- ナノ -




花よ実を結べ(落花流水)


多くの隊士たちが空腹を満たすために訪れる屯所内食堂のお昼時。
男所帯特有の騒がしさは日常通りだったが、今日は少しだけ違っていた。
あからさまでは無いが、チラチラと向けられる視線の数々。
その先にいるのは山崎と原田に挟まれて座る名前だった。

(苗字さんさ…顔色悪くないか…?)
(やっぱり、そう思うよな!?明らかに具合悪そうだろ…!どうしたんだろうな…)

風邪?と視線が彷徨って声の無い会話をする。
皆一様に思うのは心配の二文字なのには理由がある。
放って置けば二徹、三徹平気でやってのける性質なのだ、苗字 名前という者は。
そんな経歴があるものだから、何故か本人よりも周囲の方が過敏になる。

「名前ちゃん、それだけしか食べないの?」
「あ、はい…今日は食欲が無くて」
「酢の物ばっかりじゃねーか。いつもはあんまり食べないのに」
「何だか食べたい気分で」

何気なく話を振る山崎の心中も視線をやってくる隊士たちと同じであるが、そこは監察らしく自然に振る舞える。
名前からは軽く笑い答えがあったが、いつもより遥かに少ない膳に箸がつくのも非常に遅い。
更には、不思議そうに尋ねた原田の言葉通り、皿に並ぶものは柑橘や漬物、酢の物といったものばかりであった。
銀時と共にどちらかというと甘いものを好む派とは知っているが、決して辛い物や酸っぱい物を嫌う訳ではない。
だが、今日の名前の食に並ぶ品々は普段と比べれば偏りがあり過ぎる。

怪訝な顔を隠せない山崎と目を合わせた原田に気づかず、名前は小さな溜息と共に額に手をあてた。
その反応に、周囲がビクッ!と肩を反応させて一瞬動きが止まる。
約一名、全く影響無く膳を持って悠々と名前の前に腰を下ろしたのは沖田だった。

「何でィ、頭痛でもするんですかい」
「うーん…このところ怠さが抜けなくて…」
「またオーバーワークしてやせんよね」
「してない、してない!ちゃんと就業内で終えてますから!…うん」
「早朝」
「……してないです」
((してるんだな))

無表情の沖田に箸を突き付けられて、最初は自信もって否定していた名前も視線を横へやって呟き答え。
その苦しい笑い方と見える冷汗に、山崎と原田がジト目になった。

「いやっ最近はしてません!ちゃんと守ってるもの!」
「それは嘘じゃないみたいですねィ」
「後で報告書確認しておくよ」
「山崎さんまで!?」

ショックを受ける名前に、その場の隊士の誰も擁護を抱かなかったのか致し方なかった。
肩を落として火の玉を飛ばす落ち込み方だったが、苦笑する山崎たちも次には笑みを消す。
グラリと名前の身体が急に傾いたからだ。

「名前ちゃん!?」

鋭い声と共に伸ばされた手は左右同時。
僅かに遅れて伸びた手は正面からだった。
名を叫んだ山崎が目をやると、緊迫した面持ちの沖田がしっかりと腕を掴んで止めている。
ハッとなった原田がすぐに意識の無い名前を支え直して横抱きにした。
山崎が額に触れると、仄かな熱を伝えていた。

「熱がある…っ、やっぱり具合が悪かったんじゃないか!あぁッーもう!」
「どけどけぇー!医務室だ、医務室!!」

「苗字さん!?」と、あちこちで椅子の倒れる音と共に集まりかかる黒い隊服の面々を原田が先に一喝する。
怯んで動かなくなった隙間を抜けて、キビキビとした動きで食堂の出入り口へ速足でいく。
残されたのは、情けないならハラハラでどうしたら良いやらな顔が並ぶもので。
誰かが動こうとした時、スッと沖田が立ち上がった事で再び隊士たちが派手に動きを止める。
まさに蛇に睨まれた蛙のように。
けれど、静かな雰囲気のまま携帯を取り出すとさっさと自身も食堂を出て行ってしまった。

「な、何だったんだろう…沖田隊長…」
「てっきり苗字さんの事を心配してついてくものだと…っや、今はその苗字さんが!」
「待て待て、落ち着けお前ら!気持ちは分かるけど、全員で行く訳にはいかないだろ!局長と副長にも俺から知らせておくから…!」

