- ナノ -




親族団欒(鏡花水月・明鏡止水)


座敷の机を中央にして真剣な面持ちで座る男が三人。
出された湯呑みが熱さを失って大分経つのだが、二者の視線は唸る方へと向いたまま。
むーッ!…と、言いつつ、ついには耐えきれずに頭を抱えて叫んだ。

「だぁーッ!お義兄さん、なんて呼べねぇってばよー!!」
「こんだけ時間掛けて何言ってやがる、諦めて潔く敬え」
「無理!ぜってー無理!百歩譲ってイタチは呼べるかもしんねーけど、お前は無理!嫌だ!」
「何だと!?ふざけんなッこのウスラトンカチ!」

ナルトの叫びには、待たされていた二者であるうちは兄弟の弟の方、サスケがキレて応じる。
強く叩かれた机の湯呑みが揺れ、「三ヶ月早いだけだろ!」に対し、「年上は年上だ!礼儀を覚えろ!」と言い合いが続く。
左右の怒りを真ん中で耳に入れるしかない兄、イタチは冷静に止めに入った。

「やめろ、お前たち。家中に響くぞ、良いのか?」
「うッ…」
「ナルト、義理の間柄になろうと無理して呼び方を変える必要もない。サスケ、お前もナルトを義弟と呼べと言えば呼べるのか?」
「…チッ」

慌てて静かになったナルトと肯定できずに舌打ちで済ますしかないサスケ。
ヤレヤレとイタチは仕方なそうにするしかなかった。

アカデミーの頃から犬猿の仲。
下忍時代はまさかの同じ班でライバル関係。
二十代半ばになって多少精神的にも大人になり落ち着いたと思えば、口喧嘩のレベルは変わらないらしい。
それも、ただの他人で無くなったのだから余計に思う所は複雑さがあるだろう。

気に入らないと睨みを向けたままのサスケとナルトは、フン!と鼻を鳴らせて湯呑みを掴んでお茶を喉に流し込む。
勢いつけて飲むのも、空の湯呑みを置くタイミングも全く同じ。

(今年も進展は無さそうか)

定期的に親族の集まりとして場を提供するのは、イタチが当主を継いだうちは家。
家族を交えた夜の食事会までの一時を男だけの会話の場にしても、この調子は既に五回以上を数えていた。
廊下を歩いた数部屋先の台所のある居間では、こちらに反して賑やかな声が漏れ聞こえる。
妻たちの方がよほど仲良く楽しげである。

「そもそも、お前に礼儀を求めるのが間違ってたな。上忍になってもウスラトンカチはウスラトンカチのままだ」
「お前にだけは言われたくないってばよ。っていうか、三回も繰り返す方がウスラトンカチじゃねーの」
「…上等だ、久々に戦るか?」
「前回みたいには、いかねーぞ」

バチバチと火花を散らす上忍二人の言う前回とは、死の森を独占した演習対決である。
演習といえど全力でぶつかり合う二人の本気は、使用する術の威力も相まって周囲に盛大な被害をもたらす。
故に、しばらく死の森が使用不可になったという抗議の文書が届いたのを四代目に報告した事をイタチは思い出して眉を潜めた。
(義)弟たちの失態を己の義父に報告しなければならないなど、居た堪れなさこの上無しである。
座っているのすら我慢がならなかったようで、立ち上がって顔を突き合わせる二人が「何を!」と拳を握り合った時だった。

「ぴゃうっ!?」
「「!?」」

足元で甲高い一声が上がったのだ。
驚いたナルトとサスケが下へと顔を向けると、ちょうど二人の足の間にステンと座り込んでいる小さな存在が一人。
丸い真っ黒な瞳を大きく見開いて二人を映すのは、最近ハイハイを始めたばかりのサスケの愛娘であるサラダであった。
思わず固まってしまっている二人を映す瞳が、次には段々と潤んで仕舞いには顔も赤くなる。
「しまったッ」と顔を蒼くするも後の祭りで、盛大な泣き声が響いた。

「わぁぁッー!サラダーッ大丈夫だって、怖い事なんて何もしてねーからなぁ!?サスケェェ!お前も何とかするってばよ!」
「ッな、泣くなッ…!」
「もっと悪化してんだけど!?お前、父親だろーッ!」
「うるせぇ!てめぇだってボルトに大泣きされてただろうが!」

