晩御飯タイムセール!』と書かれた布が揺らめき、いつもより人だかりができている大きなスーパー。
この界隈では一番の品揃えを誇る大江戸マートの前で止まった足は、自動ドアへ向いた。買い物カゴを持って向かう最初の先は、勿論、セールコーナーだ。既に品を物色している主婦たちの間を潜って、空いている所から食品を見ていく。
安く手に入るほど嬉しいではあるが、わざわざ掴み合いや取り合いをしてまで獲得をする気は無いから。今晩のおかずが見つかれば嬉しいくらいの気持ちで目を走らせる。
それと野菜もどうしようかな…って考えている時に、いきなりドン!と衝撃を受けて。振り返った所で目に飛び込んだのは、鼻先に突きつけられたシャモジと神楽ちゃんの姿。
これまた突然の出会いと言われた台詞の意味が分からなくて、出てきた一声が素っ頓狂なものになってしまっているに至るのだけど。そういう訳で、パチパチと瞬いて神楽ちゃんを見ている私が反応する前に、後ろからバタバタと駆け寄って来たのは新八くんだった。

「コラァー!神楽ちゃんッ、シャモジ返さなきゃ駄目でしょーがァァ!」
「今日の晩御飯は何でスカー?お邪魔してよろしーネ?」
「えー、えーっと…何かのテレビの真似かな?」
「こんな感じだったヨ。ヨ〇スケの図々しさが足りないアルか?」
「番組が古ィんだよ。せめて地デジ対応のチャンネルで見やがれ」
「あ」

トン!と音を立てて、神楽ちゃんの頭の上へ落とされたのは坂田さん手刀だった。
落されたと言っても以前のゲンコツと違って、とても優しいものだったから神楽ちゃんもビックリしたのが大きかったみたいだ。怒るよりは隙を突くのが狙いだったみたいで、その手には奪い取ったらしいシャモジ。というか、そもそも何故にシャモジなんだろう。
私の疑問が通じたように、こちらを見た坂田さんが面倒くさそうにシャモジで右を示した。

「あっちで米の試食やってんだよ。それをコイツが勝手に奪ってったんだ。いきなり何だと思ったがよ」
「納得しましたよ、貴女がいたからだったんですね」
「入り口で見掛けたのに間違いなかったアル!私の目は誤魔化されないネ」
「いや、誤魔化すつもりも全く無かったんだけど…それより、三人とも買い物に来ていたんだね。まさかこんな場所でも会えるなんて思わなかったよ」
「本当に偶然が重なりますね!あ、そうです。セールの折り込みを見て来たんですけど、貴女もですか?」
「ううん。私はたまたま近くを通りかかった時に、ノボリが目に入ったから」

新八くんがチラシを見せてくれたので、一緒に覗き込む。生鮮食品だけじゃなくてお店の商品全体が大々的にセールになっているんだとチラシで分かった。近くにあったコーナーだけだと思っていたから、これは意外で驚いてしまった。「チラシじゃないと細かい内容は分かりませんからね…」と、苦笑する新八くんがフォローしてくれる。
なら、他も見ようか迷ってしまうなぁと考えつつ、坂田さんの持っているカゴを見た。並んでいるのは食材が大部分…それから、先ほどの神楽ちゃんの言葉を思い出す。

「じゃあ、目的は晩御飯の食材なんだ?私と同じだね」
「はい。こないだの収入が良かったので、今日は奮発しても良いんじゃないかって。ですよね、銀さん!」
「たまには構わねェだろ。ただし、セール限定で」
「どこまでケチくさいんですか…まぁ、こんな感じで条件つきですが。貴女は、そのー…」
「独り飯だろ」
「ちょっとォォ!アンタ、もう少しオブラートに包めないんですかッッ!」
「なら、冷やご飯ですかァ〜。年頃の女が自分の分だけ飯作って食べるたァ想像するだけで寂しいこった」

鼻をほじりながら私へ哀れだというオーラを隠さない坂田さんには、新八くんの叱責は通じていない。ハッと薄っすら笑いまで向けられて…更に「銀さん!!」と新八くんの声がキツくなるけど。
私としては、アハハと苦笑を浮かべるしかなくて。代わりに神楽ちゃんが割って入ってきた。

