- ナノ -




第2章-1


光陰矢のごとし、とはよく言うものだ。
万事屋へお世話になって翌日、真選組から連絡があって申請が下りたと教えて貰えた。役所へ赴いての手続きは、思っていたよりもスムーズに行えたのは彼らのお陰だろう。
登録と書類発行を終えて、仮の身分証を手にして、ようやく自分という存在が公的になったようだった。身元が分かるまでの一時的なものでしか無いけれど、有るのと無いのとでは雲泥の差だ。
最低限の住居を提供されて、役所が斡旋しているサービスへ登録されるから仕事もできる。
多くは日雇いや期間限定のバイトで職種は選べないが、幅広く働けて自分の手掛かりを探す手段にもなると思えば頑張れる。
そうやって、住居に移って生活環境を整えて、日中は仕事を始めてしまったら、時間なんて飛ぶように過ぎていく。まさに、光陰矢のごとし、なのだった。
ようやく自分の暮らしのリズムを形作れるようになった時、振り返ってみれば二週間近くが経過していた。

「今日は、もう上がって大丈夫だよー!いやぁ、よく働いてくれて助かるよ、ありがとうね!」
「いえ、こちらこそ雇って頂いてありがとうございます。じゃあ、お先に失礼しますね」

労いを向けてくれた店長さんへ返事をしてから、ユニフォームから私服へ着替えるために後ろへ下がる。
お店の後ろにある事務所内部の一部が、ロッカーを設置している更衣室を兼ねていた。
脱いだユニフォームをハンガーへかけて、下着の上へインナーとワイシャツに袖を通した。
下は黒いズボンだから、とても動きやすいシンプルな格好になる。
普通の女性なら着物でいる事が多いし、道を歩けば視線を向けられる事も少なくない。
着物を買うお金が無いという訳ではなく、ありがたい事に「お古で悪いけど、良かったら使いな」と、お登勢さんが譲ってくれた物もある。けれど、仕事柄で着用はしても、やっぱり普段着は、この服装になっていた。
実は、下の黒いズボンは私が初めに着ていたものだから、どうしても無くしたくなかったのだ。
上は真選組の隊服と見られるから着られないし、刀は預かられてしまったので仕方が無い。
そうなっていくと、必然的に私に残された数少ない手掛かりになる服装だから、気持ち的に変えたくなかったという理由だ。
服が変わったから自分の手掛かりが得られるとは思っておらず、結局は自分のこだわりだ。
それに、何かあった時は着物より身軽で動きやすく、結果として気に入っていた。

「ねぇ、見た?大通りでの真選組と岡っ引」
「見た見た。何か慌ただしかったよねぇ…大きな事件でもあったのかなぁ?」
「さぁ…ニュースでは何も報道されて無かったけど。あ、でもアレは見たよ!見どころスポット特集!」
「ホント!?前に話したトコやってたでしょうー!?」

笑い合う女の子たちの話が耳に入ったのは、真選組という単語を聞いたからだったけど。
話題はすぐに移ってしまって、ニュースのスポット特集になっていた。
具体的な内容は聞こえないまま、彼女たちとすれ違って歩いて行く。
スポット特集か、と思考が移って、今朝見たニュースを思い返した。
季節に応じた江戸の町での厳選された名所スポットが紹介されているのだが、テレビで見ただけでも非常に綺麗だったのを覚えている。
機会があれば足を向けてみたいなぁと思いつつ帰路につこうとしていた足は、いきなり目の前に飛び出してきた影で止まってしまった。
「わっ」と、上がる声が重なって合った目でビックリしてしまう。

「ナナシさん!?」
「新八くん!?」
「見つけたか、新八っ!って、オメーは」
「と、坂田さんまで」

互いに驚いて動かない短い間に、後ろから駆けてきた坂田さんとも顔を合わせる。
この通りに出てくる建物の間の細い路地を通ってきたのだろう。
飛び出してくるまで全然気がつかなかった、本当に偶然の出会いだった。
最初にお世話になって以来だったから、とても久しぶりな気がした。
「お久しぶりです」と挨拶をしたが、二人の返事は曖昧でソワソワと落ち着きが無く周囲を見回していた。
それで不思議に思って気がついた。
彼らと、あと一人いるはずの存在が一緒にいない事を。

