- ナノ -




離せない人

※名前、銀時視点

重めに言うと修羅場、軽めに言うとトライアングラーとか。
物語の知識だったり女子トークで話す事もあったけれども、じゃあ私が?と考えると。

「だからっその!ずっと好きだったんですッ!!」
「へ?」

人通りが少ないとはいえ、まさかのタイミングでまさかの現場を目撃してしまった。
今、きっと凄い間抜けな顔になってるんじゃないだろうか…だってこっちを見てる沖田くんが風船ガムを膨らまし損ねたもの。
こちらから大分距離があるのにはっきりと聞こえた可愛い声の内容は誰が聞いたって愛の告白。
見廻り中だった足は先に進まないし、向けてしまった顔も目も逸らせなかった。
ただ、立ちすくんで眺めているしかない。

見慣れた銀さんが「え、嘘…マジで?」と動揺している。
それに対して「嘘な訳ないです!ずっと好きで堪りませんでした!」と怒って迫る女の子の横顔。
プンプンと怒る可愛い仕草に嘘はない…だから迫られれば銀さんはきっと突き放せなく、

「名前、聞いてやすかい」
「え!あ、うんっちゃんと聞いてる」
「あれどう見ても旦那ですねィ…良いんですかい?今なら割り込めますぜィ」
「……戻ろう」

銀さんと名前も知らない女の子の距離が近い、何か話しているのだろうけど聞こえなかった。
ううん聞きたくなかったんだ私が、だから沖田くんの提案にも首を振って見廻りの道順を戻る。
このまま進んでしまえば文字通り、割り込んで邪魔する事になってしまうから。
それは出来ない、と嫌な感情が渦巻く内心ではっきりと理解して笑う。

「…分かりやした」

何か言いたそうに眉を釣り上げたけど何も言わないで一緒に戻ってくれる沖田くんは優しいなぁ。
それで笑って誤魔化して逃げる私は臆病で卑怯だ。

その日、私は訪れるはずだった万事屋に足を運べずに終わった。

翌日も勤務が忙しい事を理由に、電話を掛けて心配してくれた新八くんへと謝る。
銀さんは昨日の夜に私が来ないと告げたすぐ後に出掛けてしまってから帰って来ていないらしい。
ソワソワしていたとか落ち着きが無かったとか、多分、昼間の女の子の事で悩んでいたんだろう。

思い返せば可愛い女の子だった、美人や綺麗という意味ではなく本当に普通に可愛い。
お化粧も綺麗な着物もよく似合っていたから、女の子らしくて女の私でさえ可愛いと思えた。
そうか、ああいう可愛さが私にはないって分かってしまうと笑いが漏れる。

道を歩いていると通りのショーウィンドウに映る自分に足が止まる。
真選組の隊服を着こなし、髪をまとめ上げて帯刀している女隊士。
少なくとも可愛さや女の子らしさは感じられないものだと肩を落とす。
別に今の自分が嫌になるとかじゃなくて、そう違う、もっとこう。

眉を下げて映っている情けない笑みを浮かべている私の隣にいきなり影が出来て瞬いた。
慌てて振り返って更に驚いてしまう、だって横の曲がり角から出てきたらしい子はあの女の子だった。
女の子は最初から目的は決まっていたらしく、私をしっかりと見据えて睨んでくる。
その睨みだけで何が言いたいのか伝わるから、肩の力を抜くしかなかった。

「貴女が名前さんですか…本当に女性隊士なんですね」
「えぇっと…そう、だけれども。貴女は」
「私、貴女に負けないです。女として好かれる努力もしないであの人に好きでいて貰っている貴女なんかに絶対に負けないっ」
「!…」
「あの人を好きな気持ちは私の方が上です!」

それでは、と言い切って去っていく女の子を見送ってしまった…何も言い返せなかった。

「好きで貰っている、か…」

もう一度振り返ったショーウィンドウに映るのは情けない笑いを浮かべたままの。
こんなにも心が揺さぶられて仕方ないのは言い返せない悔しさ以上に嫌いな答えが映っているから。

思い返せば、お妙さん、九ちゃん、さっちゃんさん、月詠さんは勿論…今まで沢山の綺麗な女性がいるのを見てきた。
全員が全員銀さんへ恋するわけではないけれど、何人かはそういう感情を抱いている事だって鈍感な私でも分かる。
だからあの女の子に言って貰って分かったんだ、自分がこんなにも卑怯だと。

