僕の想いを君に流して


腹が立つ。そう思いながら僕は、何が起こったのかイマイチ解っていない彼女を見下ろした。

「つ、月島?ど、どうした?」
「先輩こそ、なんでこんなことされるのか、解ってます?」
「い、いや、全然…。と、突然の壁ドンで何が何だか…」

部員が帰った部室の壁に追い詰められた琴子先輩は、僕の二本の腕の間に挟まれて、身動きが取れない状態だ。いつもは頼んでいなくても、どこからともなく現れて、僕にちょっかいをかけてくるくせに、どうして今日に限って近寄って来ないのか。僕は若干の苛立ちを落ち着かせるために、ワザとらしく、深々と息を吐き出した。

「えぇ…!溜息…!月島怒ってるの?ご、ごめん…でも、ちょっと怒っている理由が…私また何かやらかした…?あ、でも、この見下した感じとても、素敵です…」
「………琴子先輩…」
「ひっ!ご、ごめんなさい!黙るから嫌いにならないで!」

何故か頭に振ってきた異物を両腕で庇うようなポーズをした琴子先輩を見ていると、何だか段々バカらしくなってきた。本当に、この人はどうして自分の事にはこんなにも無欲で無頓着なのだろうか。今日が何の日か、多分この人は本当に忘れているし、端から期待もしていないのだろう。僕は重力に逆らわず、彼女を囲っていた腕を下ろした。

「……ん?あれ?つきしま?」
「琴子先輩、手、出してください」

首を傾げながら、おずおずと差し出された手に、僕はポケットから出した小さな空色の包みを置く。琴子先輩はそれをマジマジと見つめながら、きょとんとした表情のまま、パチパチと2回程、瞬きを繰り返した。

「これ、は……え!ちょっとまって!今日何日?!」
「14日です」
「まじか!」
「マジです」
「…今日さぁ、私、朝寝坊してね?マネージャーが遅刻とか有り得ないじゃん?バタバタしてたからニュース見なかったんだよね…」
「みんなに色々とお菓子、貰ってたじゃないですか」
「いつもの餌付けかと思って…いや、何か今日は皆やたら食べ物くれるなとは思ってたんだけど…あー!でもこれが一番嬉しい!!」

変なところで真面目だし、変なところでボケてるし、普段はやたら絡んでくる…けど、僕のあげたこんな小さな包み一つで、この世で一番幸せだと言わんばかりに、琴子先輩は笑う。悔しいケド、仕方ない。だってその笑顔に僕はいつの間にか…。

「琴子先輩は、ホワイトデーのお返しに意味があるって知ってます?」
「え!そうなの?知らない!月島は何くれたのかなー…あ!飴だ!綺麗!月島の髪の色と同じだね?!飴はどういう意味なの?末永く宜しくとか?」
「あなたが好きです」

ハイテンションでペラペラと喋っていた琴子先輩が、面白い具合に目の前で石のごとく固まり、次の瞬間には白い頬がリンゴのように染まった。

「ま、また!そ、そんな冗談…ダメだよ…」
「冗談だったら、どんなによかったんですかね。でも、もう冗談じゃ済まされなくなってるんです。鬱陶しいくらい僕を呼ぶその声とか、うざったいくらい明るいその笑顔とか、全部、僕にだけ、向けてればいいのにって、思うようになってたんですから」

真っ赤に染まった頬に、僕の言葉を聞いて次第に潤む瞳から、涙が零れ落ちそうだ。たいして寒くないのに、小刻みに震える琴子先輩の手が伸びてきて、僕の学ランの袖を弱々しく掴む。口を金魚のようにパクパクとさせながら、絞り出すように声を出そうとして、僕を見上げる視線は自然と上目遣いで…ああもう、ここで耐久勝負とか、本当にさせないでほしい。

「つ、きしま…わ、わた、わたし…」
「はい」

宝石が落ちる様に、ボロッと大きな瞳から涙が零れる。僕は手を伸ばして、琴子先輩の頬に手を添えると、零れ落ちる涙を掬うように拭った。

「つきしまが…っ、すきで…うぅっ、わだじも、ずぎぃ…」
「はいはい、わかってますよ。僕も好きです」
「うあ〜!」

女の子としては、多分見られたくないくらいヒドい顔…なのに、こんなに胸の真ん中が温かくなるのは、どうしてだろう。そんな表情ですら可愛らしいと思うのだから、僕はもう完全に、彼女に毒されているのだと思う。自然と零れた笑みに自分でも少し驚きながら、ポケットから出したティッシュを琴子先輩の鼻に宛てがう。

「鼻水出てますから。ちゃんと拭いてください」
「うぅ…ありがど…」
「全く、どっちが年上なんだか…」
「うえへへ…」

…ああもう、いいよね。だってほら、僕らは晴れて恋人同士になったわけなんだから。だらしなく笑う琴子先輩を引き寄せて、僕は彼女を腕の中に閉じ込めた。


僕の想いを君に流して


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