- ナノ -




触らぬ鬼に祟りなし


「はい、出来ましたよ。これで大丈夫ですか?」
「おぉ、ありがとうございます!名前さん!」
「名前殿、俺のも頼みたいのだが…!」

陣を張っている拠点の一角、仲間の鬼兵隊士の羽織を手渡すと喜んで礼を告げられる。
激しい戦を繰り広げていれば当然、着物の消耗も激しい。
斬り合いで破れる、血や泥で汚れる、普通に生活していても厳しい戦生活ですぐに解れてボロボロ。
見っともなくなるのは仕方なくなる事だが、名前はなるべく仲間の志士たちに声を掛けて直せるものには手を加えていた。
最初は数人をひっそりと…それがいつの間にか繕っている間も囲まれて眺められる程知られるようになったのは最近だ。

俺も、私も、と遠慮なく声を上げる者もいれば遠慮気味にぎこちない者も混じって。
名前は見渡して頷き、針に糸を通しながら手を差し出した。
こうして自分の腕が少しでも戦以外でも仲間の役に立てる事が純粋に嬉しかった。

「名前殿は良いなぁ…」

小さな賑わいを遠目で眺めていた数人の内の1人が何気なく呟く。
すると同じく木陰で身を休めていた他の面子も緩んだ表情で同意していた。
「あ、お前なんて最初は女の癖に戦場にいやがってって笑ってたじゃねーか」と茶化す声が響く。
気難しそうな顔をしていた柄の悪い若者は、「昔の話だろうが!!あの人の戦いぶり見たら何も言わねーよっ」と返す。
それにしてもだ、と腕組みをする面子の中で中心らしい志士が続けた。

「まだ幼い印象が強いが…こう、良い」
「そう!美しいでも可愛いでもねェ、戦じゃ銀時さんたちに並んで勇ましいし怖ェくらいだ。だから新入り共は最初は侮るか嫌煙にするかだもんなァ」
「分かっちゃいないねェ!あの子の魅力は刃龍ってトコだけじゃないだろ」

そうだそうだ、と談義する志士たちの会話はヒソヒソ話であるも盛り上がる。
中心をとるは、やっぱり誰が名前の良さを一番語れるかだった。

「まず強いのは勿論、これは語るまでもないな。鬼兵隊の蒼い守護龍…幕軍から天人にまで名を轟かすは我らが自慢の紅一点!」
「てめ、鬼兵隊だからって調子乗ってんなッ?あの子はそういう差別はしねェ!俺は知ってるぞ、休息の合間に家事炊事までこなしてんだ!」
「勇ましくその上気遣いも出来て気立ても良い!…何よりどっか安心感が湧くんだよ」
「あぁ…俺、村のいた頃思い出す」
「俺は家族だな、不思議なもんだよな」

しみじみと各々の印象を思い返して語り合う彼らが抱く印象の根底にあるは妙な安心感。
首を傾げて不思議に思うも、どこか納得した面持ちで否定の声が出ない彼らをまとめたのは最初に呟いた者だった。

「やっぱ良いよなぁ…この戦を終えたら嫁に来てくれねェかな」
「!?」
「おまッ」

ボソリと呟かれた内容は会話の流れからしたら自然の流れだったはずだが。
その者以外の全員の空気が一気に凍りつき、息を呑む事態に陥る。
何より驚いたのは彼自身でポカンとした表情で見渡せば、周囲は蒼白だ。

「な、何だどうした?何か変な事言ったか…?皆、幽霊でも見たかのような…」

男の問いに数人は目を逸らしてそそくさと輪から外れたり、どっか遠目になったり。
酷い者は挙動不審に宙を見てフフと笑い、南無南無と読経する者まで出る始末。
「えぇ!?」と訳が分からなくなって顔を引きつらせている男の肩がポンと叩かれる。

「随分と楽しそうに盛り上がってんじゃねーか、俺にも聞かせてくれねェ?」
「じっくり、面と、向かってな?」
「ッ!??(ひ、ひィ!おお鬼がぁ!)」

振り返ってしまったのに激しく後悔するしかない、後の祭り。
左右の肩を掴む手がミシミシいって痛みが走るほど現実の恐怖だと思い知らされて滝汗が吹き出し止まらない。
青筋浮かべたキレ笑みを浮かべる白夜叉と鬼兵隊総督の異様な迫力が凄まじい。

