- ナノ -




第2章-2


その一夜の後、私が三人と顔を合わせたのは数日が経ってからだった。
万事屋の電話で新八くんから連絡があり、せっかくだからと私が場所を伝えて会う約束をした。
天気も晴れていて、気温も暑過ぎるという訳でもなく過ごしやすい。
お客さんにお釣りを渡してから見送った後、テーブルの後片付けをしていたらお店の扉が開く音がした。

「いらっしゃいませ。…と、こんにちは」
「こんにちは!わっ、本当に働いているんですね!」
「遥々来てやったヨー!」
「神楽ちゃんも来てくれてありがとう」

元気良く入って来た神楽ちゃんに新八くんが横に押されちゃっていたけれど。
最後に入って来た坂田さんが扉を閉めてから、こちらを見てきた。
「何だ、そんな格好もすんのか」と言ってきたから、苦笑で返してしまった。

「銀さん、その言い方じゃ失礼ですよ」
「いや、珍しいのは間違ってないから。私も仕事だから着てるだけだよ」

身につけているのは、花を散りばめた薄染の小袖であり、後ろを向いて背中部分を見えるようにする。大きく彩られているのが店の紋なのだと一目で分かるだろう。
こじんまりとしているが、江戸初期から続く老舗の甘味処であるココの売りの一つだ。

「よく似合ってますよ!ひょっとして看板娘ですか?」
「無ェ無ェ。看板娘にしちゃ色気が足らねェな、もしくは華。そんなレベルじゃ銀さんは満足しませんよ」
「いや誰もアンタの理想聞いてねーよ。だから、果てしなく失礼だって言ってんでしょォォが!」
「私、お腹ペコペコヨ
「あ、うん。新八くんも良いから。坂田さんは間違ってないし、私も気にしてないし」

上から下まできっちり観察されて自信満々に評されたら仕方無い。
確かに普通に女性に向かって言うんなら失礼だと思われちゃうだろうけど、この人の場合は単に好みの理想語りが大きい。
ペラペラと始まりそうなウンチクが新八くんの怒りで遮られて、ちょうど良かったから三人を席へ案内した。
新八くんはまだ不満そうだったけど、こっちがお手拭きを渡したりお茶を出せば意識は別へ。
だって放っておいたら、二人が好き勝手に注文しちゃうものね。
お見通しでメニューを取り上げたのには拍手してしまった。
そうしたら、二人から不満そうな視線を向けられている。

「オイ、客がメニュー取られたっつーのに何で店員が褒めてんだよッ!」
「そーネ!酷いアル!」
「焦らしてんのか?焦らしてたってなァ出せるモンなんて無ェぞ!?」

この人たちの金欠は、もはや正々堂々の域じゃないだろうか。
坂田さんに凄まれたけど、言っている事に微塵も圧力が無いですよと心の中だけでツッコミを入れておく。
誰でも空腹時は思考が狭くなるものだけれど、これでは私が彼らに意地悪しているようだ。
一から説明しなきゃ駄目かなと思っていたら、代わりに新八くんが庇ってくれた。

「今回は特別メニューを試食するから、代金は四分の一にまけて貰えるって最初に話したじゃないですか!これもナナシさんが紹介してくれたからですよ!?少しは感謝出来ないんですか、まったく!」
「特別メニューだと?なら最初から言いなさいよぉ〜待っててやるから早く持って来なさい」
「飛びっきり美味しく山盛りでナ」
「どこまで偉そうかァ!!」

バン!とテーブル叩いて怒りのツッコミが炸裂してるけど、ブルジョアモードの二人に効果は薄そうだ。
いつ見てもバランスの取れているやり取りだよなぁと、笑いを零してしまったら三人から見られてしまった。

「…そ、そこでどうして静かになっちゃうのかな?」

聞き返したら、三人揃って曰く、私のツボが分からない、だそうだ。
そこは「失礼しちゃうよ!」としっかり怒りを主張しておく。
会話を交わしながらも、身体はしっかり動いていて厨房から大皿に盛った本日の品を持ってきているんだ。
お待たせしましたと見せれば、「おおぉ!」と新八くんと神楽ちゃんの瞳が輝いた。

「お饅頭ですか!?こんなに沢山…!良いんですか!?」
「うん、新作の味がこっち…こっちが従来のもので、古くからお店の売りなんだって。味比べをして感想を聞かせて貰えたら…」
「ヒャッホー!私たちに任せるネ!」
「あぁあ!?神楽ちゃんッ先にズルイって、僕だって頂きますよ!」
「え、うん…ど、どうぞ」

