「うわ…どしゃ降り」
さっきまであんなに晴れていたのに。
授業中に突然降ってきた雨粒は時間と共に大粒に、激しくなっていって放課後にはどしゃ降りになっていた。
バケツをひっくり返したような、ってこのことを言うのかな、なんてどこかで思いながら部活動に顔をだそうと思い調理室へと向かう。傘のない今の状況では帰るなんて選択肢も消え失せた。
厚い灰色の雲によって陽が完全に隠された薄暗い廊下を歩く。
廊下はいつもの運動部の掛け声も、女の子達のお喋りもしなくて、誰も居ないからこの学校に私しか居ないのかと錯覚してしまう。不気味ではないけど、何だか不思議な感じ。
どこかふわふわしながらガラリと調理室を開ければ、予想通りというか、誰も居ない。
「わー、この雨だもんね」
そっかそっかと言いながら荷物をテーブルに置いていそいそとエプロンをつける。
あ、三角巾忘れた。まぁ私だけだしいいか。
さぁて何作ろうかな。
コンロ前に立って腕捲りをしたところでガラリと調理室の戸を開ける音がする。んあ?
「…あれ、ブンちゃーん。久しぶり?」
「よっ、まぁさっきまでHRで一緒だったけどな。使わせてもらっていいか?」
「おー、構わないよ」
確かに同じクラスだから毎日会うんだけども。調理部に来るなんて久しぶり、みたいな。春頃まではほぼ毎日のように部活の休憩時間とかに顔出してたのに、最近は大きい大会を控えてるからかめっきり姿を見なくなった。
寂しかったって思われそうで言わないけど。
成る程今日は雨だし、彼はテニス部。テニスコートは外だもんね。そっかそっか………ん?
「ブンちゃんってテニス部か」
「今更だな…つーかそのブンちゃんって何だよぃ」
「仁王の仕業」
「あの銀髪め…」
あんまりテニス部ぽくないからなぁ、うちのテニス部。そーでしたそーでした。
文句を言いながらもテキパキとケーキらしきものを作るブンちゃん。ブンちゃんも赤いじゃんか、髪の毛。人の髪の毛にとやかく言えないよねー。あー何作ろう。
「ブンちゃーん」
「…何だよぃ」
もう慣れたあだ名を口にすればまだ諦めないのか返事をするのにちょっと抵抗するブンちゃん。無駄だよー気に入っちゃったもん。
「何が好き?」
「は?食えるもん」
「あなたはこの状況で私が食えないもんを作るとお思いか」
全く役に立たないこと。ふと目に入ったのはブンちゃんの赤い髪。相変わらず派手だよねえ。……あ、あれにしよう。
ピン!と簡単においしく出来るおやつを思い付けば早速手を動かす。私だって伊達に調理部じゃないんだかんね。
ふわふわと甘い匂いがする。
正体は目の前の私の顔くらいありそうなホールケーキ。
うわ、シンプルにショートケーキだけどこの短時間でこのクオリティとかまじ…プロの仕業ですか。
いやいやでも問題は味ですよ。
綺麗に切り分けられたケーキをぶっ刺してぱくりと一口。うわ…
「どうだよぃ」
「流石っすね」
素直に感想を漏らせばだろぃと得意気な顔になるブンちゃん。もうお前パティシエになれよ。
「で?琴子のは?」
「おっと兄さん焦っちゃいやだよ」
もきゅもきゅと口に詰め込み待ったをかければ、それはお前だろと呆れた顔をされる。だって出来立てが美味しいんだぞ?
まぁ、もう頃合いかな。ちらりと掛け時計を見て冷蔵庫から例のブツを取り出す。
ふっふっふ、見て驚くがいいさ!
「じゃじゃーん!」
「……ナンテコッタ?」
「パンナコッタ!」
ブンちゃんともあろう人間が!なんてこったじゃねえよ!ふざけんな!
「凄いでしょ?いやぁよく考えたと思うね!ヨーグルトとチョコとイチゴソースの三種類なんてアイディア賞あげたいくらい!」
「ただ量産しただけだろぃ」
「そんなことないよ!ちゃんと考えたんだからね!食えよおら!」
「んだよ…」
ぶつぶつ言いながらヨーグルトとチョコを消化するブンちゃん。普通じゃん?なんて、次のイチゴソースを食べたあとでも同じことが言えるかな?
「ん、なんだこれ」
「掘り出してみー!」
最初の方でこつ、とスプーンが行き止まったのを見てにやにやしながら促す。そう、イチゴソースの少し下には薄い板チョコに、
「誕生日、おめで、と……」
「おめでとー、ブン太」
段々と目を見開くブン太ににやりとしてそう言えば顔を片手で覆うブン太。知ってたのかよぃ、と指の隙間から恨めしそうに見上げられる。もっちろん。
「知らないわけないでしょ。どぅ?天才的?」
「あぁ、天才的だよぃ…」
いつの間にか空は晴れていて薄くなった青と橙が混ざりあい、あっという間に橙色に支配されていく。
やられたと笑う君の顔が赤かったのは夕焼けのせいだけじゃない、なーんてね。
雨上がりの午後
(ねぇもしかしてそのホールケーキって自分の…)
(……悪いかよぃ)
(…パンナコッタお食べ)
(…さんきゅ)
…………………………
ブンちゃんおたおめ!
いっぱい食べる君だからぁー 大盛りおかわりぃー 食いしん坊でも君が好きだよ いっぱい食べる君が好き!
って歌が離れませんね!
パンナコッタってどんな味がするんですかね