- ナノ -




通ずる想いから

※「君だけに許す熱」後日談

朝早く、その違和感に先に気がついたのは意外にも坂本だった。
皆が鍛錬やら身支度やらとそれぞれ忙しなく動く中、既に身支度を済ませた銀時が離れた位置に座っているのが目に入った。
欠伸を噛み殺して眠たそうにする様子はいつもの事だが、普段ならば誰よりも身支度が遅いはず。

「のう、金時!御前が一番乗りとは珍しい朝もあるもんじゃ!」
「あ?んだよ、辰馬か…こっちはまだ眠ィんだって。朝からデケェ声出すんじゃねーよ…あと、銀時だっつってんだろうが」
「何を言うがか、こんな朝こそテンション上げていくぜよ!アハハハ!」

高笑いで返す坂本をウザそうに見た銀時は相手をするのも嫌なのか、頭をかきながら歩き去ろうと立ち上がった。
しかしその足は、離れの角を曲がって歩いてくる面々を目にして止まる。
坂本も視線を向ければ、高杉と名前だと分かった。
その中で、キョロキョロと周囲を見回していた名前がこちらに気がつく。

「!、おはよう!銀さん、坂本さんも」
「おう、はよ」
「おはよう、名前!今日も元気じゃのう」

走り寄ってきた名前へ自然と手を伸ばそうと坂本が近づくと、グイッと先に名前の身体が逆に離れる。

「?、銀さん、いきなりどうしたの!?」
「何って分かりきった事聞くのか?名前ちゃん充電してるだけだって」
「…金時、御前」

後ろから名前を抱き込んで、坂本に見せつけるように堪能する銀時。
名前は赤面してバタバタと抵抗するが、ガッチリとホールドで離さないあたり本気の力らしい。

「いやコレは違っ!ちょっ、どこ触ってッ擦り寄らないで!」
「あー柔らけーわ、ずっと抱き込んでた、ッぐぅばッ!」
「名前を離せ、この変態が」
「晋助!」

すっかり油断している銀時の頭に鞘つきの刀を脳天に振り下ろして名前を助け出したのは額に青筋を浮かべてブチギレる高杉で。
この時ばかりは天の助けだと喜ぶ名前を背にやると、痛む頭を摩りながら「あぁん!?」とメンチを切る銀時との間で火花が散る。

「誰が変態だコノヤロー。羨ましいからって邪魔すんじゃねーっつの。アレ?それとも高杉くんは背丈だけじゃなくて度量も小さいんでしたっけェ」
「ハッ、遊郭行き損ねたからって名前にちょっかいかけてうさ晴らす野郎よりは小さかねェがな。そうだからモテねーんだろ、てめェは」
「残念でしたー。行き損ねたんじゃありませーん、行かなかったんですゥー!一晩中、名前ちゃんが可愛く相手してくれたし?もう遊女なんて目じゃねっーての」
「っ!?ちょっとォォ銀さ、!?」
「!銀時ッてめェ…」

銀時のとんでも暴露に名前だけでなく坂本まで驚くが、高杉は声を低くして怒った。

「名前に手出しやがったのか!ココで叩っ斬ってやるッ」
「全部負け惜しみにしか聞こえないわ、残念だったな高杉!名前は俺のモンになったんですー、これから何しても俺だけは許されるんだぜ」
「安心しろ、俺がてめェを殺すから今後は無効だ」
「おおっ!やっぱり金時は名前を遂にモノにしたんか!どうじゃった!?ピーとかピーはしたんじゃろな!」
「当たり前だろーが。勿論、ピーにピーで、名前が善がるからそっから一気にピーしたに決まって…」

高杉と胸ぐらを掴みあって怒鳴り合う仲に坂本が参戦してしまったので話がズレる。

朝早く起きていた銀時が、実は誰よりも朝が早い名前と一緒にいたからだと分かれば納得がいく。
身支度がきちんとされていたのも名前が手伝ったからだろう。

坂本が遠慮なく放送禁止用語を連発するものだから、つられて銀時と高杉まで応じてしまい気がつけば、何故かテクの話になっていた。

その間、集まってきた仲間たちが何だ何だと会話を拾いにやって来る。
名前は隅で両手で顔を覆って俯いていた。

「何だ、どうしたって?銀時さんが高杉さんの女を寝とった?」
「え、それってこないだの遊郭の娘か?とびきりの美人だったよなァ。でも昨夜は一緒に行かなかったんじゃ…」
「いやいや、坂本さんの話だと違うってよ!女に飢えた銀時さんが名前さんに手出そうとして高杉さんに返り討ちに…」
「修羅場じゃないか、マジか!!」

人が集まって、会話が勝手にされていけば話に尾ひれがついていくは必然。
訂正を入れる役もツッコミも不在、ブレーキ役の名前も空気と化している事から話はどんどん逸れていき。