先発は神楽ちゃんで既に口いっぱいに頬張られている速さと言ったら…ハムスターもビックリな状態だ。あまりに驚いてしまったので説明も途中で止まって、新八くんも真っ先にお饅頭を頬張り始めてしまった。
確かに神楽ちゃんの食べるスピードは凄いけど、そんなに慌てなくてもと思う。
まるで早食い競争のようで、口元を引きつらせるしかない。
それから、伸びている四つの手を見てから気がついた先へ顔を向けた。
あと二つ、本来なら真っ先に伸びていそうな両手が伸びていないから。
目に入れた姿は、お饅頭を一口食べてから止まっているようだった。
かじったお饅頭へ向けられている瞳と表情に私自身も瞬いて見つめてしまう。
時間にして数秒くらいだったと思うが、動いた視線が私と交差した。

「お饅頭、美味しくなかったですか?」
「…いや、普通に悪くねェと思っただけだ」
「良かったです。そのお饅頭、従来の味なんですけど…最初にお登勢さんに教えて貰ったんです。昔からお登勢さんもよく買われるそうですよ。亡くなった旦那さんがお好きだったそうで、お参りには必ず買って持っていくんだって仰ってました」
「へェ、ババアがねェ…」

私がこのお店で働くと話をしたのは偶然だったけれど、喜んでくれたお登勢さんが最初に教えてくれたのが、このお饅頭だった。だから話してみたのだけれど、坂田さんの態度は淡泊なもので、続いた返しも一見冷たいようだった。

「毎回、律儀なこった。いくら供えようが、死人は饅頭なんざ食いやしねェのにな」
「…そうですね」

一気にモグモグと噛んでいる姿に相槌だけを返して、この話題は自然と終わるものになる。
でも、食べられたお饅頭が口の中へ入る前に、坂田さんの手の中で何度か転がされたんだ。
新作へ手を伸ばして食べるや否や、「美味ェじゃねーか!」と感想がすぐに紡がれた。
機嫌良く食べる様子は先ほどの雰囲気が無かったように思えるくらいだけれども。

「今日は万事屋の仕事の帰りなんだよね」
「はい。お庭の草刈だったんですけど、依頼人の屋敷が大きくて…広さが半端無くて大変でした…」
「でも頑張って全部抜いてやったネ。綺麗さっぱり見晴らし良くしたアル」
「おめーは余計な木まで引き抜いただけだろ、面倒な手間増やしやがって。依頼人の羽振りが良かっただけがマシだったが、とにかく疲れる依頼だったぜ…」
「蒸し暑くは無いけど日差しが強いのには変わりないですものね…お疲れ様でした」

お店へ入ってきた時も思っていたけれど、いつも以上に疲れる依頼内容だったみたいだ。
けれど、これで今月は赤字スレスレで済みそうだという新八くんの言葉から頑張るのに見合ったようだし。
何だか私も安心して笑ったら、私はどうなんだと聞かれる。
咄嗟に少しだけ考えてしまって出た答えは、変わりない、だった。

「生活にも仕事にも慣れてきたけど、私については相変わらずだなぁ…」
「全く手掛かりつかめないネ?」
「今でも日替わりで三つくらい仕事を掛け持ちしているんだけどね。駄目元で最初に聞いてみるけど、やっぱり駄目だねぇ…」
「そんな簡単に見つかるなら、奴ら(真選組)に頼る必要もねェわな」
「土方さんたちからも連絡無かったんですね…」
「何か分かったら連絡くれるって事になってるから、今のところ無いのが答えかなって」

お饅頭の大部分を食べ終えて満足そうにお茶をすする三人の言葉に返事を返す。
空になったお皿を重ねながら、聞いてくれる彼らに事態が進展していないのを話すのは申し訳ない気持ちもあった。けれど、自分自身で焦りがあるかと思うと、実はそうでもない。

「お登勢さんも話してくれていたように、まずは地道に探していくよ」
「僕らも何か分かったら、すぐに連絡しますね」
「かぶき町の女王に不可能は無いヨ、安心して任せるアル!」
「二人とも、ありがとう」

気遣いと励ましが心に染み入って、元気を分けて貰ってるみたいだ。
「元気なこった」って、坂田さんは使い終えた爪楊枝を口で遊ばせているけど。
急須でお茶を注ぎ足し終えると、扉が開いて新たなお客さんの来訪を告げる風鈴が鳴った。
三人に会釈してから表の方へ向かって、入り口で「いらっしゃいませ」と出迎える。
新たなお客さんは若い女性と、もう一人は帯刀している武士の出で立ちの若い人だ。
服装は男性だけれど、中性的な雰囲気だから一見、男性か女性か判断がつかない。
でも、見た瞬間に多分、女性じゃないかなと思った。