あ、鬼だ。
と、脳内で自分の寿命にチーンと鐘を鳴らした音まで聞こえた気がした。

「め、そうも御座いませんでした…」と白くなりながら出た答えと悟り笑い。
対して鬼を体現するかの迫力な両者は互いのタイミングが同時だったのが気に食わなかったらしく標的を既に変えていた。

「高杉くんはなぁーに出張ってんですかァー?いくら頑張ったって成りはチビいままだと思いますけど」
「そりゃ器量の話か?ならチビい器のてめーだからアイツが俺んとこ(鬼兵隊)なのが気に食わねェんだよなァ銀時」

あ?とお互い火花がバチバチ聞こえそうな距離で喧嘩を始めた2人の後ろ。
逃げ延びた男が粋をついてると、既に退避していた者が声を掛けてくれた。

「攘夷の仲間内にな…鬼が出るって噂、聞いた事あるかい?」
「どこの話だッ!!ココは箱根じゃないだろう!?」

マジマジと語る者にガーン!と衝撃を受けた男がつっこむ。
「少なくとも直線上でもない!」と彼はそれ以上の場違いボケを許さなかった。

しかしこれで少なくとも仲間たちが異様に挙動不審になった訳が分かった。

「触らぬ鬼に祟りなし、だ」

既に攘夷軍では古株にあたる仲間の台詞に先ほどの鬼2人の睨みを思い出して思いっきり首を縦に振って同意した。


「銀さん、聞いたよ。また晋助と喧嘩してたって?」
「してねーよ。普通に会話しただけだ」
(喧嘩するのが普通って公言されても…)

見張りのための焚火がパチパチと音を立てる夜の静寂の中。
仲間と交代してきた名前が胡座を掻いて座っている銀時の横に座れば不貞腐れた答えしか返ってこない。
不機嫌そうな横顔の小さな生傷は高杉の顔についていたのも見たから、まぁ最終的にいつもの流れになったのだろう。
外見は逞しく成長しても中身の関係性は相変わらず似た者嫌悪らしい。

「仕方ないなぁ、もう」
「俺の邪魔するアイツが悪いんですぅー、俺は悪くありませんー」
「それ言い訳の代名詞だよ?」

子供っぽい拗ね方が年齢に合っていないのが可笑しく思えた名前が声を立てて笑う。
視線を向けてきた銀時は反論しなかったが嫌な気はしていなかった。
膝にかけていた見張り用の掛け布を取り、片手で広げ直す。
変わらず仏頂面な表情で手招きした。

「?、いや私は寒くないから大丈、わっ」
「良いからこっち来い」

グイッと引き寄せられて短い抵抗も意味なく、距離も体温も一気に近くなった。
大きめの布は名前を肩抱きして腕に閉じ込めた銀時と2人分の身体を綺麗に包む。
それでも少々身を寄せないと辛いくらいには余裕ないため、名前が銀時の方へ身を寄せた。

寒くないとは言っていたが外気に晒している肌が冷えるくらいには涼しい季節。
人肌がちょうど良い温かさとはよく言うもので、その心地よさには素直に目を細めた。
コツリと頭を胸板へ当てて力を抜く感覚が伝わったのだろう、ピクリと銀時が反応したのが分かったが深くは意識しなかった。

「銀さんといるの、1番安心するなぁって」
「お前は!…ッ!」
「?」

急に顔をそらして黙ってしまった銀時の動きを顔を上げて不思議に思う。
しかし逸らされた横顔は先ほどの不満気なものから照れ臭そうなものに変わっていたので気にせず顔を下げて瞳を閉じた。
擦り寄るようにすれば肩を抱いてくれている大きな手に力が篭り更に引き込んでくれる。

(温かいな…)

急激な安心感と心地よさに微睡む名前には、銀時の悶々とした内心を汲み取る事は出来なかった。

(あぁッくそ!コイツこれ天然とかマジで可愛過ぎるだろォォ!)

なのに手は出せませんな耐久戦を強いられている心地しかしない銀時の苦悩だった。

ちなみに、少し離れた位置にある高台の見張り番では坂本が腕組みつつ真剣に高杉を呼んでいた。

「のう、高杉。何でアイツらはアレでくっついとらんのじゃ?」
「んな事俺が知るか」

舌打ちした高杉が下に見える焚火と影を見て踵を返すのを坂本はヤレヤレと肩を竦めて見送った。

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