「皆、どうしたというのだ。朝から騒々しい、武士たる者は如何なる時も動じず心静かにあらねばならんぞ」

遅れて到着した桂の堂々とした一声で、ようやくざわついていた声が静まった。
その間も、いつの間にか抜刀からのチャンバラにまで発展していた銀時と高杉は刀を交えたままキレ顔で振り返る。
囲んで野次を飛ばしていた志士の1人が、桂に高らかに告げた。

「銀時さんと高杉さんが名前さんを賭けて決闘する事になったらしいです!」
「「いや、違うッッ」」
「違うぜよ、金時がモテないのを高杉のせいにして喧嘩ふっかけちゃき」
「それも違ェェ!俺の方が断然コイツよりモテんに決まってんだろーがッ!」
「ふざけんじゃねェ!毎回、俺に指名負けしてるヤツが嘘ぶくな!」
「お前たち…朝から何という話題で熱くなっておるのだ…」

呆れ顔を向ける桂さんの横に、いつの間にやら弓を装備している名前が立っていた。
音もなく弓につがえられた矢と、構える姿勢に桂へちゃんと視線を向けていた志士たちの顔色が失せる。
ギリギリと弦を鳴らせた名前の表情は無。

ガッッ!!

「ッ!??」
「危ねッ…っ!?」

刀を合わせる銀時と高杉の、間をかするように風を切った矢。
ガツリとすぐ後ろの塀に突き刺さり、2人は引きつり顔で動きを止める。
ゆっくりと顔を向ければ、3本という恐ろしい数をつがえる名前が見れた。

「次は、終わらせるよ?」

氷のような声色が響いて、野次を飛ばしていた志士たちが一斉に口を閉ざす。
中には迫力負けして、「申し訳御座いませんでした」と土下座する者までいた。
桂も坂本も、「目がマジだ(じゃ)」と拍車をかけたため、銀時と高杉は刀を離さざる得なかった。

(終わらせるって何!?)
(俺たちの寿命かッ!?)

2人の心中は聞こえるはずもなく、名前のマジギレによる力尽くな鎮静によって一先ずは話は落ち着く事になったのだった。

そうして珍しく戦もない穏やかな日を過ごし、日の暮れた夜空に星が光る。
下弦を描く月を眺めながら、屋根の上に座る名前に近づいたのは銀時だ。

「こんなトコにいたのか。名前…、おーい、名前ちゃん?…え、無視?」
「……」
「名前ちゃーん。名前ー…まだ今朝の事怒ってんの?結局、うやむやになったんだから良いだろーが」

頭をかきながら溜息をつく銀時に名前はようやく顔を上げて振り返る。
眉を吊り上げて怒る仕草さえ、銀時にとっては愛しくて仕方なく見えたが。

「良くない…抜刀までして本気で斬り合って、お互いに怪我でもしたらどうするつもりだったの」
「んなヘマなんざしねーよ。…え、何。もしかしてソレで怒ってたのか」
「そうだけど、他に何が?」
「あぁ、そう。いや、別に何でもねー…(ソレって俺が心配で堪んなかったって言ってるんだって気づけバカヤロー!)」

額に手をあてて横を向いてしまった銀時を訝しんでいると、グイッと引き寄せらた。
肩へ回された腕で胸の中へ抱き寄せらろたのだと分かり、素直に身を委ねる。

「とにかくアレだ…お前はこの先もずっと俺が守っから、俺だけ見てりゃいーの」
「…私、思い出したけど昔から銀さんばっかり見ていたよ?」
「だからよォ、『ばっかり』じゃねェ」

『だけ』だ、と告げた言葉は顔を上げた名前と重なる事で闇夜に消えた。
何度も繰り返しキスを交わして、互いの存在を確かめるように。
そのまま屋根の上に名前の身を倒して、唇を離し額をつけ合って笑った。

「うん、銀さんしか見えないと思う」
「余所見なんてさせねーから安心しろ」

笑い合う2人が屋根で寝そべってじゃれ合う中、下のハシゴの側にいる存在には気がつかない。

「ようやくくっついて、わしらも安心じゃのうヅラ!これで見ててヤキモキする事も無くなるき」
「ヅラじゃない桂だ。安心は出来んぞ坂本、何たって胸焼けは警戒せねばならんし虫除けも怠れん。しかし、名前が幸せなのが一番だ」
「さすが同門はよう分かっちゅうのう…って、高杉はどうしたんじゃ?」
「…知らん。が、放っておいた方が良い」

腕組みで番をする桂の閉口に坂本は珍しく空を仰いで呟いた。

「よう分かる同門の出も大変じゃのう」

その夜、鬼兵隊の面々でも高杉を見かける事は出来なかったらしい。
どこでどうしていたかは、桂と銀時のみが知る所なのだろう。

[ 2/62 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]