「新八の言う通りアル。ナナシだって愛人の一人や二人、手の中で転がしてるヨ!」
「愛人って…せめて、彼氏とか良い人でしょ…ですよね?」
「いねェよ」

間髪入れずの断言だった。私へ向けられていた新八くんの言葉が、スパッと両断されたように言い切りで遮られてしまって。あまりの強い言い方だったので、聞き間違いかと思ってしまった。新八くんと同時に坂田さんを見てしまったけど、真顔の坂田さんが一歩近づいて、同じ言葉を繰り返す。
そこまで言い切られるほど、私って寂しい存在と思われているのかと悲しくはなるけど。何故に距離を縮めたのか…どうしたって圧を感じざるを得なくて、困って浮かべた表情でも坂田さんの態度は変わらず。新八くんが間に割り込む形で庇ってくれて、少しホッとする。

「いやいやッ、何でアンタが断言してんですか!」
「いねェだろ。いる訳ねェよな?」
「えっ…は、はい。いないですけど…」
「ほとんど誘導尋問ッ!!」

新八くんのいる間隔が私と坂田さんの距離だったんだけど、新八くんを押しのけた神楽ちゃんが迫る感じになって私も身を後ろにやや反り返る形になってしまった。

「本当にいないアルか!?」
「最近まで生活に慣れるのがやっとだったし、そんな相手を作る余裕なんて無かったから…ご、ごめんね」
「貴女が謝る必要ありませんよ!デリカシーの無いこの人たちが悪いんです、すみません。神楽ちゃんもこれ以上ナナシさんを困らせない!」

不満そうな神楽ちゃんに、もう一度小さく謝ったら仕方無さそうだったけど、意外にもあっさり引いてくれた。

「じゃあ、私も買い物しなきゃいけないから。また会った時にゆっくり話そうか」

ちょうど話題も区切りになったし、歩く人たちの視線も気になったのでお別れを切り出す。割と長く話していたようで、壁の時計も目に入って気になっていたから。だから良かったと思って、新八くんと神楽ちゃんが頷いて返してくれると思っていた。
のに、坂田さんがいきなり「またじゃなくて今で良いじゃねーか」と言い出したのには驚いてしまった。

「どうせ独りなら、ウチで一緒に食ってけや。その方が楽だろ」

確かにと思って、否定できないでいてしまう。けれども、それは迷惑じゃないかと思って考え込んでいる間に新八くんと神楽ちゃんの反応が早かった。

「…銀さん、アンタ」
「…銀ちゃん」
「何なんですか、その目は。何か文句あるんですか」

二人のジト目を受けて、ピクリと肩が揺らされたのは少し動揺したのかもしれない。
負けじと坂田さんが言い返すけど、私にはやっぱり少し焦ってみえるのがおかしかった。
やり取りを見ていると、短い無言と何かを問い詰めるような視線に坂田さんの方が徐々に焦り汗が出る。対して、やっぱりと言いたげな問いが確信して指差しになった。

「上手いように言って、今日の食事当番をナナシさんに押しつけて楽しようってんでしょう!」
「バレバレヨ!観念するネ!」
「そっちかよッッ!」

突き詰めに即答のツッコミと落とされる肩。てっきり開き直ると思っていたのは二人も同じだったようで、私と一緒に目を丸くする。脱力していた態度はすぐに直って、深い溜息が吐かれた。

「他にもあるんですか?」
「何もねーよ…ハァ…そーですぅ〜、銀さんの負担も減ってお得になりますからァ。おめーが飯作って一緒に食っていきやがれ。もう決定な〜オラ、寄越せ」
「あっ」
「ヒャッホーイ!ナナシも一緒アル!」
「やっぱりでしたか、まったく…ホントにすみません。でも正直、僕もそうしてくれたら嬉しいんですけど…どうでしょう?僕も支度しますから!」
「ナナシがするなら、私もやるネ」

申し訳無さそうに確認はしてくれる新八くんだけど、私のカゴは没収されてしまって坂田さんの手の中で。三人から向けられる視線には肯定を待つ期待しかないから、私が返せる答えなんて決まっているものだ。
それでも、嫌どころか、湧くのは彼らと出会ってから変わらない気持ちなんだと思えた。
自然と緩む頬と共に、漏らした声と表情は笑みになっているんだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて…ご一緒させて貰えませんかっ?」
「「どうぞ!」」

頷いてくれた二人と改めて嬉しくなって、また笑い合ってしまう。
それから、坂田さんを見た時に気がついて一瞬笑みを止める。
私を凝視する表情が…また珍しいと思える、あの表情だったからだ。
でも一瞬だけで、目が合うや否やすぐに唸るような難しいものに変わった。
顎下へ手をあてて、うむむ…と聞こえそうな態度には新八くんと神楽ちゃんも不思議そうにする。二人も同じように思っているなら、やっぱり坂田さんらしく無いんだろう。