「二名様でよろしいでしょうか。お席にご希望は御座いますか?」
「ごめんなさい、今日はお客として来たんじゃないんです。以前、こちらのお店が募集しているっていうのを口コミで聞いたので、持ち寄ってみたんです。ね、九ちゃん?」
「急な来訪ですまない。店主に話を伺えないだろうか」
「例の募集のお話ですね、かしこまりました。店主に伺いますので、どうぞ店内でお待ちになって下さい」

女性の方が抱えている包みで話が分かって、二人を中へと案内する。
話に出てきた募集の口コミというのは、以前から店主さんが主婦や若い女性たちの間に広めている甘味作りについてだ。
もっとお菓子に触れて欲しいという意向で、女性たちが作った甘味を持ち寄って貰って、店主さんが試食をしたりアドバイスをするという内容であり、その評判の良さから密かに人気で話題になっているというもの。
彼女たちも自作の甘味を持ち寄ってくれたのだろう、入り口に近い席を示したら、奥に座っていた坂田さんたちが彼女たちを見るなり目を開いて驚いた。

「あっ姉上と九兵衛さん!?」
「あら、新ちゃんじゃない。こんな所で会えるなんて偶然ね」
「君たちも持ち寄りに来たのか?」
「何の話アルか?」

どうやら着物の女性の方は新八くんのお姉さんだったみたいだ。
凄く驚いているけど、二人の問いに万事屋三人は首を傾げて不思議がっている。
それで、私が間に入って説明を加えたら、聞いてる途中で三人の顔色が真っ青になった。
いきなりどうしたんだろう?と今度は私が首を傾げてしまったのに新八くんが大慌てで耳打ちしてくれる。

(ややや止めた方が良いですッ!絶対止めた方が、いえッ止めて下さい!死人が出ますよ!)
(死人!?な、何でそんな話になるの!?)
(姉上の料理は殺人級なんです!卵焼きでさえ一瞬で可哀想な卵になってしまうくらい酷いん、)
「ぐばぇああ!??」
「!?」

必死な小声は途切れて、机の裏に頭をぶつけて沈み込んでいる新八くんの哀れな姿が。
見事なくらい顔にお盆がめり込んで…(あれ、私がお茶運ぶのに使っていた…)。
引きつった顔を直せないまま、お姉さんの方に顔を向けたら綺麗なフォームのままだった。
ゆっくり手を下ろしてから、ニッコリと効果音が聞こえる微笑みが余計に身体を震わせる。

「やだ、ごめんなさい。つい手が滑ってしまいました…それで、これが今回食べて貰いたいお団子なんです。九ちゃんと一緒に作った力作なんですよ」
「は、はい…」

つい、と言っている時点で意図的なのだろうが、直感がつっこんではいけないと言っている。
その証拠に、坂田さんと神楽ちゃんも私と全く同じ状況で固まっているもの。
聞かずに開けられた箱の中身を見た瞬間、私も顔を蒼くしてしまった。
想像を絶する黒さなんだもの、コレが。

「ま…真っ黒ですね…」
「イカスミ味なんです」
「と、とこどころ、色が変わるんですね…」
「焼き加減が良いんだと思うわ」

ね?、と隣の九兵衛さんという若武者に笑顔で聞いて、返ってくるのは力強い肯定ってどういう事だろう。
イカスミというか、コレはもう消し炭の塊…いや、謎の変色とオーラを発している時点で別の高度な次元のダークなマターというんじゃないだろうか。せっかく持ち寄ってくれたのは有難いけれど、コレを店主さんに見せて試食して貰う訳にはいかない。
でないと翌日からお店が営業中止になるのは間違いない。
どうにかしなければ…!と、考えあぐねていた時に横から坂田さんがいきなり机を叩いた。
身を乗り出して叫んだ内容が、直球抗議なのには私も目を丸くしてしまう。

「いつものダークマターじゃねェェか!冗談じゃねェぞ、こんなモン出された日にゃココは終わりだっつーの!食うまでもねーよッ持って帰りやがれ!」
「…あ?いつもと違うか、食べてから判断せいやァァオラァア!!」
「ぐぶぅッッ!?」
「わあああーッ坂田さんんん!!」
「きちんと食えやァァ!!」
「ストップ、ストップですゥゥ!!」

目が光ったと思ったら、黒団子(?)を掴み上げて坂田さんの口目掛けて突っ込むまで光速で。
涙目だった坂田さんの顔が一瞬にして変わって白目になってしまった。慌ててお姉さんを後ろから引っ張って止めたけれど、動いた喉が飲み込んでしまったのを教えてくれて。
声にならない叫びを上げた坂田さんが机に撃沈したのに、私まで涙が出そうになった。

