NO.TIE.TLE | ナノ


彼女の呼びかけでマリが振り返り、それと共に異様な空気を察した瞬間、苦しそうな呼吸音と共に彼女は消えたと言う。


その能力を使った場に出くわした事はないが俺達は心当たりがあった。


彼女が暴走をしたあの日、治療の為部屋から閉め出された時に忽然と姿を消した彼女。


きっと、あの能力(チカラ)なのだろう。


意思なんてイノセンスは俺達からしたら未知数過ぎる為に計り知れ無いので憶測でしかないが。


経緯を話したマリは洞窟の奥に丸まった黒い何かを手に持ち再び口を開いたかと思えばそれを俺の胸へと差し出した。


「それから彼女が最後・・『終わったら返事する』と神田に・・」


差し出された際に折れた布から覗く、血で汚れたローズクロスを見て彼女の物だと核心し、思わず息を飲んだ。


鉄が錆びたような異臭の中にまだニカの香りが残るそれを開いて今までどれだけの傷を負ってきたのかを知る。


胸と腹は裂けていて、片腕は肘の辺りから無く、所々が燃やされたのか繊維が縮れていた。


一瞬、ぐ、と握り締め、団服を洞窟の壁に当てた。


「か、神田?」


「煩ぇ。」


これはアイツの物だ。


直に会って、返さなければ。


『終わったら、返事する。』


ニカは未来を諦めてはいない。


勿論、ここにいる奴らも皆。


団服についた埃を払い、皺を伸ばし、綺麗に折りたたんで自分の荷物の中へとしまった。


「もしかしたらまだニカが近くに居るかもしれない。お前らはコムイに連絡をしてから後を着いて来い、10キロ圏内ならゴーレムで居場所が辿れる。」


腰を上げる。


彼女を見付けるのは俺じゃないと駄目なのだ。


離れられないように、固く彼女の手を握ってやれる奴は俺しかいない。


もう、逃がさない。


洞窟を出ると先程まで緑だった風景が枯れ果て、枝から落ちた葉が乾いた地面を浮遊していた。





最後の瞬間(トキ)へと、カウントダウンを始めた世界。





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インド


「師匠ー。しーしょーうー。」


酒の入ったボトルを最後の一滴まで飲み干したクロス・マリアンは、空になったボトルを適当な方向へと投げ捨てた。


「いてっ!・・もー・・っ」


それが頭部に直撃したアレン・ウォーカーは片手で衝撃を受けた箇所を撫でながら師匠である彼へと視線を向けた。


「あの、おかしいんですよ。」


「何がだ馬鹿弟子。」


「花が・・。」


アレンがクロスに差し出した鉢には、今にも耐えられずに折れてしまいそうなくらいに枯れてしまった一輪の花が植えられていた。


「今朝まであんなに綺麗に咲いてたのに・・。」


落ち込んだ様子で言うアレン。


クロスはそれを横目で見て、咥えていた煙草に火を着け呟いた。


「始まったか・・。」


窓の外に視線を移せば空は曇り、先程まで葉をつけていた木々が何かを訴えかけるように裸になった細い枝を揺らしていた。


今、季節は冬なのでそういう時期なのかもしれないが、今朝までつけていた黄色い葉の全てを落としこちらを見据えるその様は酷く気味が悪く、そして、不自然だった。


「師匠、何が始まったんですか?」


「黙れ、馬鹿弟子。お前が水遣りを怠るからじゃねぇのか。」


「は!?僕毎日水遣ってましたけど!今朝だって!」


「愛が足りねぇんだ、愛が。」


「何を言い出すかと思えば!それなら師匠がー・・」





7年前、彼女は世界を救った。


彼女だけが入る事の許される最後の瞬間(トキ)の"核"にまで手助けする事が出来なかった為に、"心理"の中で何を見たかはわからない。


ただ、一瞬世界を静寂が包み込んだ後に空から青い光が降り注ぎ、それが地球をすっぽりと包み込んだ。


その間に破壊された森や、抉れ、血で汚れた地面は修復され、厚い雲に覆われていた空から再び太陽の光が差し込んだ。


そして、いつのまにか消えた青い光。


何が起こったのか、と、急いで彼女の様子を見に行けば、アネモネの花畑に膝を着き空を見上げ頬に一筋の涙を流すニカ。


『心理・・・・。』


一言だけそう呟いて、彼女は俺が呼びかけるまでその場で微動たりともせず、ただ、空を眺めていた。


今思えば彼女の肩を抱いてやればよかったのかもしれない。


しかし、何かが違ったのだ。


言いようの無い、彼女のものでもない誰かの『深い悲しみ』がそこには在った。


教団へ戻り、暫くして任務を言い渡された俺は任務とは関係無く、あの『深い悲しみ』を解き明かす為に様々な国で数千、数万の文献を開いた。


そんな生活を続けて3年。


ある美術館に置かれていた文献が気になり滅多に使わないローズクロスの権限を行使しそれを開かせてもらった。


それにはこう綴られていた。





『神と心理は同等な位置に属し、嘗て双方の仲が近い場所に在った時、それ等は"レプリカ"を生み出した。一体は地上へ、もう一体は世界の秩序を守る為心理の向こうへ。双方はこれを兄弟とし、幾年が経とうが切る事の無い縁として兄弟を契約の証とした。』





文献は途中、ページが飛んでいたり破られていたりで明確な事実を知ることは出来なかったが、ニカが流した涙とあの場に在った『深い悲しみ』を知るには充分すぎるものだった。


二人は兄弟なのだ。


しかし、長年身を潜めていた伯爵と、ダークマターの出現により二人の均衡は次第に崩れて行き、7年前暴走した心理のレプリカが最後の瞬間(トキ)を企てた。


実際見ていた訳ではないので詳細はわからないが、どうしても解決に至らなかった2点はこれで粗方説明がつく。


そして現在。


二度目の対面。


7年前の出来事により伯爵は心理のレプリカの謎を解き明かしそれを己の物にしているだろう。


ダークマターに汚染され心理の扉の奥から引きずり出された心理のレプリカを見て、ニカは何を思うのだろうか。


己等の手により再び殺し合いをしなければならない彼等は何を思うのだろうか。


まだ充分に吸い終らない煙草の火種を消し、ソファに掛けてあった団服を着る。


「あれ、師匠また女遊びですか!」


「馬鹿弟子、今日は帰らないかもしれない。俺が戻るまで外には出るな。」


「え゛・・食料が・・。」


「今日の内に買い込んでおけ。」


「わかりました。けど・・何処へ行くんですか?」


「大人の事情ってやつだ。」





→第二十三夜に続く



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