「“女の子”らしい魅力も努力もしているかなんて以前の問題なんだよ、私は」

脳裏に掠めた深い闇に重苦しい鎖が鳴る音を思い出して益々情けない顔になってる。
これ以上見ていられなくなって顔を逸らして歩き出す。
そう、恋人ですとも結婚したいとも口に出来ない私は、人としてすら許されないんだ。
涙は流れないけれど、多分今は笑えていないだろうなと分かった。


「んでさァ、俺ァもう困っちゃって困っちゃって…アレ?聞いてる総一郎くん」
「総悟です、ちゃんと聞いてますぜィ。アレでしょ?爆発しろ」
「一文字も当たってませんが!?」
「ちゃんと答えになってんでしょう」

悠々と目の前で抜刀して刃を眺めてる総一郎くんよォ、分かってます?
ここカフェですけど。
めっちゃ真っ青になった顔があちこちこっち見てんですけどォォ!
そもそも何で刀抜いたの?何でマジな目なの、それ警察の目じゃないよ人斬りの目だよ!!

「つーか俺の話を聞く気がねェなら何で俺の前に座った!?奢れってか、むしろ俺が奢って下さい!!」
「ホント肝だけは据わってますよねアンタ。普通抜刀して殺気飛ばす奴にタカりませんぜ。それより単刀直入に聞きます、アンタ、名前以外の女に突っ込む事にしたんで?」

隣で聞いてたらしいカップルがブハッ!?て派手に俺に水噴いてきたんだけど。

「あ?さっきから刀と鞘抜き差し見せてんの当てつけ?舐めんなよ、俺の腰使いは居合並だバカヤロー」
「だから夜通しどこぞの女と居合斬りですかい、旦那も粋ですねィ」
「オイオイ、何を勘違いしてんだか知らねェが、俺の鞘は名前だけだ。一体何が言いたいんですかァ?喧嘩なら喜んで買うぜ」

例え名前の相棒と甘やかされてる沖田くんでも銀さんそろそろ我慢の限界だっての。
そりゃ遊び人銀さんって通り名つくくらい遊び回ってる自覚はあるぜ。
昔は散々女も啼かせてきました、あ、そんなシラッとした目を向けるんじゃありません。嘘じゃねーし!!
だがよ、そもそもそれ以前にだ。

「俺の股間ソードはもう名前ちゃんじゃねーと満足しねーんだよ」
「旦那、器用な不能になりやしたかご愁傷様です」
「よし首を下げろ、今なら木刀でお前の首ならチョンパできる気がするわ」
「嫌でィ」

あと後ろ!「プリーズ、オブラートォォ!!」ってうっせェェんだよ!!
くそコレ明らかに喧嘩売ってるだろコイツ。良いよね?もう斬っちゃって良いよね!?なにその満足そうなニヤ笑み、ムカつくんだけど!?

「アンタが斬る相手は俺じゃねーですぜ」
「写真?野郎の写真なんざ見る気は…!、コイツは」
「!、何だ知ってたんですかい」

目を丸くした総一郎くんと俺の声が重なったのに違った答えに沈黙した。
え、今、この子何つった?

「旦那、今何て言いやした?」
「コイツは依頼人の片想いの野郎だ。いやそれより、総一郎くん、今何て言った?」
「コイツは名前のお見合い相手です」
「…ワン、モア、プリーズ?」
「名前、お見合いなう」

マジでかァァア!!!
おま、ちょ!も、早く言えバカヤロォオ!
しかもなうって現在進行形!?
どういう事だ、そっち本題だったんかい!もしかして、え、名前が昨日急に来れなくなっただの今日も会えないとかであんの俺の嫌いな表情浮かべてそうだった声は!

「見事にお互いすれ違ってって訳だったでさァ。じゃ俺は気が済んだんで後はちゃんとやって下せェ」
「人の視点描写にまで答えてくんじゃねーよ!って後はってオイ…ッ!?」

どうすりゃ、と言いかけた言葉は飲み込みましたハイ。だっていつの間に置いたのホテルの名刺。いつの間に持ってったんですかお勘定。くそっ無駄に腹立つガキだ、しゃあねーから今だけ認めてやるわ。

「さすが名前の相棒だコノヤロー」

2度と言ってやんねェがな。
とりあえず今する事は一つだろ!!