「どーしたアルか?変なモノでも食べて腹下すネ?」
「酔いが気持ち悪くなったんですか?あれほど昼間からは止めた方が良いって言ったじゃないですか」
「違ぇーよ。アレ見てただけだ、アレ。という訳で、今晩のメインは餃子でーす」
「はぁ!?あ、特売のポスター…いつの間に!さすが銀さん、目ざとさは人一倍ですね…」
「本体付属の負け惜しみにしか聞こえねェなァ〜」
「諦めるヨ。メガネ(本体)の無い新八は銀ちゃんの視力には敵わないアル」
「誰がメガネかァア!!何度も言いますけど、僕が!本体ですから!!本体ですからねッナナシさん!」
「!?、う、うん?そうだね…とりあえず、餃子見てみようか?」

放って置くと、どんどん話が逸れてしまいそうだったのでポスターを示す。まだ怒っている新八くんを神楽ちゃんが更にからかっていたけど、当の坂田さんは既に引いていた。横顔から先ほどの雰囲気は感じないから、話を逸らすのが目的だったんじゃないかなと思うけど。
言わないでいた方が良いかもしれないと口には出さずにいる事にする。
代わりに、じっと見ていた視線が合って、お互いに僅かな沈黙があった。

「…無ェよな。やっぱ無ェわ」
「?」

凝視に近い視線が、上から下を交互に移動してマジマジと見られた後の呟き。
以前、甘味処でされた品定めの既視感だけれど、それより真剣なのには私も疑問しか浮かばなかった。どう返して良いか分からずにいたのは、坂田さんも期待していなかったんだろう。呟きの後に一つ頷いてから顔を逸らしたから、自己完結で終わったみたい。こちらとしたら不完全燃焼なのだけれど…本当に何かあったのかな?
しばらく視線を向けたけれど、結局、買い物中に坂田さんが私の視線に応える事は無かった。



買い物を済ませてから万事屋へお邪魔して早々に台所をお借りした。
出会って最初の夜に一度使用させて貰ったので、勝手は大体分かるので作業も早い。
手伝ってくれると張り切る神楽ちゃんに材料や調味料を渡して入れるタイミングを教えたり、新八くんに汁物を先に作って貰ったりして、台所での作業は久しぶりに賑やかに過ごせた。
いつもより時間は掛かってしまうけれども、その分、料理の品数も出来も、調理をする楽しさも段違いで。「おおっ!」と二人が目を輝かせるほどには、万事屋では珍しい豪華な夕食になったとの話だ。
準備を終えてから飲み物を運びつつ居間へ戻ってくると、既に三人とも席に座ってハシを構えている。料理を見てウズウズしているのに手を出しておらず、全員で私を見て、何をしているんだと訴えていた。それに苦笑しつつ、空いている坂田さんの隣へ「隣、失礼しますね」と言ってから声を掛ける。
手前に置かれているハシを手に持ち、綺麗に両手を前で合わせる動作をすれば、「!」と三人も反応して同じ動きをしてくれた。
目配せをしてから、一緒に台詞を紡ぐ。「いただきます」と、四つの声が綺麗に重なった。
それからは、以前の食事風景と同じで想像しやすい。
日頃の質素な食生活のせいか、豪華であればあるほど我先にとサバイバルになるのが暗黙の了解らしく、真っ先に美味しいおかずの取り合い。「私のアル!」、「てめッ、それは俺のだ!」、「いいえ、僕のです!」の応酬がしばらく続く。ようやく落ちつく頃には、ほとんどのお皿の白い部分が見えているという状態な訳だ。
私は残った部分を皿に入れてゆっくりと口へ運んで味わった。
彼らを見ているだけで緩む表情のまま食事をしていたのだけど、さすがに気づかれてしまったらしい。おかずの争奪戦を終えたのもあって、一斉に見られてしまって思わずハシを口にあてたまま固まる。ハシをテーブルへ置いてから視線を下へ向ける…でも、顔に集まる熱は誤魔化せないとは思った。
案の定、こちらを見ている神楽ちゃんのニヤニヤとした笑いと新八くんも小さく笑んでいた。

「今のバッチリ見たヨ!恥ずかしかったアルな!?」
「神楽ちゃん、誰だって不意突かれたら、ああなるでしょ…すみません、でも貴女がそんな顔するのがとても珍しいなって思っちゃってつい…」
「私だって焦ったりするよ?」