口々に何かを言い合う隊士たちの前へ両手を出して、宥めるために声を上げてしまうのも性分である。
山崎の言葉に何人かも考え込んでから同意した。
「あの人、すぐ無茶すっからな…」とか、「くそ、もう少し注意しとくんだった」とか何故か悔やむ者もいたりした。
面々の考えが分かるだけに、この場で視線を一手集中する山崎はゴホンと咳払いして落ち着いた様子を見せる。

「とにかく、きっと風邪かなんかだから心配ないって!微熱と倦怠感に食欲無いって言ってたし、酢の物ばっかり食べてたしね…!」
「…あのー、山崎さん」
「何?」
「それって、あと嘔吐伴ってたら、別の心当たりになりゃしませんか?」
「……え?」

大丈夫、大丈夫!と連呼していた山崎へ、手を挙げたのは世帯持ちの隊士だった。
授業であてられた生徒の如く堂々とした態度に、全員の視線が向いて空気が止まる。
「え?」と山崎の再びの呟きに、「だから、それって」と続きが紡がれた。

「おめでたって可能性あるんじゃないですか」

凍る空気と落ちる静寂。

「えぇえええ!??」

瞬間、食堂内を振動させるほどの驚愕は、ほとんど絶叫であったという。


―名前が倒れやした

と、連絡を受けて三十分もかけずに屯所前に煙をあげて停止したのは銀文字トレードマークのスクーター。
唖然としている門番の隊士へとヘルメットを投げつけて、殴り込みに近い形で飛び込んだのは銀時だった。
その形相、語るに語れないほどのものだった後に門番は呟いたらしい。

ドタバタと正面を駆け抜けて回廊を曲がった時、銀時は足を止めてしまう。
正確には止められたと表現するだろう。
先を防ぐかの如く、ズラリと並ぶのは真選組の隊士たちだった。

「何だ、てめーら。俺ァぶっ倒れた嫁引き取りに来ただけだ。邪魔すんなら容赦しねーぞ」
「……」

眉を上げて凄む銀時に余裕は無い。
こうして話す時間すら惜しい上に今すぐ蹴散らしてやりたいのを我慢しているのは、一重にその名前故だ。
隊士たちの何人か見た事のある顔だ、恐らく名前と同じ一番隊だったと。
野郎の顔など興味は微塵も無いし、覚えたくも無いが、名前が関わるならば話は別だった。

仲間を大切にするから、きっと泣く。
そう、単純な思考を浮かばせるだけで、自身でも驚くくらい身体が止まるのだから。

凄む銀時に対峙する彼らは、「…!」と拳を握り、同じ凄い面持ちで食い入るように銀時を見る。
ただ見るだけ…に、おかしさを覚えて、ようやく彼らに殺気が無い事に気づく。
単純に進路を妨害しているようでもない。
何なんだと警戒を解くと、いきなり彼らの顔からブワァァと涙が溢れた。

「!?」

うわぁ…ッと反射で顔を引きつらせてドン引きした銀時であったが。
緊張した凄い顔のまま滝涙を流す彼らの何人かが地に膝をついて項垂れるような態勢で呟いた。

「この男がぁぁっ…苗字さんをッ〜」
「こんな天パの死んだ魚の眼かよぉ…っ〜」
「幸せって何なんだ…〜」
「神なんていねぇぇ…!」

「ねぇ沖田くん。殴るくらいなら、名前ちゃんも許してくれるよねコレ」
「勘弁してやって下せェ。アンタの拳なんて食らった日にゃコイツら全員の代え募集しなくちゃならねェ」
「だったら、何で俺がこんな気持ちにさせられんのか説明してくんない!?十五文字以内できっちり、簡潔にィな!」

隊士たちの阻んでいる傍の影から出て来たのは沖田で。
勢いで怒り問う銀時に、ポケットから手を取り出して示す。
十五文字以内で簡潔にした答えに、銀時が派手に固まる番だった。

「アンタが名前を孕ましたから」
「……は?」
「アンタが名前に子d、「はああああッッ!??え、う、待って、マジで?え、マジでか!?マジでかァァ!!名前――ッッ!?」

間を置いての意味を理解しての叫び。
「うぉおおッッマジでかァァ!」と何度も繰り返しながら大慌てで突撃…そのまま何人かの隊士を蹴り飛ばしてしまった。
哀れか犠牲になった隊士は涙目で伸び転がる。
それを足元に沖田は「あ」と、今思いついたように口を開く。

