- ナノ -




気がつけば探してる


松陽の穏やかな声が響く松下村塾の授業。
大半が真剣に授業を受ける中、縁側に近い一番後ろに座っている銀時は大あくびをしながら目を擦った。
近頃は秋も深まり、涼しく過ごしやすい気候が続いているせいもあって授業中でもトロトロと居眠りが多い。
あまりに酷い時は、見かねた松陽からゲンコツを貰ってしまった。

(眠ィー…何度聞いたって子守唄だろ、コレ…呪文だろ、コレ…)

松陽は時折、いつも使う教本だけでなく、古い民謡や和歌集なども使用して子供たちに文学も教えてくれる。
銀時にとっては、座学でさえげんなりするというのに文学など論外だった。

「はい、今日の授業はここまで」

松陽の本を閉じる音で一斉に返事をして動き出す子供たち、元気の良い男の子たちは障子を開け放って廊下へ走り出した。
やっと解放されたと息をついて、襖に寄りかかりながら刀を抱え直す。
前の方では、まだ熱心に教本を読み返す桂と何事か松陽と話す高杉、そして女子に囲まれている名前が見えた。
何やら洒落た話でもしているのだろう、女子たちから黄色い声が漏れていた。

「こないだお見かけしたお侍さまがとってもカッコよかったの!」
「鷹を連れて馬に乗られてらして、遠目でも凄くご立派で」

両頬に手をあてて紅潮させる子たちは憧れに染まる乙女の表情だ。
こないだ見かけた武家の一行について、名前に聞いているのだろう。
それは恐らく某家により鷹狩の一行だ、と話しながら丁寧に説明する。

「やっぱり名前ちゃんもお会いした事あるの!?どんな殿方がお好き?」
「え…私は」

目をキラキラさせてどんなタイプが好きなのかと聞いてくる友に途端に言い淀む。
うーん、と唸りながら首を横に振ってよく分からないと返した。

「えっー!あんな方々とお会いする事いっぱいあるんでしょ?」
「ありはするけど…でも」

こういう話をする女子の迫力は、幾つになっても凄いものである。
本気で戸惑っていると、答えたのは名前でなく後ろから声を上げた銀時だった。

「あーうるせー。キャーキャー騒ぐんじゃねーよ、ホント女ってのは恋話になるとやかましいのな」
「カッコイイ人がいたら盛り上がるに決まってるじゃない。ま、女子の話題に茶々入れるような男はモテないけど! 」
「誰の事言ってんだ、違うし?俺モテモテだし?おめーらみたいなのなんてこっちが願い下げだっつーの。やっぱ美人でボインが一番だろ」

銀時の発言に、その場の女子たちの額に怒りマークが浮かんだ。
いつの間にか教室に残っている者たちの視線が集中している。

「綿あめなんて相手にされないわよ」
「綿あめって何ィィ!??天パかッ俺の頭見て言ってんのかコノヤロー!」
「え?クルクルパー?」
「誰が頭ん中の話をしましたかァァ!ってか馬鹿って言いてーの、なァ馬鹿って言いたいんだろ!」
「(綿あめ、美味しそう…)まぁまぁ!綿あ、…銀ちゃん!」

ね、っと引きつり笑いで怒りマークを浮かべている銀時に笑う名前に、周囲の女子たちは驚いた表情で責めるのを止める。

(名前ちゃんってこんなに可愛く笑ったけ?)
(先生以外にあんな笑顔見せるんだっ!?)

コソコソと顔を合わせて互いの認識を合わせ出す女子たちを置いて、名前は銀時に続けて何か話しかける。
すると機嫌の悪かった銀時も頬をかいて気だるげに返す調子に戻った。
どうやら話にこれ以上加わるつもりもないらしく、そのまま立ち上がって歩き出す。
見送る名前に女子の1人がポン、と片手で掌を叩き少し大きめの声を発する。

「ねぇ、名前ちゃん!なら銀時の事はカッコイイと思うー!?」
「!、うんっカッコイイ!」

ニコッと即座に返すと、教室の外でドンガラガッシャーンと音が響いた。

「わあぁあー!?大変ですッ先生ェェ!銀時が素っ転んで障子ぶち破りましたァァ」

外で遊んでいた男子の叫びで、女子たちが何故か「あ、やっぱり」と悟った微笑みを浮かべていた。

後に、松陽からゲンコツを貰って障子の張り替えをする羽目になった銀時の手伝いをする名前も見られたとか。
またある日には。

「おい…おい、高杉」
「何だよヅラ。忙しい、後にしろ」
「ヅラじゃない桂だ。アレを見てみろ」

松下村塾内での座学の休憩の間、熱心に授業の復習をしていた高杉。
珍しくしつこく小声で呼ぶ桂にウザったそうに顔を向ければ、アレと繰り返される。
そこには、一番後ろの席から外をぼぉーと眺めている銀時が見えた。