「今日は神楽ちゃんは一緒じゃないんですか?」
「!…その神楽を探してんだよ」
「ちょっとややこしい事に…いえ、何でも無いです!ナナシさんは見かけませんでしたかっ!?」
「神楽ちゃんを?えーっと…」

答えようとして、咄嗟に上げた視線の向こうにハッとなってしまった。
二人が出てきた後ろの方にも分かり辛い小道があって、ちょうど視線を上げた時に一瞬だけ見えたものがあったんだ。
見覚えがある部分だったから言葉が止まってしまっていると、焦っているも二人の意識が集中してくる。
見間違いかもと思ったが、見えなくなったソレがまたチラリと見えたために間違いではないと思い直す。
少し迷った後で、決めてから笑いを返した。

「見てない、かな。残念ながら…」
「そうですか…あの、もし見かけたら一緒にいる女の子にッ、あっ多分女の子と一緒にいると思うので、大変な事になってますから、すぐに戻るように伝えて貰えないでしょうかっ」
「うん、分かったよ。女の子と一緒にいるんだね、会ったら二人に伝えるよ」
「…悪ィが、頼むわ。あと、俺らにも連絡してくれや」
「分かりました。前に貰った名刺の連絡先で良いですか?」
「おう」

私の答えを聞いて新八くんは残念そうに肩を落としたけど、伝言は受け取った。
反対に坂田さんの言葉に間があったのが気になったけど、表情から考えは読みとれないし。
「それじゃ!また改めてゆっくりお話しましょう!」とも、言ってくれて反対方向へ走って行ってしまう。
話していたのが数分しか経っていないと思うと、本当に早くて風のような慌ただしさだった。
彼らの姿が完全に見えなくなってから、ふと息を吐いて向きを変える。
歩いていって、一つ向こうの小道の角で立ち止まると、見えている部分がピクリと揺れた。

「どうして坂田さんと新八くんから逃げてるのかな?」
「…!」

バッと大きく振り向いた神楽ちゃんの髪飾りが揺れて私を見上げる。
後ろの方には、驚いた顔で口元を手で押さえている可愛らしい女の子がいた。
神楽ちゃんと同じ年くらいだと思う、中々見られない綺麗な着物を着ている。
見上げてくる神楽ちゃんの表情は、出会った時とは違って、私へと警戒を向けていて女の子を後ろに庇っているように見えた。

「どうして銀ちゃんたちに言わなかったアルか」
「多分、そうした方が良いと思ったからかな」

いざ面と向かって言われてしまうと、自分でも明確な理由は思い浮かばない。
ただ、近くに隠れている神楽ちゃんを見つけてしまった時、咄嗟に浮かんだ想いの選択だった。
アハハと空笑いで返すと、面食らったらしい神楽ちゃんに「つまり勘アルか…何も考えてないネ」と呆れられてしまったけど。
肩の力を抜いたらしい神楽ちゃんから厳しい態度が消えて、出会った時のものになったのが嬉しいから気にしない。やり取りを見ていた女の子もホッと息を吐いて、私へ近づいてくれた。

「あの、先ほどは黙っていて下さってありがとうございました…!私たち、とても助かりました」
「ごめんネ、そよちゃん。私がヘマしたから、銀ちゃんたちにまで追いかけられる羽目になってしまったヨ」
「ううん、神楽ちゃんのせいじゃないわ。その人は神楽ちゃんのお知り合い?」
「最近知り合った奴ネ。名無しの権兵衛の名無しアル」
「まぁ、ナナシさんと仰るんですね。変わったお名前ですね」
「いや、本当の名前じゃなくて呼び名です、呼び名!(その紹介は、もう定着しちゃってるんだね…!)」

そりゃあ、登録されちゃった身分証にも、働く先々にいる皆さんにも「ナナシ」で通っちゃってるけれど。
やっぱり、まだ言いようの無い感覚が抜けずに心の中でホロリと涙を流すしかなかった。
そんな私の事情を「記憶喪失で迷子ネ」と一言で説明終えられてしまった。
神楽ちゃんの思い切りは、結構な尊敬の域だと思う。