そんな顔、というのが恥ずかしくて焦っての目逸らしを言うんだろう。
珍しい事なんて無いと答えたら、二人の反応はやっぱり意外そうだった。

「いつも余裕というか、肝が据わって…いえ、落ち着いている雰囲気なので…」
「私とそよちゃんを助けてくれた時も、ごっさ強くて格好良かったネ!」
「あぁ、そう言えば神楽ちゃんたちを助けてくれた事もありましたね。それに、一番初めの沖田さんとの一騎打ちも凄かったですよ」
「そうかな?…ああいう時は感覚で動いているようなものだから…でも、神楽ちゃんたちを助けられたのは良かったと思うよ」

純粋に褒めてくれているのだろうけど、笑いは曖昧になりがちだ。
剣を交えたり、誰かと戦うというのには正直、好感も嫌悪も沸かない。
怖いといった怯えも、躊躇といった戸惑いも無いのは、自分自身でも普通では無いと思うけれども。それよりも、実際に戦わなければならない場面でいつも思う感情が大事なのでないかと最近は考えるようになっている。何故戦えるのか…ではなく、何だから戦う…という感情と感覚。
記憶という自分の色が無い私にとって、きっとそれが『私』の欠片じゃないかと。
そう、思うようにしているんだ。

「…良いんじゃねーの。おめーらしくってよ」

私の考えに答えるみたいに言葉を発したのは坂田さんだった。
顔を向ければ、興味無さそうに残りのおかずをハシで物色している。
宙を動いていたハシは餃子の上で止まって、一つを掴み上げた。

「考えるより感情で動くっつうイノシシ思考は基本、考えなしの馬鹿がやるもんだが、お前のは違ェだろ。ドタマから股間まで真っ直ぐ貫いてるもんがあって、それがテメーの直感で、それがお前なんだ的な」
「銀さん。言いたい事は分かりますけど、もっと他の言い方…」
「なんか卑猥アル」
「うるせッ!人の話は最後まで黙って聞きなさい!…だからよォ、一本譲れねぇ芯ってやつだ」

チッと舌打ちして言い直しながら、餃子を食べる瞳が私を映す。
思えば、買い物の時に逸らされて以来じゃないだろうかと、じっと見つめてしまった。
すると、ほんの僅かに目が見張ったように感じられる刹那だった気がする。
すぐに死んだ魚の目になって、ハシと共に向けられた緩い笑みに今度は私が目を開いた。

「テメーの魂なんだろ。お前はソレで良いんだっつってんだよ…俺ァ悪くねェと思うね」

一瞬、静寂が落ちて坂田さんへ視線が集中する。それから、向けていたハシと自身の台詞を改めて意識し直したのか、急に苦い顔でハシが下げられる。先ほどの笑みはどこへやらで、もう機嫌が悪そうな…面白くなさそうな表情だ。てっきり恥ずかしいと思われたのかもしれない。
けれど、新八くんと神楽ちゃんは純粋に驚いたのだと思う。
少なくとも私は、坂田さんの台詞がとても胸に染みて熱くなれるものがあるから。
自然に表情を緩めて、三人を見やってから口を開いた。

「ありがとう」

紡げるのは、ありきたりで飾り立てもしない一言だけで。
もっと別の言葉をとも考えたけれど、結局、幾度と浮かぶのはこの言葉だったので精一杯心を込めて紡いで形にする。「!」と反応した新八くんと神楽ちゃんも笑い返してくれて、坂田さんがまた目を合わせてくれた。それだけで、何度だって言えるし、私は私でいられる気がすると強く思う。
間を置いて、「それに…」と続けてテーブルを見た。

「今日、また貴方たちと一緒にご飯を食べられて…独りじゃなくて、本当に楽しかったし、嬉しかったんです…だから、それも含めてありがとうって言わせて下さい」
「そんな事…!むしろ僕らの方が言いたいですよ!」
「礼なんざいらねーよ」
「銀さん…!」

いらないとあからさまに振られた手へ、新八くんが咎める声を向けたんだけど。
こちらへ横目を向けてくれる坂田さんの雰囲気が優しいから、逆に私は笑みが増す。
次に私へ言ってくれた続きは、やっぱり優しかった。

「どうしても礼がしてェんなら、また食いに来い。おめーなら歓迎してやるよ…ただし、食事当番つきな」
「いや、それアンタが楽したいだけでしょーが!」
「うっせ!働かざる者食うべからずだろ!坂田家のルールなんだよッ」
「私もナナシのご飯美味しいから好きヨ!一緒に食べたいネ!だから、これからも一緒ネ!」
「あーぁ、もう!ぼ、僕も!同じなのでッその、迷惑じゃなければ…!」

何だかかんだと言い合いしつつも、最終的には一斉に私を見てくれて。
息を飲みそうな凝視を受けて、私も首をゆっくりと動かして頷き返した。

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