「先輩、起きてください」
ふわふわと白い空間を漂っているような心地の中、まだ声変わりする前の若干高い少年の声と共に肩を揺さぶられる。
誰だろう。
起きて、だって。ほんと。ねむいのに、なあ。
段々激しくなってくる左右への働きも少々荒ぶりすぎている揺りかごだと思えないこともない、かも。
「んー、あと5…」
「5秒ですか?」
「じかん、寝させ…」
「駄目です。起きてください」
「ふぎゃ!」
ひどい。
ちょっとねだってみたら即答の後にスパーン!と頭を叩かれて机に額を強打する。
うー、と額をさすりながらもそれでも眠気はとれない。
うつらうつらとして落ちかけたがまた額を机に強打して目が覚めた。おでこ痛い。
「やなぎぃー」
「自業自得です」
不意討ちはいかんわ。
ぎぎぎと斜め後ろに居るおかっぱのまだ幼さが残る可愛い顔立ちを見上げればばっさりと切り捨てられる。うぅ、今日もうちのクールキュート担当の柳は冷たい。
こうなったら書類に落書きしてやるんだからねと拗ねたふりをして、書類とペンに手を伸ばせばまたスパーン!と叩かれた。容赦ないなほんと。
「柳だけだよ、私にこんなことするの…」
「周りが甘やかしすぎなんですよ」
相変わらずのつんとしたツレない態度に笑いながら大人しく書類に目を通して居ると、コンコンと扉がノックされて爽やかなアルトが聞こえてきた。
「失礼します、部費の申請書を……あれ、柳だ」
「精市」
「幸村くんだこんにちはー。あたっ」
可愛らしい来客にへらりとして手を振ればまた頭に衝撃が。
柳を振り返れば、一瞬いつもの無表情の中に驚きの色があったかのように思ったけど、すぐにまた表現を戻して「だらしない顔しないでください」と言われた。
失礼だなー!…言い返せないけど!
「ははっ、相変わらずですね、会長」
「ちょっと幸村くん、君のところの部員でしょう?何とかしてよ」
「蓮二は裏ボスだから俺からは何とも……まぁ俺はプレイヤーだけど」
「なんだそれは…」
口を尖らせながら幸村くんに抗議すればさらりと笑顔でかわされる。
ていうかさらりと俺の言うことは絶対発言されたわ。1年生にしては大きい発言だなと思うも、幸村くんならやってのけてしまいそうな気さえするから不思議だ。
なんてことを考えながら幸村くんを見ていたら後ろから物凄い視線を感じて振り返るとすんごい不機嫌そうな柳が居てぎょっとした。
「や、柳さん…?」
「…何ですか」
「あ、や……えへ、なんでもないです」
「そうですか」
ちょっとちょっとちょっとなんか今日、感情豊かすぎないですか柳さん…
いやわかりづらいだけで普段も割りと感情は豊かなんだけども。
少し心配になっていたらふいっと視線を逸らされてオロオロしていたら不意に笑い声が聞こえてそちらを見る。
と、幸村くんが爆笑していた。
え…
「幸村くん?」
「なんです?如月先輩」
「…!」
「ぶふっ、くくくくく……っはぁー、も、可笑しいなぁ」
「えと…?」
「会長、申請書はやっぱりまた今度でいいです。面白いものも見れたし…ふふっ、俺はちょっとお邪魔みたいなんで失礼しますね」
そう笑顔で告げて幸村くんが帰った後には静かな部屋に少し気まずい私と柳が残されて…
「えーっと…お、お仕事でもしようかなー!」
「……」
「あ、やっぱり購買に行って甘いものでも!柳も何か……」
「先輩」
「はい!」
今までずっと黙りっぱなしだった柳が口を開いて思わず肩をびくつかせながら返事をする。
「……簡単に他人に先輩とか呼ばせないでください」
「え、いきなりなに」
少し難しい顔をして考える仕草をしていると思ったらちょっとわからないことを言われて頭にはてなが浮かぶ。え?いやでも私は1、2年生からしたら先輩だし。いやぶっちゃけみんな会長って呼ぶから先輩とか呼ばれないんだけど。
「わからない人ですね……俺以外の男に名前を呼ばせるなって言ってるんです、琴子先輩」
それも計算のうち
(それって…)
(俺のことも名前で呼んでみてください)
(れ、れん……)
(……)
(…っれんれん!)
(………ハァ)