「それで、二人はどうして逃げているのかな?」
「それは、実は…」
「そよちゃん!」
「あ、神楽ちゃん…」

話そうとしてくれたらしい女の子、そよちゃんの言葉は途中で神楽ちゃんに遮られる。
「ナナシには言う必要無いアル」と、きっぱり言い切られてしまった。
それには苦笑いするしかない…予想は出来ていたけれどね。
だって、坂田さんたちからですら逃げている時点で私に話す事は無いだろう。
私も何も言わないから会話が止まってしまって、中途半端な沈黙が落ちる。
いわゆる気まずいというものになってしまうから、どうするかなと考えようと思う。
でも、その前にやる事があるから瞳を細めて振り返った。

「二人がどんな事情でいるのかは分からないけど、まずは余計な露を払わないといけないね」
「!?、コイツら…!」
「はわぁッ…か、囲まれていたんですかっ!?」

私が口にしたからだろう、小道の前と後ろにあった光が影によって遮られる。
幾つもの足音と共に帯刀した男たちが道を塞いでしまったのだ。
いかにもガラの悪そうな連中であって、お上から許されて刀を持っているとは思えない風体。
コイツらが攘夷を掲げる浪人たちなんだろう。
浪人の一人が「こんな所で出会えるたァ、願ったりかなったりだぜ」と笑う。

「幕府の犬どもより先に手に入れられりゃあ、こっちのモンだ」

狙いは神楽ちゃんとそよちゃんで間違いない。
舌なめずりで下品に笑う男たちに、二人が身を固くした。
緊迫する神楽ちゃんが番傘を手に構えるけど、そよちゃんを庇うので隙ができている。
余裕をかましている男が「さぁ、観念しなガキども」と笑って、足を踏み出してきた。

「!…あ?女、何のつもりだ」
「行動の通りですが」
「ハッ、まさかガキどもを庇うつもりか?一人で俺たちを相手にするつもりかネーチャンよォ!そりゃ無謀ってもんだぜ!」

あちこちから上がる彼らの笑い声に混じって、息を飲んだ神楽ちゃんの声が聞こえた。
それでも後ろを向かずに、男と対峙したままでいた。
態度を崩すつもりはないし、必要も無いと分かっている。
何より、最初に浮かんだ感情から決まっていたから、かえって落ち着いているくらいだった。
その態度が気に入らなかったらしく、馬鹿にしていた笑いだったのに、男が眉を上げて声を低くした。

「オイオイ、マジみてェだな。俺たちも舐められたもんだ」
「……」
「いいか、よーく覚えとけよ。ネーチャン、無謀な事すると、痛い目みるってなァ!!」
「!、危ない!」
「ナナシ!」

後ろから上がる二人の声と共に、正面から男が拳を振り上げている。
瞬く間も、しっかりとこちら目がけて風を切る拳がどこを狙っているのか見えているから。
動かした身体を前へやって、こちらも握った拳を突きやった。
「ぐ!」と呻きと一緒に響く鈍い音で、向かっていた拳は腹部を押さえる結果になる。
震える男は前のめりになって、すぐに身を屈めて崩れ落ちる。
見通しが良くなった前は、こちらをギョッとした表情で見ている浪士たちがよく見えた。

「無謀な事なんかじゃないですよ。だって、私は最初から貴方たち全員倒すつもりですから」

泡を吹いて意識を失っている足元の男から奪い取った刀に括りつけられていた紐を口に咥えつつ、ゆっくり言い放ってやる。
片手で鞘を固定して、咥えて引っ張る紐を軸に片手で鍔と鞘に巻きつけて固定していく。
しっかりと結び終えた所で、周囲の殺気は私自身に注がれていた。
刀と鞘が一体になって引き抜けないのを確認してから、準備が整う。
顔を上げれば、「ッこのアマァア!」と抜刀してきた数人が向かってきていた。

「神楽ちゃん」
「!」
「大丈夫」

どうすれば良いか、何が大丈夫なのかは口にする余裕は無い。
一斉に向かってくる輩を前にして、私が浮かべられたのは笑みと、その一言だった。
目を開いた神楽ちゃんが、驚きからしっかりとした顔立ちで見返してくれたので十分だ。
後は、あまり意識にしていない。
向かってくる浪士たちを全員叩きのめせば、残った数人は逃げ帰ってしまったから。
ものの数十分もかからなかっただろう。
尻尾を巻いて逃げ帰った奴らを見送り、気絶している浪士たちの足元で手をパンパンとして埃を払う。
そしたら、そよちゃんをずっと護っていた神楽ちゃんが番傘を肩にのせた。

