バカが移った


運命とは、残酷だ。夏の茹だるような暑さも、風呂上がりの至極面倒なヘアドライアーも、週に一度のトリートメントも欠かさなかったというのに…。

「こんなに短くなっちゃって…」

私は誰もいない保健室の椅子の上で、膝を抱えて丸くなっていた。
ポツリと呟いた言葉は宙に消え、誰もいないことを再確認させられる。
何故こんな場所でこの世の終わりのような顔をしているのかというと、それは完全に私の不注意が原因だ。誰も悪くない。家庭科の時間、コンロに結わいた髪の片方を、振り返った拍子に突っ込んでしまった。それだけ。
肩甲骨まであった髪が、ブスブスという鈍い音と耐え切れない臭いを放って一気に短くなった。それからは、記憶がちょっと曖昧だ。
放心状態の私は友人に抱えるように連れられ保健室に行き、火傷がないか確認されて…それから…ジワリと、視界が滲んだ。
私の器用な友人が、髪を切ってくれたのだ。なるべく、髪を残して。

『…琴子は、ショートも可愛いよ?お世辞抜きで』
『…うん、ありがとう』
『なるべく残したけど…このハサミじゃ限界あるから…今日うちにおいで。ちゃんとしてあげるから』
『……うん、ほんとに…ありがと…』

午後の授業が終わったという事もわからなかった。
保健の先生はとても優しくて、立ち直るまで好きなだけここに居ていいと言ってくれた。
多分、それ程悲壮な顔をしていたのだろう。
話を聞いたという同じマネージャーの仁花ちゃんが放課後になってやってきて、私を見るなり目に涙をいっぱい溜めて、手を握り締めてくれた。あったかくて嬉しくて、私はまたちょっと涙ぐんだ。
今日は来なくて大丈夫だと言われ、結局部活も傷心という理由で休んだ。情けないが…こんな髪を、部員のみんなに見られたくない。特に…彼には…。

「…やっぱりまだ居た」

今、見られたくないって思ったばっかりなのに。私の思いも虚しく、保健室のドアが開いて月島くんが顔を出した。なんで今、現れるんだ。普段頼んだって会いに来てくれないくせに、なんで、今…。私は髪を見られたくなくて、抱えていた膝に顔を埋めた。

「ねぇ、パンツ見えてるんだけど」
「……これはスパッツというんですよ、ツッキー」
「山口と同じ呼び方やめろ」
「…すみません」

顔を埋めたままそう言うと、月島くんがため息を吐いた声が聞こえてきて、隣の椅子が沈んだのがわかった。

「……何かご用ですか?」
「別に?どんな顔してんのか見てやろうと思って」
「……月島くん、こんな時までドS…」

息苦しくなって顔半分くらい顔を上げて月島くんを横目に見ると、意外と見下したような顔はしていなかった。むしろ、ちょっと嬉しそう…?
山口くんならわかるんだろうな、きっと。長らく彼を目で追っているのに、私はまだまだだ。

「…僕が好きだって言ったから?」
「……え?」
「僕が髪が長い子が好きだって言ったから伸ばしてたの?」

顔を上げて唖然としていると、月島くんは呆れたように笑って長い腕を伸ばし、そのしなやかな指で私のボサボサになった前髪をくしゃりと撫でた。私は頬が焼けるように熱くなって、目を逸らす。その通りだ。前に部活が終わってみんなで話している時に偶然聞いたんだ。

『僕は髪の長い子が好きかな?』

私はその時、中途半端に伸ばしっぱなしにしていた髪を綺麗に伸ばすと決めたんだ。ようやく、肩甲骨の辺りまで伸びていたのに…。また滲んできた視界を誤魔化すように、月島くんの手を掴んで俯く。

「…そ、だよ…君が好きって言ったから…見て欲しくて…伸ばしてたの…」
「ふーん。バカじゃないの?」
「えぇ?!ひどい!バカ、とか…」

月島くんの手を握ったまま涙目で顔を上げると、私でも解るくらい、月島くんは嬉しそうに笑っていた。

「全くバカだよ、琴子は本当にバカ。髪型なんてなんだっていいに決まってるデショ」
「え…?なん、んん?!」

言葉の処理が追いつかず、首を傾げる私を見て、月島くんは意地悪そうに笑うと、なんと私の唇に指を添えた。

「好きな子の髪型なんてなんでもいいデショ?」

目の前にいる月島くんはとても意地悪な笑顔をしているのに、やたらとキラキラしていて変な感じだった。私の頬はどんなに美味しそうなリンゴにも負けないくらい、きっと赤い。だって、こんなにも熱いのがわかる。
ゆっくりと離れていく月島くんの長い指。私は嬉しさと恥ずかしさで心が溢れて、涙が出てしまいそうだった。

「う、あ、なん、なんで…!?」
「さぁ?なんでだろうね?きっとバカが移ったんじゃない?」

そう言って、泣きそうな私の頭を、彼は口とは裏腹な優しい手付きで、撫でてくれた。
バカが移った

(あの、つまり、そういうこと…?)
(そういうこと)

・・・・・・・・・・・・・・・
記念すべき処女作!笑


 

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