「銀時が何だってんだ」
「しぃー!…違う、あやつの見ている先」

その視線の先を辿れば、中庭で鞘付きの脇差を習った型に沿って振り動き練習する名前の姿。
一心に振り舞うだけで周囲に目もくれず、やがて脇差を腰に差し戻し、礼式通りお辞儀まで済ませる。
ふと名前が周囲に意識を戻し、高杉と桂に気がついて手を振った。
桂が手を振り返しつつも、高杉が銀時へと視線を戻す。
既に銀時は、まるで最初からそうしていたように涎を垂らして居眠りをこいていた。

「明らさまな狸寝入りしやがった」
「うむ。しかもあやつ、どうやら無意識に視線を向けているらしい」
「何で分かるんだよ、てめェそんな四六時中アイツ見てんのか…」
「違うぞ、名前と銀時を見守ろう会による観察結果だ」

腕組みをして堂々とする桂の右やら左やらで高杉と同じく教室に残っている生徒。
男子、女子混ぜた数人が文机の下から親指グッ!としてきた。
その様に高杉が頬を引きつらせながら、小声で叫んだ。

「なんだその野鳥の会みたいなノリ!!」

驚いて突っ込めば、見守ろう会の1人がボソリと証言する。

「俺はこないだ見た、木の上でサボってた銀時が名前に急に声掛けられてさ」
「それ私も見たわ、慌てたせいで木から落ちたやつでしょ?凄い音したもの」
「松陽先生は和かに「何にも聞こえません」って野外授業続け直しちゃったけどな」

それはサボりに対して笑顔で怒っていたのではないか、という高杉のツッコミは誰も拾わなかった。
あーでもこーでもと談義していると、教室に戻ってきた松陽までやって来て話に加わる。

「銀時が1人でフラリと消えると、必ず名前が連れ戻してくれますからね。私も助かります」
「っ、先生まで!?」
「先生が立ち上げられた会だからな」
「!?」

ガーン、と静かにショックを受けるのは高杉だけで、フフと微笑む松陽に桂も含めて周囲は頷く。
しかし、松陽まで座って話し込めば当然目立つワケで。
視線を感じれば、眉を寄せた銀時が「なにコソコソしてんだ」とガンつけている。
対して、松陽は桂たちに目配せして悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「銀時は名前の事をよく見ているでしょう」
「ハァァァ!?」

唐突の爆弾発言に思いっきり引きつり笑いで「ンなわけねェーだろうが!」と怒る。
声を荒げる銀時にも動じずニコニコと笑う松陽が「だって見てますよね」と周囲に同意を求めると桂がうんうんと頷いた。
が、銀時はだるそうに耳をほじって呆れた顔をする。

「誰がずっと名前を見てるって?お前ら目が腐ってんじゃねェの、眼科行った方がいいって。寧ろレーシックで視力上げ直してこい」

フッと指についた耳垢を吹いて刀を抱えて教室を去っていく。
その後ろ姿に桂がポツリと呟いた。

「ずっと見てるだなんて言ってないぞ銀時」

見守ろう会がニヤニヤ顔で同意する中で、高杉だけが呆れ顔を向けていた。

「ッッ!!今ものすっげー悪寒が…!!(やっべェェ!何でバレてんだ!いやッ見てねェたまたま視界に入るだけだから!)」

ちょっと視線の先に入るだけだから、断じて凝視とかしてねーからと首を振って1人否定している銀時の足が止まる。
名前が中庭の桜の木を切なそうに見上げて目を細めていたからだ。
今は葉も花もない淋しい枝を見つめる姿は、刀を振るっているものとも甘味を嬉しそうに食べるものとも違う。
急に煩くなる胸に先ほどの会話が思い出されて一気に上昇する体温。

「!、銀ちゃん!一緒にお饅頭食べない?」

ふとこちらに気が付いて向けられる心底幸せそうな笑顔に、今度こそはっきりとドキリと音を立ててしまった…胸が。
しかし反して、面倒くさそうに近づきながらゆっくりと返答する。

「なに名前ちゃん、俺の事待っててくれたワケ?(喜ぶなッ頼むから喜ばないで下さいィィ俺の心臓ォォ)」

その心中の葛藤など知らず、名前がスッと甘味の包みを差し出す。

「うん、銀ちゃんといると嬉しいからっ」
「あー、そう。なら仕方ねーから一緒に食ってやるよ」

その耳がバッチリ紅かったらしい。

[ 1/62 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]