「お前、中々やるアルな!」
「そう?大した事じゃないよ。それより、怪我はしていない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました!」
「礼は言ってやるネ。助かったヨ」
「うん、良かった」

気持ちのままに、笑い返して。
二人は顔を見合わせて、神楽ちゃんが私の手を掴んで言った。

「よし、決めたアル!お前も一緒に来るネ!」
「え?」

どこへ、と聞こうとしたが、そよちゃんと一緒に私の手をとって既に駆け足。
小道を小走りで抜けて行くために、声に出して聞くのは止めてしまった。
二人の意識は私には無く、駆けて行く先の夕日が沈み始めて群青色に染まりつつあった。

人通りの少ない道を選んで、走って、曲がって、下って、走って。
さすがに息も荒くなって一休みを入れて、また走るのを再開。
それを繰り返して、道も登りになった頃に見えてきた場所に「!」となった。
大きく広がった雑木林でよく判断できないが、町中にある大江戸公園じゃないだろうか。
迷わず歩いて行くのに連れられて、あたりを見回すが、すっかり暗くなったために薄暗い森の中のようだ。
木々の合間から町中の灯りが見えるから、真っ暗では無いのが救いだろう。
そんな状況でも二人は怖がる事なく、むしろ足は速くなっている感じがして。
どんどん奥へと進んでいった後、耳に新たな音を拾った。
サラサラと流れる綺麗な音…水の音だ。
川が近くにあるのだと思い、大江戸公園、と思い返してハッとなった。
仕事終わり、すれ違った女の子たちは何の会話をしていたのかを。

「着いたアル」
「わぁ…っ」

開けた視界に飛び込んだ光景、そよちゃんの感嘆に尽きるものだ。
本当に、ただただ綺麗という呟きしか出てこなかった。
暗い夜の空間で、川のせせらぎの中を飛び交う仄かな金色の光。
点滅を繰り返して色の濃淡を変えるホタルの群れが飛び交っていた。

「…ナツヨボタル。光の濃淡が変わる事で有名だけど、その光は夏の数夜しか見られない上に、限られた地域にしか生息しないから、中々見られないっていう珍しいホタルだったね」

その数えるほどの夜ですら予測し辛く、遭遇できるのは幸運だと言われている絶景の一つ。
神楽ちゃんが頷いて静かに口を開いた。

「たまたま聞いたヨ、今夜がソレだって。今年は今夜が最後だって…だから、どうしても見たかったアル」
「そよちゃんと、だね」
「知ってるアルか?」
「テレビで見たよ。女の子たちにだけ効果があるっていう、おまじないだっけ?友だちと見られると、ずっと仲良しでいられるって」
「そうアル」

だから、坂田さんたちには内緒にしないといけなかったんだろう。

「…ごめんなさい。私も神楽ちゃんから聞いて、どうしても一緒に見たかったんです。大変な事になると分かっていたんですけど…でも」
「そよちゃんは悪くないヨ!私がっ!」
「思い出」
「「!」」

お互いに落ち込みそうだったから挟んだ一言が注意を引けたみたい。
振り向いた二人に、自然と笑いが柔らかくなった気がした。

「良いんじゃないかな。大切な友だちとの、今だけ作れる大切な思い出。色々大変な事もあるだろうけど、今日作れた思い出が残る事が一番大事だと思うよ」
「ナナシさん…」
「…お前、馬鹿アルな」

そう笑ってくれた神楽ちゃんの声は明るくて優しい。

「でも、私はお前みたいな馬鹿は嫌いじゃないアル」
「!、私も好きですよっ」

私たちを見比べていたそよちゃんも笑ってくれて、私と神楽ちゃんも笑いを交わした。
それから、川のせせらぎの上を舞う夏夜の光をしばらく一緒に眺めていた。
随分と時間が経って月が輝く頃に、二人に声を掛けて元来た道を戻る事になって。
闇に目が慣れてきたとは言え、転ばないように慎重に気遣いながら雑木林を抜けた。
視界に町の灯りが見えてきた頃、ココが大江戸公園の裏側にあたるのだと分かった。
出入口まで出て来た所で神楽ちゃんの表情が引きつったのは、待っていた人がいたからだ。

