甘い病


「…スガ、怒ってる、?」

おずおずと布団から顔半分を出しベッドの脇に座る菅原を伺い見る。いつも柔らかい曲線を描いている口元はきゅ、と結ばれていて到底笑っているようには見えない。

「そうだな。誰かさんが体調悪いの隠して無茶したみたいだからなー」

うぐ、と言葉に詰まりごめんなさいと零す。

みんなが頑張ってるから私ももうちょっと頑張れると思ったのだ。いつもよりちふらふらする身体も、時折痛む頭も、練習をして忙しくしていたら忘れることが出来た。皆の必死さを見ていたら休んでる暇なんてなかった。
最後の一点が決まった時は、ああでもまだまだ課題は山積みですることもしなきゃいけないことも、してあげたいことも沢山あるなぁとこれからの大きな目標に胸を高鳴らせた。
でも、皆が挨拶をしているのを見ていたらいきなり暗転。最後に聞こえたのは悲鳴と誰かの焦ったような声だった。
気がついたら見知らぬ保健室のベッドの上。多分練習試合の相手校の保健室だろう。隣にはスガ。澤村も目が覚めた時は居たような気がしたけど、先生を呼びに行ってくれたらしい。休んでいた時間は30分にも満たなかったらしいが多方面に申し訳ないことを、してしまった。
すぐに謝りに行くべく飛び起きようとしたがやんわりとスガに止められたところで澤村と武ちゃん先生、烏養コーチ、相手校の先生が入ってきて念の為もう少し休んでいろとのこと。幸い今回の練習試合校は烏野からそう遠くないこともあり先生達は一度澤村たちを送ってからまた戻ってきてくれるらしいが、それまで心配なのでと副主将のスガがついていてくれるような話の流れだった気がする。
故に今はスガと2人きりなわけで、不謹慎だとは思うがとくとくと速める心臓の音にどうしたらいいのかわからずそわそわしてしまう。

そんな私の様子を見てか、呆れたようなため息が聞こえ、ぐ、と身体を強ばらせる。

「落ち着き無さすぎ。ゆっくり休んでていいって言われたんだからもちっと寝てれば?またぶっ倒れられても困るしー?」

「す、すみません、」

「違う。ごめん、八つ当たり」

怒ってるのは如月が体調悪いのに気付いてやれなかった自分にだよ
長いため息と共にそう零した横顔は自嘲めいていて思わずガバリと上半身を起こす。途端感じる世界がぐらりと回る感覚。眩暈。慌てたスガに肩を軽く支えられながらも必死に言葉を紡ぐ。

「…っそんなこと、スガはいつも皆のことみてて、すごく、助かってる……それに、今回は私の体調管理が至らなかったせいだから、」

迷惑かけて、心配させて、手間をかけさせて。
ごめんなさい。そう項垂れると布団の上で白くなるほど握りしめていた手が温もりに包まれた。自分よりも幾分大きな節ばった暖かい手。顔を上げると

「じゃあもう体調崩さないようにしないとな」

にっこり顔のスガと半透明な包紙に入れられた白い粉が見えた。



「ほんと、や、だやだ」

「駄目だってちゃんと飲まなきゃ。ほれ、がんばれ」

「だってにが…」

「早く終わらせたいべ?ほら、口開けて」

「……もう、自分で飲むからぁ!!」

無理やり頭を押さえつけられていた手を振り切り薬の袋を強取する。ちぇーなんて残念そうな顔をしているスガはたまにすごく意地が悪い。いや薬を貰ってきてくれたことには非常に感謝だけど。こうして水を差し出してくれるのも有難いけれど。
先程よりもぐらぐらするような痛む頭を抑えていれば横から「あーもー、暴れるから…」なんて声。
誰のせいだと。

「ほら早く飲んじゃえって」

「わか、ってる………ね、ねぇこれ量多くない?」

「多くない多くない。いい加減覚悟決めろよ」

如月もへなちょこかー?なんて呑気に笑ってるスガをチラ見。それに気付いたスガが大丈夫だと言うように優しく笑う。
また、心配かけるよりかは…。
ぐ、と口を噤んで袋を持つ。ぴり、と端を破ると独特の匂いが広がった気がして顔を顰める。こうなればやけだ。口の中に一気に粉末を流し込み渡されていた水で更に喉の奥まで押し込んだ。

「んええ、にが………」

「琴子」

名前を呼ばれて振り向いたら思ったよりも近くにスガの顔があって思わず身を引いてしまう。が、既に首の後ろに回されたスガの手が許してくれなかった。
ぐっと距離を詰められて唇が合わさった。と思ったら半ば強引に口を押し広げられころり、と中に何かが転がる。色々なことが一気に起こり頭の整理が追いつかない。薬の苦さなんてものはどこかにいってしまった。
スガの舌が口内の隅々まで甘さを刻む。口の中が甘いのかスガの舌が甘いのかもうよくわからなくなってきた。

「っは、ぁ…ふ、」

ただでさえ朦朧としているのに、更に頭がぼうっとしてくる。圧倒的に酸素が足りない。
いつの間にか握っていたスガのジャージを掴む手に力が入る。

「っごめ、」

思ったよりもあっさりと離れていったスガに少しの寂しさを覚える。
…………………いやいやいやいや、まて、なんだ寂しさって断じてそんな、その…もっと、だとかそんなことは思ってないし大体からしてスガとキスなんて今のが初めてで、、

え、

「ごめん、ほんのちょっと悪戯のつもりだったんだけど」

抑えきれなかった。
そう言葉を紡いだスガの顔が見れない。顔が熱い。
ばか、と一言ようやく零すとまたごめんと苦笑する声が返ってきた。別に嫌なわけじゃなかった、嫌なはずがなかった。それでもこのドキドキと五月蝿い心臓の音でどうにかなってしまいそうだった。口の中が甘ったるい。息が苦しい。恥ずかしい。スガに伝わらないで欲しい。
そんな想いと葛藤していたらふわりと何かに包み込まれた。

「ごめん…」

耳元でスガの声がする。

「順番とか、逆になっちゃったけど」

痛いくらいに心臓が鳴っている。どうかスガには聞こえませんように。いやいっそ、聞こえてしまえば楽になるのか。

「好きだよ」

スガの声が切なそうに掠れていた。呼吸の仕方を忘れてしまう。
先生呼んでくると言い残してガラガラとあまり立て付けのよくない扉の閉まる音が響いた。


今まで詰めていた息を一気に吐き出す。どくん、どくん、と心臓がまだ煩い。
言い逃げなんてずるい。
どうしよう、くらくら。
顔が熱い。体が熱い。
病気だ。
とんでもない病気だ。

溜息をついた。それすらも熱い。
悪化してる…

スガの所為だ。

きっと明日も治らない。




甘い病


…………………………

飴はいちご味です。


 

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