離さないよ


目の前のテレビ画面に映っているのは、落ちてくる丸い物体の色を4つ連ねて消滅させるという、至極単純なTVゲームだ。研磨は慣れた手付きでくるくるとそれを回転させると、目的の場所に高速に落とし込む。ソレが4つ消えたのを合図に、瞬く間に研磨のフィールドに山のようにあったソレは、1つ残らず姿を消した。変わりに、彼女のフィールドに透明な大量のソレが落ちてくる。


「うお!あっ、ちょ、ま…って…」


消え入るような制止の声も空しく、自身のフィールドに現れた“ばたんきゅ〜”の文字を見て、彼女はがっくりと肩を落とした。ゲームに勝利した当人はというと、何とも言えない気まずそうな顔をしていて、とてもゲームに勝利したとは思えない表情だ。研磨は、溜息を吐きながらコントローラーを床に置いて口を開いた。


「あのさ」
「はい」
「……琴子、楽しい?」
「え?!た、楽しいよ?!も、もしかして、研磨つまんない?」


困ったように眉をハの字にしながら、琴子は首を傾げる。彼女が楽しんでいるのは本心だ。研磨もそれは解っている。楽しいというのが、顔から滲み出ているから。だけど…いや、だからこそ、彼の心は痛むのだ。


「いや、つまらないというか、その、なんかカワイソウになってきた」


研磨は気まずそうにそう言うと、テーブルの上のコップに手を伸ばす。一方カワイソウと言われた琴子はと言いうと、まるで雷にでも打たれたような顔をした後、しょんぼりと項垂れながら、力なく、コントローラーを自らの傍らに置いた。


「か、かわいそう…いや、うん、そうだよね…。確かに、37連敗は流石にかわいそうになるよね…」


研磨がそう言うのも無理はない。自分がもし逆の立場だったとしたら、多分同じ事を言っていると思うから。研磨はアイスティーを一口、口に含むと、再びコップをテーブルに戻す。そして、困ったようにはにかむ琴子を、じっと見つめた。


「でも、どうして…いつも音ゲーくらいしかやらないじゃない」
「………だって、音ゲーは、基本ひとりじゃない?」


琴子自身、自分がこういったゲームが弱いという事は自覚していた。だから普段は背中を合わせて、各々好きなゲームをするというのが、基本スタンスだった。でも、それでも、今日は2人でゲームがしたかった。訳が分からないと言いたげに首を捻る研磨を見て、琴子はクスリと笑う。


「別にいつもみたいに、好きなゲーム、一緒の部屋でやっててもよかったんだけどさ。最近会えてなかったし、研磨と同じゲームしたいなって思ったんだよね」


少し恥ずかしげに頬を染めて、そう言って笑う琴子は、キラキラとしていて眩しい。どうして、そういう事を何の気なしに言ってみせるのだろう。こちらの身にもなってほしい。研磨がそんな事を思っているとは知らない琴子は“あーあ”と心底残念そうな声を上げながら、クッションを抱えて、ベッドに背を預ける。ふつりと、研磨の心に独占欲にも似た愛しさのような黒い気持ちが芽生えた。


「案外できると思ったんだけどなぁ。こんなに弱いとは我ながら思わなかった…ごめんね」


頬を指で掻きながら謝る琴子に、研磨はネコのようにとても自然に身を寄せる。警戒心などこれっぽっちも持ち合わせていない真っ白な琴子は、何も疑うことなく、“どうしたの?”とでも言いたげに首を傾げた。


「別に、謝る事ない…。……でも、もうゲームは、終わり」
「え!なん…ひ、ぇっ?!」


するりと研磨の指が琴子の手の甲をなぞったかと思えば、そのまま、それが自然の摂理であるとでもいうように、指先が絡められた。いつもはスキンシップに積極的ではない研磨の行動に、琴子は思わず悲鳴のような上ずった声を上げる。それが、研磨の柔らかな嗜虐心を揺さぶった。好きな子をいじめたくなるという気持ちが、ほんの少し、解ったような気がした。


「せっかく一緒に居るんだから、2人で出来るコト、しないと、ね?」
「け、研磨…!?き、きゃらが、か、変わってる…!」


焦りと戸惑いから、自分から離れようとする琴子の頬に、研磨は手を添える。もちろん、絡めた指はそのままで。


「琴子が可愛いのがいけない。じっとして」


研磨は身を乗り出して、少し噛みつくように、琴子の柔らかな唇を塞いだ。

離さないよ




 

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