「夜遊びは楽しかったですかァ?不良娘ども」
「何で銀ちゃんがいるアルか!?」
「何でだァ?人を散々振り回して言う台詞がソレか!てめーのワガママで姫さんまで巻き込みやがって!」
「痛ッ〜〜ッぅぅ」

痛そうな音で落とされたゲンコツに、神楽ちゃんが涙目になるのは可哀想だけれど。
苦笑を浮かべていたら、ご立腹な坂田さんの矛先が私に向いた。

「アンタもアンタだ、見つけたら連絡を寄越せっつったろうが。おかげでこっちは一日駆け回る羽目になったんだぜ…ったく。新八なんざ汚職警官どもの説明に追われてっしよォ」
「アハハ…ごめんなさい。でも、二人も分かってますから、これ以上は二人を怒らないであげて下さい」
「んな訳にいくかよ。大体、アンタはコイツの仕出かした事の大きさを分かってねェから言えんだ。いいか、このガ…お嬢さんはなァ、こう見えて列記とした姫様なんだぞっ?」
「そうですか」
「そうなんです〜…ってオイィィイ!?驚けよォォリアクション薄すぎだろうが!!嘘じゃねェぞ!?汚ねェハ〇ジとランランしてるが、マジモンだからなァァ!!」
「汚いハ〇ジって、どういう意味アルか」

見事に私の調子に合わせてノリツッコミな坂田さんも、新八くんに負けずツッコミの才能があるんじゃないだろうか。詰め寄られて怒られるけど、その顔を見返してから頷いた。

「分かってますよ、坂田さんは嘘なんてついてないって」
「!」
「そよちゃんは江戸城にお住まいのお姫様なんですよね、信じてます。でも、それ以前に、私にはそよちゃんがどんな存在か分かりましたから驚かないんですよ」

神楽ちゃんとそよちゃんへ顔を向けて、こちらを見ている二人へ笑った。

「神楽ちゃんの大切な友だち。ですよね?」
「んなッ」
「!、そーネ!そーアル!!」
「はいっ!!」

勢いよく頷いてくれた二人と、引きつり顔の坂田さん。
ワナワナと震えていたけれど、ガックリと肩を落として「開き直ってんじゃねーよ…」と私へ漏らした。
怒りが呆れを通り越してしまったらしい…そう言えば、神楽ちゃんにもこんな顔されたなぁ。
仕方ないと思いつつ、目の前にいる坂田さんへそっと顔を近づけて耳打ちするように小声で話し掛けた。

(それに、大丈夫だって思ってたので心配しなかったんですよ。だって、坂田さん…ずっと見守ってくれていたでしょう)
(ッ!?、おまッ気づ!?)
(はい。だから、お相子って事にして下さい。ね?)

ヒソヒソと小声の話し掛けを止めれば、慌てていた坂田さんがガシガシと髪をかく。
路地で別れた時から坂田さんだけは気づいていて、ずっと付いてきてくれていたんだ。
浪士たちに囲まれてピンチだった時も、公園まで辿り着くまでの道のりも。
何だかんだとずっと見守ってくれていたのを、私は知っている。
それを言わずにココまで待ってくれていたんだから、坂田さんの人柄も知れた。
とっても不器用だけど、とっても優しくて温かい人だ。
この人だから神楽ちゃんと新八くんは一緒にいるんだと改めて思えた。

(…仕方ねェな、銀さんは優しいからな。今回はお相子って事にしてやります)
(私は坂田さんの、その優しい所好きですよ)
(!?)

本当にそう思えたから、自然に言葉にした感情だった。
口に出せば、更にスッキリした心地で内緒話はお終いと離れて神楽ちゃんとそよちゃんを見た。
楽しそうにしている二人と出会えて今日は良い日だった。
急に黙り込んでしまった坂田さんだけれど、きっと同じ風に感じてくれているだろう。

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