「ふふふ…私はコレを食べないと死ぬんダ…私はコレを食べないと死ぬんダ…」
「神楽ちゃんってば、そんなに嬉しがらなくっても良いのに」
「いや、よく聞いて下さい!神楽ちゃん、死の呪文唱えてるみたいになってますから!!」
「せっかくだ、僕も食べて良いかな。お妙ちゃん」
「勿論よ、沢山あるから皆で先に試食しちゃっても大丈夫よ」

頬を染めて喜ぶ九兵衛さんは完全にお姉さんの味方でしかない。
生き残っているのは私と神楽ちゃんだけで、神楽ちゃんは既に自棄になっているし…!
今度こそどうすれば…!と、思って後ろへ下がった時だった。
いきなりテーブル下からニュッと出てきた人がいて、心臓が飛び出るくらい驚いてしまう。

「待ったァ!お妙さんの愛情こもったお菓子を味わうのは、この勲だけだ!!」
「局長さんッ!?」
「あァ!?このゴリラがッ…こんな所まで性懲りもなくストーカーしてやがったんかァァ!!」
「ぼぐぁあッ、し、しかし負けませんん!負けませんよォお妙さん!この団子は俺のものだァァー!!」
「あ」
「ま、待てーー!!」

飛び出た局長さんをお姉さんが殴ったけど、怯まない局長さんが黒団子の箱をゲット。
扉の方へ抱えて逃走していく姿といったら…本当に警察なんだろうかと疑いたくなるほどだったけど。怒りで叫びながら追いかけていくお姉さんと、後から続いていく九兵衛さんまで出て行ってしまって。
残された静けさの落ちる店内で、しばしば呆然とするしかなかった。
ま、まるで嵐のようだった…。
何はともあれ、私たちの命に、店主さんとお店の命運の危機は去ったみたいだ。
まだブツブツと自己暗示している神楽ちゃんへ大丈夫と声を掛けて、白目を向いている新八くんと坂田さんを回復させるまで大忙しだった。
その間に新たなお客さんが来なかったのは不幸中の幸いだっただろう。
午後も大分過ぎようという時間帯になって、外へ出る三人を見送るために一緒に表へ出る。

「姉上が迷惑を掛けてしまってすみませんでした!次は無いように言っておきますので…!」
「無いって言い切れるアルか?」
「……多分」

目を激しく泳がせて逸らす汗が凄い新八くん、無理しなくて良いよ。
お盆剛速球で沈められたのを目にしてしまったら、こちらの方が申し訳なくなるから…!
また思い出したらしく、ズーン…と火の玉を背負って歩き出す新八くんを神楽ちゃんがからかっている。
その後ろを、溜息をついて続こうとする坂田さんを最後に呼び止めた。かったるそうにしている姿が振り向いて、何だ?と言いたいのが顔に出ているのは笑ってしまうけど。

「坂田さん。あ」
「あ?…っ!む、おめっ何入れッ…!?、甘ェ…っ?」

あ、と発音する口を開いた状態の自分を指差して示してみせる。
人間っていう生き物は、指で示されちゃったら反射で動いちゃう事が多いものだ。同じ動きで開いた口に目標を定めたら後は手を近づけて、持っているものを口へポーンとするだけ。放り込む感じだったので、最初は驚きから抗議が上がりそうだったのが口内に広がった味で変わる。
甘い味が濃くなるから何か分かったらしくて、そのまま舐めているようだったので一安心。
眉を上げてこちらを見るので頷いた。

「イチゴ味です。最近見つけたオススメの飴ですよ?疲れた時に舐めると元気が出るんです」
「美味ェのは分かるが、いきなり放り込むんじゃねーよ。喉につっかえるトコだったろうが」
「一応、加減したので大丈夫かなって。あの時のお礼です」
「礼?俺ァ何もしてねーぞ」
「新八くんのお姉さんのお団子の時、助けてくれたじゃないですか」
「アレか?おめーの為にしたんじゃねェっての」
「でも助かりましたし、嬉しかったから。だからお礼ですっ」

はにかみ方が変だったかもしれない…見ている坂田さんが打って変わって返事が無くなってしまった。前にも見た事があるけど、呆れるとこういう表情をする人なのかもしれない。
多分、次は仕方無さそうに無造作に髪をかく…ほら、当たりだった。

「…っんとに、物好きだよな。おめーは」
「それと、もう一つ…私は律儀だって良いと思いますよ」
「?、またいきなり何を…。!、ババアの饅頭か?」
「はい。確かに亡くなった方はお饅頭を食べる事はできないですけど、供える事で伝わる何かがあるんだと信じてます。その方が嬉しいものじゃないですか?」
「…俺に聞かれたって分からねーよ」
「じゃあ、嬉しいものだと思います!」
「へーへー、もう勝手に言ってろや。付き合ってらんねェよ、まったく」

今度こそ言葉でハッキリ呆れられてしまったけど、その表情に薄っすらと笑みが零された事が何よりだ。

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