「かも、の間違いだった」
「えぇ!?今言いますぅッその訂正!?」

ガバッと起き上がった隊士の一人のツッコミに、残りの全員が連動して叫んだ。


ドタバタと何かが突進してくるような騒音に、医務室が揺れる。
驚いて振り返った名前を制止したのは、隣で見待っていた土方と近藤だった。
何だ?と首を傾げる近藤とは異なり、何かを悟って抜刀する土方の瞳の瞳孔がいつもより三割増し開く。
カッ!!と開いたと同時、扉が蹴られるや否や真剣が振り下された。

「ッ!?ッッぶねェェ!!紙一重ッ紙一重だったじゃねェェかコノヤロー!いきなり何しやがるッ!」
「うるせェ、叩っ斬られろ。何も言わずに今すぐココで」
「誰が!!どけッ俺は名前ちゃんに用があんだよ!名前!!」
「銀さん…」
「だから騒ぐんじゃねェっつってんだろ!!コイツに負担かけんじゃねェ!ただでさえ過労で消耗してんだぞ!?」
「へ?」
「あ?」

全力でベッドへと寄ろうとしていた銀時と刀構えて防ぐ土方との攻防が止まる。
互いに瞬き、打って変わった静けさで沈黙する。
見守る名前と近藤も不思議に思う中、銀時がいつもの死んだ表情になって聞いた。

「過労?」
「過労だ。他に何があるってんだ」
「へー…過労…あぁ、過労…そうだよね、そもそも過労って聞いてたしね…あーうん、ハイ…過労かよォォオ!!」
「!?、何だいきなりッ、気持ち悪いだろオイ!」

ぐぉおお!と、絞り唸るような声で頭抱えて膝をつく様は、orz字のごとく。
土方も引きつりを隠せないほどの嘆きっぷりに、やはり近藤は「一体何なんだ?」と不思議マークを飛ばし続けていた。
当の名前だけは静かに瞬いた後で土方と近藤を呼ぶ。

「すみません。銀さんと話をしたいのですが、良いですか?」
「ん?安静にしているなら構わないぞ。万事屋もそのつもりで飛んできたんだろう。なぁトシ」
「…ハァ、分かった、許可する。だが、十分だけだ。十分だぞ?」
「はい。ありがとうございます」

本来なら面会も禁止で、しばらく安静だと先ほど言い渡されたばかりだったけれど。
二人の優しさに感謝しながら、出ていく姿を見送る。
まだ落ち込んだままの銀時へ声を発すると、顔を上げてくれたが、その表情は酷く気が抜けていた。

「何かあった?」
「何もこうもねーよ…おめーが倒れたって聞いたと思ったら、あの野郎にしてやられただけだよ…あ〜あ、クソォォ」
「沖田くんが何か?」
「…お前に俺のガキが出来たってな」
「えぇぇっ!?そんな事言ってたの!?」
「おう」

聞くや否や顔を真っ赤にして声を上げて否定する名前に、銀時の調子は降下するばかり。
低い姿勢のまま近寄ると、そのまま名前の腰へと両腕を回して抱き込む。
頭をお腹にあてられ、密着して動かなくなった銀髪の頭を見下ろすしかない。
騙された事がかなりキタらしく、完全にいじけてしまっていると名前は困った顔をする。

(いや、元はと言えば過労で倒れた私が悪いんだけども…)

紛らわしい倒れ方したからだろうな、と直前の自分を思い至って頬を染めつつ反省した。
抱き着いたままの銀時へと腕を回して、その頭へと顔を寄せて頬を触れさせる。

「色々迷惑かけちゃってごめんね…」
「そっちじゃねェよ」
「?」

くぐもって返された声は、名前が想像していたものでは無かった。
低く落ち着いた声色であって、目を丸くする。
相変わらず何も見えないまま、大きな銀時の背を撫でるしかなかった。

「早く身ごもれ」
「!」
「俺のガキをよ、ココに」
「ッ!?…な、なッ…〜〜っ」

寄せられた声と吐息がお腹へかかる感触と熱。
何を言われたのか理解した瞬間にカッ!となって、声を詰まらせて銀時を押して離そうとするもビクともしない。
より密着してキツクキツクなる距離に、クッと喉を鳴らせた音と銀時が口端を上げたのが伝わった。

「次は本当にしてやる」
「〜はッ、離れてぇぇーッ!!」

耐えきれなくなった名前の叫びに、土方と近藤の飛び入りという助けが入ったのは言うまでもない。

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