乾き、固くなった地面からかなりの振動が伝わってくる。 視線を目の前に広がる森へと向ければ先程までの闇は無く、代わりに真っ赤に燃え揺らぐ炎が森を包み込んでいた。 本能が云う。 彼女はそこにいる、と。 森に足を踏み入れれば内臓が焼けてしまいそうなくらいの熱と、吐き気を誘う異臭が辺りに立ち込めていた。 それらの核を目指し、先へと急ぐ。 暫く進むと山積みにされた、地面を覆いつくす程のアクマの死体の中に彼女を見つけた。 両膝をついて俯く彼女はピクリとも動かず、辺りに立ち込める悪臭や熱に、まるで反応をしていないようだった。 近くにまで寄り、真っ赤に染まったその服から覗く沢山の傷跡の中でもより大きい、鮮血が流れる肩に開いた穴を手で塞ぐ。 それと同時に崩れていくことを阻止しようととっさに出た右手がヌルリ、と滑った。 「馬鹿野郎!!死にてぇのか!!」 返り血では無いそれを手で感じ、思わず耳元で叫ぶ。 「・・・・あ・・?あ・・クロ・・ス」 既に予知をしていたのか彼女は俺が現れても動揺などせずに、ただ、迷惑をかけて済まない、と掠れた声で言った。 ---------- 枯れた花を見ながら買い込んだ食糧をむさぼり食っている最中、突然家の戸が大きい音を立てて開いた。 「むご!?」 その音に咽ながらも戸を見る。 入り口には今までで見たことの無いような表情をした師匠と、その腕に抱えられた、血だらけになった『誰か』。 「馬鹿弟子!!清潔な布持って来い、それから家のカーテン全部閉めろ!」 いつもなら『突然何ですか』と突っ掛かるのだろうが、反射的に師匠の言う通りに身体が動いた。 まず、タオルの中から比較的新しいものだけを選び、腕の中に収まる精一杯の量を抱えて誰かが寝かされているベッドに置いた。 戸締りを確認しながらカーテンを閉めていく最中、師匠は布ごしに、『誰か』の身体に手を当て全体重をかけていた。 「く・・っ、は・・・・」 「我慢しろ、傷口が塞がるまでの辛抱だ。」 ベッドから少し離れたところでそんなやりとりをぼんやりと見ていると、師匠はこちらを振り返って再び声を荒げた。 「んな所でぼーっと突っ立ってんじゃねぇ!水とお前の服持ってこい!!」 「は、はい!」 今度は、何故か震える足を動かし蛇口へ向かった。 桶の中に水を溜める。 その水面に映る自分の顔は酷く引き攣り、この時初めて自分が恐怖を感じている事を確信した。 あれはきっと、教団のエクソシストだ、と。 自覚した途端に震える手。 早くしなければ、と桶を持てば水が零れ、師匠にまだか、と怒鳴られる。 はい。とだけ返し、溜め直した水を零さないように、ゆっくりと桶を運ぶ。 師匠は運んだ水の中にタオルを入れ水を含ませると緩く絞り、『誰か』の身体に付いた血を丁寧に拭き始めた。 浅く呼吸を繰り返す『誰か』は身体を動かされたことにより傷が痛むのか小さく声を上げて、ぐ、と横にいた僕の服を掴んだ。 袖から見える腕が酷く細くて、手を握ろうかと思ったがそれを止め、ただ傍観する。 そうして行くうちに綺麗に拭かれて行く『彼女』の顔を見て僕は思わず肺に息を溜め、その癖小さい声と一緒に空気を吐き出した。 「どうして・・。」 どうして、彼女がこんな姿になって死にそうになっているのか僕には到底理解が出来なかった。 「あの、何でしたっけ、この前来た・・ニカさん?でしたっけ。」 「ああ。」 「かなりのベテランなんですか?」 「何故そう思う?」 「何だか、オーラが違いました。隙が無いっていうか、少し冷たい雰囲気って言うんですかね。」 「・・お前の勘はその程度が、馬鹿弟子。」 「へ?」 「彼女は宇宙で一番、『神』に近づいた唯一の存在だ。」 師匠は確かにあの時そう言ったのだ。 ×
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