ますます大泣きするサラダへ手を伸ばして抱き上げてあやしたのは、サスケでなくナルトだった。
当のサスケは固まったまま引きつった顔立ちのまま、どうしたら良いか心底困惑しているのが本音であるのだが。
お前何してんだ的にナルトへ叫ばれれば、反射的に怒り答えてしまう。
それにビクついたサラダの大泣きが増して、二人の慌てが連鎖する。
唖然しているイタチだったが、現状を冷静に理解して助け船を出そうとした。

だが、立ち上がると同時に廊下から駆けてきた小さな姿がスライディングする足を綺麗に止めた。

「こらっ!何してんだよっ」
「なまえ!」

腰へと手をあてて怒り顔でナルトたちを見上げるのは、今年五つになるイタチの息子、なまえだった。
驚いているナルトの手から泣いているサラダを奪い取ってから、己であやす。
途端にサラダは泣くのを止めて、涙でいっぱいの眼を瞬く。
それにニカッと笑い掛けてから、こちらを見たまま動かない大人三人へ怒り目を向けて指を突き付けた。

「サラダ泣かしてんなよ!おじさんたち、大人気ねーぞ!はんせーしろ、はんせー!」
「わ、悪かったってばよ…」
「…すまん」

キッと睨まれるのに耐えられなくなった二人からの謝罪を聞いた後でスタスタと歩くなまえ。
途中で、中途半端に立ち上がったままでいるイタチの横を通る際に、足を止めてから振り返った。
息子に見上げられて瞬くイタチへ、先ほどと同じ指差しと共に容赦なく言葉が刺された。

「父さんもジャマ!!」
「…あ、ああ」
「あんまりメーワク掛けるなら、母さんとおばさんたちに言いつけるからな!」

返答は聞かずに去っていく小さな背が逞しく見えるのは気のせいではないだろう。
残されたイタチの浮かべる何とも言えない表情を見たナルトとサスケは視線を交わし合う。

「あのよ、サスケ!今度なーッ飲みに行くってのはどうだ?たまには良いよなー!?」
「た、たまには…良い、だろうな…兄さんも一緒にどうだ?」
「…そうだな。オレの奢りで行くか」
(結構グサッっときてるってばよー!!)
(アイツ、反抗期ハッキリ過ぎだろ…!)

父親に似て精神年齢も賢さも年齢よりも高いなまえの言葉はグッサリきやすい。
表には出されずとも、先ほどと違って明らかに静けさが増しているイタチへのフォローに四苦八苦するナルトとサスケであった。

一方、腕の中でキャッキャッとご機嫌なサラダを抱えたままなまえは隣の部屋で足を止める。
手裏剣のオモチャを両手で遊ばせていたボルトが気がついて「だぁ!」と嬉しそうに声を上げた。
オモチャを放り投げて、ハイハイして向かってくるのでサラダを下ろして待つ。
片膝にサラダが手を置き、片膝へボルトが両手を伸ばして喜ぶ。
小さな身体を両手でしっかり支えるなまえがハニカミみながらご機嫌だった。

「サラダー…!、あらら、心配無かったみたいね」
「ボルトまで…いつもごめんなさい、名前さん」
「ね、大丈夫だったでしょう?なまえがいれば心配無いから」

それから間も無くして、居間から顔を覗かせたのは女性三人だった。
申し訳無さそうにするヒナタに、ホッと息を吐くサクラ。
二人へ明るく笑い返す名前は、何の心配も無いと返してティーポットにお茶を入れた。

「年の割にしっかりした息子だからね〜。最近はイタチも手を焼いてるみたいだけど」
「しっかりしたのって、そのイタチさんに似たからじゃなかったっけ?」
「その…気性は、名前さん似だから…なんでしょうか」
「あ、ヒナタそれナイス!有り得るわ、だからイタチさん強く出れないのよ、きっと!」
「どーいうこと?」
「ソコに本気で不思議がるとこが名前さんが大物の証拠ね…!」

お茶とお茶菓子を片手に、我が子と夫の話で盛り上がる。
当然、会話はナルトとサスケの話題にも流れて一層楽しそうになるのは必然だろう。
今頃は、男性同士が互いの悩みをフォローし合っているに違いなく。
小さなボルトとサラダの面倒をみるなまえの姿は楽しげであったらしい。

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