目の前で恥ずかしそうに笑う男性は、見た目の通り優しくて穏やかな人らしい。
由緒ある名家の若君、用意された席も相応しい格式高いホテル。

向かい合って座る私だけが場違いだと思う、でも今はこれが1番良い方法だと出した答えに変わりはない。
諦めないでお見合いを見つけてくれる松平公も、受け入れてくれるこの方も優しい。

「あの…名前さん大丈夫ですか?」
「はい、申し訳ありません少し考え事をしてしまいまして」

いけない、心配を掛けてしまった。
こんな良い方まで困らせて何をしてるの私、今はちゃんとこの方を見ないと。
きっとあの人以外に目を向けられるように…そうすればいずれは離れる事もできる。
忘れ、られる。

「もっと相応しい人が、ですか?」
「えッ…何故、まさか声にッ!?」

急に答えられて諸慌てて口にしてしまって思い返す、口に出してなどいない。
じゃあ何で目の前で変わらず微笑んでいるこの方は…。

「そういう顔してますよ名前さん。分かります、僕も同じですから」
「貴方も、ですか?」
「はい。名前さんに惹かれたのは嘘じゃありませんよ?でもだから貴女が今想う方も分かる、そして僕の本心も」

顔を伏せて笑うこの人の笑みを知っている、ショーウィンドウに映る姿に重なるから。
胸がいっぱいになる中で、紡いでくれる言葉がどれだけ私を自由にしてくれるか感謝も形にできなかった。

「名前さん、好きな人を想う心を自分で否定しちゃいけないです。どんなに自信がなくとも伝えられなくても、自分だけは自分に嘘を吐いたらいけない」

あなたの本当に想う人は誰ですか?

思い浮かんだ人物と遠目の出入り口に見えた2人の内の1人と重なって立ち上がった。
「名前!」と駆けてくる銀さんの手を掴んで止める女の子にもう背ける顔はない。
躊躇も引け目も逃げる気だって微塵も思い浮かばないから手を伸ばす。

駆けて掴んだ手で銀さんを引き寄せて話せる顔はきっとしっかり出来ている。

「ごめんなさい、私には貴女のような魅力はないかもしれない。でも、この人を…銀さんを愛する気持ちは貴女にも負けない。だから、私も譲りません」
「!」
「名前ちゃん、おまッ」

もう1回!って銀さん何で赤面ニヤニヤで言ってるの?ちょっとさすがにその態度は私も怒りしか出てこないけど。
ほら、この子だって…あれ?

「何か勘違いしてませんか。誰がこんな白毛玉好きだなんて言いました!?私のお方は、あ、の、ひ、と、ですッ!」
「え?」
「白毛玉は無くね!?」

え、えぇーー…?つまり、どういう事。
あぁそういう事なんですか、そうですか。
私の勘違いですかァァア!!

頭抱えるしかない穴があったら埋まりたい。銀さんお願いだからそんな生暖かい目で見ないで、ニヤニヤ嬉しそうにしないで恥ずかしいから!!

「でも名前さん、これだけは謝りますわ」
「!あ、はい…」
「貴女の想い、私より上のようです。だって私、あの人の前で愛してますだなんて熱烈告白できないですもの」
「それは聞かなかった事にならないで、すよね…ちょっと銀さんは黙ってて!」
「銀さん何も言ってませんけども」

ニヤニヤしてる口開きかけてたじゃない!
女の子は笑って駆けて行った…あぁなるほどあの方だった訳か。

「アイツはただの依頼人。片想いの野郎が急に見合いに乗り出したってんで来て早々ギャンギャン俺に噛みつきやがった凶暴女だったんだが、見た目とギャップあり過ぎだろ女は怖いねェ」

チラリと見下ろしてくる銀さんが言いたい事は分かるから、素直にごめんなさい。
さすがに今回は全面的に私が悪い。

「ってまたセルフ責めしてんだろ、おめーは。ったくよォ、分かりやすい奴」
「え、そんなに顔に出てる!?」
「あーあー出てます、銀さん愛してますって全身で言ってんだよ」

伸ばしてくれる大きな手が髪を遊び通して顔を撫でる感覚がこそばゆい。
見つめてくる目が酷く優しくて真剣なのは反則だと思う。
ただでさえ好き過ぎて辛いのにこんな。

「約束したろーが、忘れてんじゃあるめェ?お前は俺がずっと護る、一生だ。だから名前ちゃん、おめーは?」

それを言われてしまったら答えるだけ。
これだけは、私がどうだとかそんな事は関係無かったね。

「私はずっと貴方の傍にいる、絶対に独りにしない…銀さんが望む限り」
「なら悩む事ねーだろ?」

ニカッと笑うその顔も。
「次は許しませんから」って許してくれる優しい所も、普段のぐーたらで駄目な所も、ドSで強くてカッコ良いのも全部。

「銀さん、愛してます!」
「!?」

貴方が望んでくれる限り、私がいられる限り、貴方の隣にいよう

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